ブログ人 話の広場

日頃の生活のなかで見つけたことなどを写真もそえて

黒い森美術館で

2017-06-01 15:29:58 | 日記・エッセイ・コラム

 かねて一度行ってみたいと思っていた美術館にやっと行くことが出来た。                                                 「黒い森美術館」だ。なんだか謎めいた館名だが、そこは札幌中心街から                                                 車で約1時間の北広島市のうっそうと森林が広がる木立の中にコテージ風の                                                 小さな美術館である。

 ここにはエッチングや金属などで制作する彫刻家・渋谷栄一さんの作品を                                                所蔵しているユニークな美術館である。いかにも北海道そのもののイメージが                                                 漂う。広大な自然はダテカンバが幾重にも天に向かって伸びていて、木の間を                                               抜ける風はまるで囁いているように優しい。そして時折、どこかから鶯が呼び                                                 かける。そんな自然に包まれた美術館は、まさに知る人ぞ知るといった場所で、                                           やや不便ではあるが、心洗われる思いにさせてくれることは間違いない。

 都会にある美術館のような無機質な感じはまったくしない。この美術館は                                               週3日しか開館していない。また11月に冬眠に入り、次の年の4月までは閉館                                             という、のんびりした美術館だ。だが取り仕切る女性の館長さんは、「実はここ、                                                私が建てた自宅なんです」と笑顔で紹介いただく。「だからこれだけは自慢でき                                                るのです」と明るく語ってくださった。

 それにしても実によく練られた室内でどこからでも外の重厚な自然が見える                                               ようになっていて、緑濃い季節にはきっと癒されるだろうなあと想像して聞いて                                           いた。おそらく全国にはこんな美術館はないのではないか。参観したのは口で                                             詩画を書く星野富弘さんの聖句展であった。

 星野さんは群馬県出身の元中学校教員だった人で指導中に誤って体を損傷し、                                              それ以後四肢が使えずに壮絶な人生を余儀なくされるが、不自由さを強いられ                                            つつも、屈することなく信仰に裏打ちされた人生観に基づき、口で詩や絵を描く                                            ことで多くの人々に深い感銘を与えた人である。

 水彩画を描く仲間たちとちょっとした遠足気分で見てきた。北海道の風は今、                                             最も癒される季節になったのである。

やさしいタイガー


教え子に教えられ

2017-06-01 13:46:47 | 日記・エッセイ・コラム

 最近、思いがけない人から手紙をいただいた。旧姓Kさんからのものだ。                                                 といってもKさんを思い出せるのは、もう55年位前のかわいい中学生の女の子                                            だったことしか、思い浮かばない。もう忘れられても不思議ではない私、そんな                                             教え子からの手紙である。

 「先生、私のことを覚えていてくださっているでしょうか。私は先生のこと、忘れる                                          ことはありません。S学園中学校でお世話になった生徒です。・・・昨年11月26日に                                       同窓会が開かれ、・・・住所を教えていただき、私が元気でいることだけでもお伝えし                                          なければと思って」ということが冒頭に書かれていた。

 「先生が言ってくださったことで私が今も守っていることがあります。                                                 『Kさん体調がよくなっても、君はもう一日余分に休養したほういいよ』と良く言って                                      くださいました。今も守っています。」と。Kさんはおとなしそうな色白の少女で、いつも                                     スカートのギャザはしわひとつないきれいに着こなす生徒だった。ただ気になるのは、                                       心臓が弱く、時々学校を休む生徒であったので多分私は気遣って言ったのだろう。

 Kさんは今では孫をもち、ゆったりとした日々を送っているようである。気になる心臓も                                        43歳のときに手術を受け、今は安定していると書いてあった。そして「私が元気でいる                                       ことと、先生が病院でご馳走して下さったトマトジュースの味が忘れるられない懐かしい                                      私の好きな味であること、先生の教えの中のたった一つのことは忘れずに守っている                                       ことをお話したくてお便りを出そうと思いました。」と閉めてあった。

 一つ一つの出来事は今はもう思い出せないが、あの時代のことを走馬灯のように                                     次々と思い浮かび、涙が出るような興奮を覚えた。もうおわかりのように私はこの                                        S学園の教師をしていた。しかし赴任してたった1年2ヶ月で病のために退職せざるを                                        得ない事態になったのである。

 入院中、子どもたちはしばしば遠い病院まで見舞いに来てくれていた。今思えば危険な                                    病に伏す病院に親御さんはよく行かせたものだと改めて感謝の思いが募る。                                            わたしはその後この子どもたちとは一度も再会せずに今にいたっている。一人ひとりに                                     何を語りかけてきたのか何一つ覚えていないが、このKさんにそう語りかけていたとすれば、                                 私が高校生のときに2年間も病の床にあり、生きることに消極的になっていた経験から                                       そういったのかも知ない。

 昨今の教育界は退化しているようにしか見えない。先生が心から生徒や児童のために                                     一身をささげようとする志を奪い取っているのは、中央官庁の教育行政にあるのではないか。                                 苛酷な環境や教員への抑圧は未来を妨げている。一人ひとりの子どもたちに愛情を注ぐ                                       ゆとりがなくなっている現実にもっと真剣に目を向けるべきだ。わたしが優れた教師だった                                      わけではない。もしかして本気で貫き通そうとする教育信念だったかもしれない。

 私はいまは81歳になった老人だ。彼らがどんどん踏み越えて立派な人生を歩んでいる                                      ことを知るだけで、よき時代だったと今は感謝の思いで懐かしむことが出来るのである。

 やさしいタイガー