COCO ISLAND

自由 気ままに のんびりと・・・

ゴーヤ・・・・

2009-05-31 16:03:48 | Weblog
 
  4月23日に植えたゴーヤなんですが・・・・

  ゴーヤってこんなに成長が早いものなんですねぇ~~~  

  以前から書かせていただいているように 私は全く土いじりはしないもんで

  苗を買ってきて植えてもらって、モチ水やりも旦那のお仕事・・・  

  でも今回のゴーヤの成長は食べるという目的があるもんでめちゃくちゃ気に

  なるんですよねぇ~~  


  で、結構マメに見に行ってるんですが・・・・

        

  もうこんなに成長しているんですよ~~!  

  それもお値段の安い方が・・・・奥のプランターのゴーヤも一緒の日に植えた

  のに、まだ手前の半分も伸びていません。 この違いは何なんだ? 


  
  見に行った後、部屋に戻ると旦那が「実がついてたやろう!」っと・・・・

  「えぇ??マジ???」 

           慌ててもう1度、見に行ってみると・・・・・

   

  おぉ~~~~!!!!  見てください!

  可愛~~~い ゴーヤの赤ちゃんが・・・・・ヾ(@^▽^@)ノ ヤッホー!


 こんなに早く実が付くんですねぇ~~  

  このゴーヤの赤ちゃんが私のお口に入るのぐらい成長するんでしょうか??  


          それって、後何日後ぐらいなんだろう??    
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高梁・・・・

2009-05-29 20:06:48 | 旅行日記(国内)
 
 西江邸を3時過ぎに出発して 山懐の城下町 備中高梁に戻りました。   


 なんでも大阪に直接帰るには 吹屋からだと本当は中国自動車道の新見ICの方へ出た方が
  
 近いと町の人が教えてくださったんですが・・・ 高梁市内もちょっと見て回る予定にしていたので

 戻ることにしました。先に高梁市内を観光しておけば良かったみたいですが・・・   

 まぁ それだとあんなにゆっくり吹屋の観光も出来なかっただろうから、これで良かったんでしょう! 

  約1時間弱で 4時過ぎには高梁市内に着きました。

 

  まずは高梁キリスト教会堂へ・・・・この教会は明治22年の建築され岡山県で最も古い

  教会だそうです。  


         

   そして こちらが武家屋敷! 旧折井家は江戸時代後期に建てられたもので

     当時160石の馬回り役を勤めた武士が住んでいたそうです。  

 

   左手の 旧埴原家は江戸時代中期の建築物だそうです。

  普通の日で時間も遅かったからか道を歩いている人は全くいなかったです。

  し~~~んと静まりかえって城下町、それは風情がありましたよ。  


  ただ・・・弘兼邸や西江邸のインパクトが強すぎたせいか何か物足りない感じが・・・・

  折角戻ってきたのに・・・・   

 武家屋敷を見た時点でもう5時過ぎだったので結局 「備中松山城」には行かずに

 大阪に帰ることに・・・・岡山総社ICまで地道を走り山陽自動車道を通って大阪まで

 帰ってきました。

 

 5月6日から8日まで2泊3日の今回の    の走行距離は約680キロでした。
 
 今回も旦那が85%ほど運転、    ご苦労さんでした。  
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ビックリ!感激~~!

2009-05-28 22:14:50 | 旅行日記(国内)
 いや~~~~マジで ビックリして    そして感激   しました。

 
  って何の事かいな??って思われるでしょうねぇ~~~。

 
 実は 昨日のブログで「西江邸」の事を書かせて頂きましたよねぇ~~。

 そうしたら「な、な、なんと~~!西江邸の18代目の当主さん ( だと思うのですが )

 からコメントを頂いたんですよ~~!   こんな拙いブログに・・・・ 


 直接コメントを頂けるなんて・・・・・  

              いや~~本当に有り難う御座います。   

  感激序でに・・・まだまだ撮ってお蔵入りにしようかと思っていた「西江邸」の写真

  昨日に続いて・・・もう何枚かアップさせていただきます。  


 

  昨日のブログに書いた山道を登って「西江邸」に着く前に 

        ど~~ん!と目に入る 見事な「山藤」で~~す!
  

            

                    そして綺麗に整えられたお庭 なまこ壁の土蔵


  

  吹屋小学校もそうでしたが・・・やはり教育には熱心だったそうで・・・寺小屋のように

  ここで子供達を集めてお勉強をしていたそうですよ。 

                    

               の小屋の     入り口には、わら草履が・・・・・ 


  

     りっぱな屋根・・・そしてこれは獅子瓦??って言うんでしょうか?? 
 

  この素敵なお家を何時までも大切に 守っていってくださいませ~~ね!     
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西江邸・・・

2009-05-27 21:04:28 | 旅行日記(国内)
 
 「旧弘兼邸」と同じようにベンガラの生産で財を成した「西江邸」にも立ち寄ることに・・・

 専用駐車場に  を入れて表示のある方へ歩いていくのですが  

        

     のような 坂道が延々続き150mって書いてありましたがおそらくそれ以上は
  
     坂道をを登ったと・・・・   

 やっとこせ広い場所に出ると・・・・ やっと見えてきました。         



 


  でも私達はまだ向かって右手の建物の前ぐらいにいて あの入り口であろう 門にたどり着くまでには

  この大きな庭 って言って良いのかなぁ??  を廻らないと行けませんでした。   

    やっとこせ門に着くと そこには 「ご用の方はチャイムを・・・」 と・・・   


 そうなんです!  この大邸宅、西江家が代々受け継ぎ、現在でも個人邸宅としてここに住み、

 維持管理を行っていらっしゃるのです。     



  西江家は戦国時代(1500年代)山城を守る地侍だったそうです。そして江戸期には大庄屋

  としてこの地の天領地の支配を許されて この邸宅は代官所を兼ねていたんですって  


 
 
  その代官所であった名残の 簡易白州がこちら   

         ケンカやバクチなどの軽犯罪を裁いていたそうですよ。


             

                この下駄 ・・・15代がご自分で作られた桐の庭下駄だそうです。 

                        ステキですよねぇ~~~!  

 

   土間からは 続きの5室を通して見ることが出来るんですよ~~!広~~い  


 今、現在ここでは17代と18代の2世代が暮らしていらっしゃるそうで、邸宅の説明もその方が

 して下さったんですよ~~    

      住んでいるお家を毎日 人様が見学するって大変だろうなぁ~~   

 おちおち旅行も出来ないだろうし・・・買い物にも出にくいのでは??  

     な~~んて下々の下世話な想像や心配もしちゃったりなんかして・・・・  
  
  




 邸宅としては珍しく櫓門があるんですよねぇ~~   普通、お城で見ますけれどねぇ~~。

  まぁ~~~本当にこの吹屋という町・・・・すご~~い!としか言いようがありませんでした。

    がないとちょっと行きにくい場所ではありますが見応えのあるところでしたよ! 

 
   
  
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吹屋ふるさと村・・・

2009-05-26 21:16:58 | 旅行日記(国内)

 5月8日

 ベンガラ館を出て、吹屋ふるさと村に向かいました。  


           

        標高550mの山嶺に塗込み造りベンガラ格子の堂々たる町家が立ち並んでいるのは

        銅工業地としてと ベンガラという特産品の生産のお陰のようですね  



  街中にはベンガラ色があちらこちらで見受けられます。  
 



  吹屋街道を拠点として、銅や 中国山地で生産される砂鉄、薪炭、雑穀を集散する問屋も多く

  旅籠や、飲食店の立ち並ぶ参観の市場町としても繁昌していたそうです。 

  吹屋よいとこ 金掘るところ 掘れば掘るほど金が出る  

   当時の俗謡にこんなのがあるそうですよ!羨ましい限りですよねぇ~~  

         
  
         「旧片山家住宅」 片山家は1759年の創業以来 200年あまりにわたって吹屋ベンガラの  
 
         製造販売を手がけた老舗だそうです。 立派なお家ですよねぇ~~。 

         中にも入れたんですが 当時の繁昌ぶりが見て取れました。 



  郵便局も周りの景観と合わせてこんな風に・・・・  

                 そしてこれ!     何か判りますか 

            


   プールが見えているから判るかなぁ???  




 はい!これで判りますよね!    「吹屋小学校」なんで~す。  

 岡山県重要文化財に指定されていて吉岡銅山本部跡地の寄付を受けて明治33年に平屋校舎が

 42年に2階建て本館建てられたそうです。 

 和洋折衷の当時としてはモダンな建物で、町予算の数倍という巨費を投じて建設されたそうですよ!

 

  ドアップをもう1枚! この小学校 今も実際に使われているそうですよ! 

  銅やベンガラの生産で財を成し、子孫に教育を・・・その気持ちが伝わってくるような

          佇まいですねぇ~~。こんなところで学べる子供達が羨ましいです。  
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笹畝坑道・・・

2009-05-24 19:57:58 | 旅行日記(国内)
 弘兼邸のスゴいのを見た後、 笹畝坑道へ行きました。  

   


    吉岡(吹屋)銅山は807年に発見されたと伝えられているそうです。

  早速この狭い入り口から ヘルメットを被って中に入ってみました。  


 

  中もこんな具合に狭いし暗いし・・・・行けども行けども坑道が続きます。

              

              広くなったところでは こんな風にお人形が江戸時代の手堀りでの採掘の様子を

              見せてくれていました。昔の人は こんな暗い中で1日中銅を掘っていたんだなぁ~

              長生きできなかっただろうなぁ~~何て事を思っちゃいました。   


 

 この日は休日ではないので見学者はこの時旦那と2人だけ・・・

 こんなところで何かがあったらどうしよう??って思うほどちょっぴり怖かったです。 

 ここでは黄銅鉱、磁硫鉄鋼(硫化鉄鋼)が産出され、特に江戸時代はこの地から馬 

 や、船  を使って大阪の銅役所へ運ばれたそうです。  

  
 そして 磁硫鉄鋼(硫化鉄鋼)から偶然 発見されたのが この吹屋を繁栄させた

 「ベンガラ」なんだそうです。 

 「ベンガラ」・・・別名 紅殻とも言う酸化第2鉄を主成分とする赤色の無機顔料だそうです。

 朱とともに最も古くから用いられた赤色顔料だそうです。

  

 ベンガラは江戸中期に全国で初めて吹屋で生産されて以来、江戸末期、明治、大正と

 大いに繁昌を続けたそうです。  は明治の頃のベンガラ工場を復元したものだそうです。



 中では工程順に説明して下さっていました。

          さすがに工具もみんな  ベンガラ色  に染まってますねぇ~~  

           

            小屋の外には 石臼を使って碾く為に、その動力として使う水車も動いていました。

            吹屋を繁栄させたベンガラ産業も昭和47年の銅山の閉山後 昭和49年にその製造を

            終えたそうです。 
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弘兼邸・・・・

2009-05-22 20:00:08 | 旅行日記(国内)
 敷地 2581㎡ の「弘兼邸」の玄関へ・・・・    


 

 中は・・・・まず本宅に素晴らしいお庭・・・・           


 

   そして こちらは「離れ座敷」です。お茶室もありました。      


             
 

             この「離れ座敷」は大正の建築だそうで、何でも当主の結婚式に一度使用しただけで
               それ以後 使用されていないんですって・・・・  ヒョエ~~~   




   こちらはお台所ね! 驚きなのは漬け物置き場や精米場、種こんにゃく保存室まで

  あるんですよ~~~!!全部アップしていたら大変だから省きました。 


             

               こちらは 番頭部屋と下男部屋ね!もちろん、下女部屋もありましたよ! 

 

 

  そして  これが「不寝番部屋」なんです。   お城でもないのに こんな見張りを

  する  部屋まであるんですよ~~!! 本当にビックリですよねぇ~~   


 いかがでしたか~~???     まだまだ写真はあるんですがこれぐらいにして・・・  


     


       もう1枚だけ全体の写真を・・・・・いくら見てもすごいなぁ~~の一言です。    

      
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5月8日 吹屋 ・・・・

2009-05-20 20:15:38 | 旅行日記(国内)
 
5月7日は訳ありの用事に1日を費やし    ・・・ 8日に瀬戸大橋を渡って岡山へ・・・    

 

 瀬戸大橋の途中で唯一降りられる与島パーキングエリアからの見た瀬戸大橋です。
  

       

        の走っている下を    が・・・・  見えますか??

     この鉄道が、四国と本州を結んでいるんですねぇ~~~

 瀬戸大橋から岡山自動車道に乗り 賀陽インターで降りて高梁に向かいました。

 

    は途中 大久保峠から見た高梁の街並みです。高梁から  で延々走ること

  約1時間、第一の目的地 吹屋ふるさと村の「弘兼邸」に到着!



  「弘兼邸」ってご存知ですか??

  映画 「八つ墓村」のロケに使われたバカでかいお城のような家なんですよ~~!

   


 中国地方の真ん中当たりの本当に正直、ド田舎!って言って良いほどの所に  見てください!

  信じられます??  これ、全部1軒のお家ですよ~~!!   

  これでもこの石垣は現在半分が土に覆われているだそうですよ! ってことは・・・元は?? 

  「弘兼邸」は、庄屋さんのお家で 小泉銅山とローハ(ベンガラの原料)製造を営み

       巨大な富を築いて1810年頃 こんなお城のような邸宅を建てたそうです。 

 

  これが 「弘兼邸」の見取り図です。 なんせスゴいので写真も一杯撮ってきました。

 それは後日 お見せしますね! 必見ですよ~~~!! 
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屋島・・・

2009-05-19 20:23:28 | 旅行日記(国内)
 
 平氏の滅亡を決定的にした陸海の源平古戦場 屋島の戦いで有名な屋島にも行きました。  

 

  屋島から眺めた高松市内、五色台、瀬戸内海の島々です。残念ながら瀬戸大橋は霞んで

  見えませんでした。      展望台では「かわらけ」という薄く小さなお皿の様な物を

  何枚かセットで売っていて、なんでも 源氏が勝利を祝って屋島山頂から陣笠を

  投げたことに倣って「かわらけ」を海に向かって飛ばす「かわらけ投げ」が有名なんだそうです。

  それってゴミにならないのかなぁ?? 誰かが後で拾うのかなぁ?    

  ってくだらない心配をしちゃいました。  


       

四国八十八ヵ所霊場第八十四番の札所 屋島寺の東大門です。

  このお寺は 南面山千光院と呼ばれ、真言宗御室派に属しているそうです。 



 こちらが本堂で本堂の横の狸が「屋島の太三郎狸」で弘法大師さんが四国八十八ヶ所開創の時に

 霧深い屋島で道に迷われ、蓑笠を着た老人に山上まで案内されたそうで のちにその老人こそ

 太三郎狸の変化術の姿であったと信じられているそうで 家庭円満、縁結び、水商売の神であり

 子宝授けの神、福運もと・・・万能の神ですねぇ~~とても愛されているそうです。 


             

               本堂にはお遍路さんの姿も・・・・ 



 屋島3大展望台から眺めた「壇ノ浦古戦場の跡」 です。  那須与一の扇の的、義経の弓流し、

 平家軍船の泊地「船隠し」など家物語の屋島合戦の舞台となった所です。 

 屋島を後にして宿泊予定の坂出に向かいました。  

  
 途中・・・瀬戸大橋がかすかに見えていたので  を停めて  


    
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本当に・・・・

2009-05-18 21:20:38 | Weblog
 
 新型インフルエンザの感染力って本当にスゴいみたいですねぇ~~~。。

 もう 神戸や私の住んでいる大阪に充満しているみたいな雰囲気ですよねぇ~~

 今日、○○スーパーにも行って来ましたが、従業員の方はみんなマスク着用が義務付け

 られているそうで・・・結構息苦しいわぁ~~と言いながら応対されていました。 


 又、梅田にも行ったのでが道行く人の30%ぐらいはマスクをはめてはりましたよ。

 当然の様にデパートの店員さんもマスクを・・・・・ 


 ただ・・・そんな中、○ド○シカメラの店員さんだけはマスクなし! 

 
 逆に変な感じがして・・・・・あれ??本社が東京だからかな??なんて思ったりも・・・ 


 この・・・マスク 本来は毎日、新しいのに 取り替えないと意味ないんですよねぇ~~ 

 デパートやスーパーってどれぐらいの備蓄をしているんだろう?? 

 今回の新型インフルエンザは 感染力、病原性などからみて、季節性インフルエンザと

 変わらないらしく 致死率の高い鳥インフルエンザを前提とした対策は見直しが必要と

 言ってるし・・・・今、山ほどマスクを使っちゃうと、その内やって来るであろう

 致死率の高い鳥インフルエンザが蔓延しだした頃に マスクがなくなるのでは??

 って思ったりもするんですが・・・・  



 しか~~し マスクを作っている会社ウハウハでしょうねぇ~~なんて考えるのは

 やっぱ、大阪のおばちゃんだからかなぁ~~  


 
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