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◇クラシック音楽◇NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー

2013-09-10 11:51:42 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー

 

<NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー>

 

~ケント・ナガノ指揮バイエルン国立管弦楽団のシューベルト:「未完成」&ブルックナー:交響曲第9番~

 シューベルト:交響曲第7番「未完成」

ブルックナー:交響曲第9番

指揮:ケント・ナガノ

管弦楽:バイエルン国立管弦楽団

収録:2012年9月15日、ドイツ・ボン ベートーベン・ハレ

提供:ドイチェ・ベレ 

放送:2013年8月9日午後7:30~午後9:10

 今回の放送は、ベートーヴェンの出身地ボンで毎年開催されている”ベートーヴェンフェスティバル”からケント・ナガノ指揮バイエルン国立管弦楽団の演奏会の録音である。同フェスティバルは、ベートーヴェン生誕75周年に当る1845年に第1回が開催され、1999年からは毎年開催されるようになり、現在、毎年9月~10月にドイツのボンやその周辺のラインラント地方で、主会場である「ベートーヴェン・ホール」を中心に、合計70ほどのオーケストラ曲や室内楽曲の演奏会が催されている。2005年からは、毎年一つのテーマを設け開催しており、これまでのテーマは、「自由」「ロシア」「歓喜」「音楽の力」「光」「開放―音楽のユートピアとの自由」「これからの音楽」などで、この録音が行われた2012年のテーマはベートーヴェンの言葉から取った「芸術には独自の心がある」である。これまで同音楽祭に登場した指揮者は、今回放送のケント・ナガノをはじめとして、パーヴォ・ヤルヴィ、ヴァレリー・ゲルギエフ、グスターボ・ドゥダメル、ロリン・マゼール、クルト・マズア、リッカルド・シャイー、ズービン・メータなど、当代一流の指揮者がずらりと並ぶが、これらの中でもケント・ナガノは”ベートーヴェンフェスティバル”の常連の指揮者になっているという。

 ケント・ナガノ (1951年生まれ)は米国出身の指揮者で、日系アメリカ人4世。1976年にサンフランシスコ州立大学において法学を専攻するかたわら作曲を学ぶ。1978年から28年間バークレー交響楽団の音楽監督を務めながら、ハレ管弦楽団やリヨン国立オペラの首席指揮者や音楽監督にも就任。その後はベルリン・ドイツ交響楽団の首席指揮者ならびに芸術監督も務め、2006年よりモントリオール交響楽団およびバイエルン国立歌劇場の音楽監督に就任。2008年には、日本政府より旭日小綬章を受賞。日系アメリカ人として、ヨーロッパ音楽、アメリカ音楽、さらには日本の音楽も取り上げるなど、幅広い曲目を演奏するが、特にオペラにおいての実績が高く、2012年には「ニーベルングの指環」を全曲指揮した。2013年からはエーテボリ交響楽団の首席指揮者を務め、2015年からはハンブルク国立歌劇場の音楽総監督に就任予定となっている。

 今夜の曲目は、シューベルト:交響曲第7番「未完成」とブルックナー:交響曲第9番。いずれも未完成の曲であり、この2曲を選んだケント・ナガノとバイエルン国立管弦楽団は、これらの未完成の曲の内部に潜む、完成に至らなかった作曲者の思を馳せながらの演奏内容になるのではないか、という期待感が自然に湧き起こる。第1曲目は、シューベルト:交響曲第7番「未完成」。第1楽章のケント・ナガノ指揮バイエルン国立管弦楽団の演奏は、幽玄な面持ち満ちたものであり、西洋的というより、何か東洋的な神秘性を内包した演奏のように私には聴こえた。ケント・ナガノの指揮は、決して先を急ぐような内容ではなく、ゆっくりとしたテンポであるが、しかし単にゆっくりとしたテンポだけでは表現できない、揺れ動く心の葛藤のような微妙な彩を巧みに演出したものとなっており、聴き終わってれば、見事な造形美に形づくられた曲の輪郭がくっきりと浮かび上がる。この辺の手腕がケント・ナガノの真骨頂であり、人気の源なのであろう。第2楽章に入ると、徐々にテンポを上げながら、オーケストラに流れるようにメロディーを歌わせ、遠近感を深めたような演奏内容に徐々に変貌を遂げる。一挙に力強さが加わり、シューベルトの音楽の本質に迫ろうとするその姿勢に、思わずリスナーは引きずり込まれる思いがする。

 第2曲目は、ブルックナー:交響曲第9番。この曲も未完成で終わり、第3楽章までであり、第4楽章は書かれなかった。ブルックナー自身は、第4楽章が未完成に終わった場合は、自身の「テ・デウム」を演奏して欲しいと残したそうであるが、第3楽章で演奏を終える場合が多い。ケント・ナガノ指揮バイエルン国立管弦楽団の演奏は、通常のブルックナー演奏とは、大分趣が違う。通常、ブルックナーを演奏する場合、スケールの大きさを誇示するような演奏が多い。一方、ケント・ナガノの指揮はというと、第1楽章において、そんなスケールの大きさなんか興味がないかのように、曲の内面へ、内面へと向かい、模索するような雰囲気を漂わす。哲学的な思索に耽るような感覚が辺りを埋め尽くす。そして、満を持すかのごとく、時折高らかにオーケストラが鳴り響く。この絶妙なバランス感覚は、ケント・ナガノ独特なもので、決して他の指揮者が真似できない高い次元の演奏内容といえよう。第2楽章では、第1楽章の雰囲気をきっぱりと捨て去り、力の限りの演奏が辺りを埋め尽くす。バイエルン国立管弦楽団の伝統を基に築かれた音の厚みに圧倒され、オーケストラの音色の多彩さに聴き惚れる。第3楽章は、これまでの演奏の総決算をするかのように、誠にバランスいい、しかも美しい演奏に終始する。ケント・ナガノの指揮は、どんな場合でも、その底辺には常に歌心を忘れていないような雰囲気を持っている。その結果、曲全体の懐が大きく感じられる。これは、他の指揮者には求められない、ケント・ナガノだけが成し得る世界なのかもしれない。(蔵 志津久)       


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