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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CD◇ツィメルマン、25年ぶりのソロCD シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番&第21番

2017-10-10 07:45:19 | 器楽曲(ピアノ)

シューベルト:ピアノ・ソナタ第20番、第21番(遺作)

ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン

録音:新潟県柏崎市 

CD:ユニバーサルミュージック(ドイツグラモフォン) 479-8204

 シューベルトが尊敬してやまなかったベートーヴェンは、生涯で32曲のピアノソナタを作曲したが、その最後の3曲であるピアノソナタ第30番/第31番/第32番はベートーヴェンの“後期三大ピアノソナタ”と呼ばれ、それまでのベートーヴェンのピアノソナタとは次元が異なるほど内容の円熟した孤高の音楽を形づくった傑作として知られている。シューベルトは、全部で21曲のピアノソナタを作曲(このほか未完成のピアノソナタもある)したが、ベートーヴェンと同じく最後の第19番/第20番/第21番の3曲は、シューベルトがピアノソナタの世界で最後に到達した境地を余すところなく発揮した傑作として現在でもコンサートでしばしば取り上げられている。このCDには、シューベルトのピアノソナタの最後の3曲のうち、第20番と第21番とが収められている。これは、名ピアニストのクリスチャン・ツィメルマンが2015年~2016年に掛けて行われた日本全国リサイタル・ツアー終了後、新潟県柏崎市で録音したという通常の録音とは一味異なるもの。ツィメルマンのソロ・アルバムとしては、1991年録音(25年ぶり)/1994年発売(23年ぶり)のドビュッシー前奏曲集以来となる貴重なものだ。

 シューベルト:ピアノソナタ第20番イ長調D.959は、作曲者最晩年のピアノソナタ3部作の一つで1828年に作曲された、全部で4つの楽章からなる長大な作品。そのひとつ前のピアノソナタ第19番が、ベートーヴェンのピアノソナタを思い起こさせるような堅牢でがっしりした内容を持つのに対して、この第20番は、シューベルト独自の語り口で書き綴られた美しい作品に仕上がっている。一方、ピアノソナタ第21番変ロ長調D.960は、1828年9月に作曲されたシューベルトの生涯で最後のピアノソナタであると同時に最高傑作の作品である。この作品についてシューマンは次のように書き残している。「まるで永遠に尽きることを知らぬかのように、まるで次から次へと淀むことを知らぬかのように、常に音楽的な歌に富むこの曲は、ページからページへとさらさら流れて行く。ときどき激しい高揚で中断されることもあるけれども、すぐにもとのように落ち着いてしまう。・・・そして曲は、ちょうど夜が明けたらまた新しい作曲が始まるかのように、はつらつと、軽快に、そして優しく終わる」。このようにシューマンが書き綴っているようにこの第21番のピアノソナタは、死を目前にして病に臥せっていたシューベルトが最後の力を振り絞って書いた、孤高で崇高なピアノソナタの“白鳥の歌”であり、“人類の永遠の宝”とでも言える、全体が静寂な美しさに溢れた大傑作のピアノソナタなのである。

 ピアノのクリスチャン・ツィメルマン(1956年生まれ)は、ポーランド出身。現在、世界で最も高い評価を得ているピアニストの一人。1973年「ベートーヴェン国際音楽コンクール」で優勝後、1975年の第9回「ショパン国際ピアノコンクール」で史上最年少(18歳)で優勝。1981年にポーランドを離れ、スイスに移住する。1999年、ショパン没後150年を記念して、ポーランド人の若手音楽家をオーディションで集め、「ポーランド祝祭管弦楽団」を設立。初来日は1978年で、最近ではほぼ毎年のように来日している親日家。自身がオーディオを自作するなどするため、秋葉原の電器街に出かけることなどが来日する契機になったようだ。2005年フランスの「レジオン・ドヌール勲章(シュバリエ章)」を受章した。2011年の東日本大震災当時は東京におり、震災を実際に体験し、以後、ほぼ毎年のように来日し、被災者支援のチャリティコンサート・リサイタルを行った。

 このCDのシューベルト:ピアノ・ソナタ第20番でにおいて、ツィメルマンは、実に明快な解釈を見せる。流れる出るメロディーを自然に身を任せかの如く、柔軟に一気に弾き進む。シューベルトの最後の3曲のピアノソナタは、多くのピアニストは肩に力入り、その結果、武骨な仕上がりになるケースも少なくないが、ここでのツィメルマン解釈はこれらと全く異なり、楽譜に書かれた通りに弾きこなす。演奏家の思い込みをできるだけ排除したいという考えがツィメルマンにはあったのではないか。シューベルトのあまりに短い生涯から来る、後世の人々がつくった物語をなるべく入れないで、ツィメルマンは「シューベルトが最後に行き着いたピアノソナタの音楽的な真の姿こうですよ」とリスナーに呼びかけているようにも聴こえる。一方、ピアノ・ソナタ第21番の方は、逆に、ツィメルマンのこの曲に対する熱い思いがぎゅーと凝縮されているかのような名演を聴かせる。テンポは速からず、遅からず、少しの衒いもない。死を目前にしたシューベルトの想いをツィメルマンが代弁するかのように、時折押し寄せる激高の後の静寂で孤高な精神に溢れた優れた演奏内容となっている。引き締まった構成となっているので、全体に緊張感で溢れる。しかし、そこには少しの硬さも感じられない。この曲が“人類の永遠の宝”であることが実感できるような充実した演奏内容に仕上がっている。(蔵 志津久)


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