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◇クラシック音楽CDレビュー◇2018年に引退したピリスのシューベルト:ピアノソナタ第16番/第21番

2019-06-11 09:37:26 | 器楽曲(ピアノ)

 

シューベルト:ピアノソナタ第16番/第21番

ピアノ:マリア・ジョアン・ピリス

録音:2011年7月、ドイツ、ハンブルク市、ハンブルク=ハールブルク

CD:ユニバーサルミュージック UCCG-52073

 ピアノのマリア・ジョアン・ピリス(正しくはピレシュ、1944年生まれ)は、ポルトガル、リスボン出身。現在はブラジル・バイーア州・サルヴァドールに在住。 1953年から1960年までリスボン大学で作曲・音楽理論・音楽史を専攻。その後、西ドイツに留学し、ミュンヘン音楽アカデミーで学ぶ。1970年に、ブリュッセルで開かれた「ベートーヴェン生誕200周年記念コンクール」で優勝。1970年代には、デンオンと契約してモーツァルトのソナタ全集を録音している。1986年ロンドン・デビュー、さらに1989年ニューヨーク・デビューを果たす。室内楽演奏にもすぐれており、1989年よりフランス人ヴァイオリニストのオーギュスタン・デュメイと組んで演奏や録音を続けた。モーツァルトのピアノソナタ全集の録音により、1990年「国際ディスク・グランプリ大賞」CD部門を受賞。同年クラウディオ・アバド指揮のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と共演してザルツブルク復活祭音楽祭にもデビュー。 2008年8月~12月、NHK教育テレビの番組「スーパーピアノレッスン」の講師を務めた。2018年をもって現役から引退し、以後後進の育成に努めるすることを表明し、日本においてもお別れ演奏会が開かれた。

 シューベルトは、生涯に21曲のピアノソナタを書いているが、その中で完成したのが11曲。この完成されたピアノソナタで生前に出版されたのが3曲であり、そのなかの1曲がピアノソナタ第16番である。ピアノソナタ第16番 イ短調 作品42 D 845 は、1825年5月に作曲され、オーストリアのルドルフ大公に献呈された。シューベルトの中期に完成されたピアノソナタの一つであり、翌1826年にピアノソナタとしては初めて出版された。それまでのソナタにおける3楽章制とは一転して4楽章構成を取っており、シューベルトはこのソナタ以降一貫して4楽章制を取り続けることになる。 第1楽章 はモデラート、第2楽章はアンダンテ・ポコ・モッソ、第3楽章はスケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェ、第4楽章はロンド、アレグロ・ヴィヴァーチェ。このピアノソナタは、これまでのピアノソナタに比べ、格段の進歩がみられ、シューベルトのピアノソナタの中でも傑作の一つとして評価されている。それは、第1楽章の提示部を聴けば,楽想の洗練の度合い、ピアノの響きの美しさが、それまでのピアノソナタと比べて、格段の向上を聴き取ることができる。

 一方、ピアノソナタ第21番は、シューベルトの最後のピアノソナタであり、全21曲中の最高傑作である同時に、ピアノソナタ史上においても最高の位置づけがなされている作品である。1828年9月に作曲され、晩年のピアノソナタ3部作(第19番、第20番、第21番)の最後を締めくくる作品となった。第1楽章 モルト・モデラート 、第2楽章 アンダンテ・ソステヌート 、第3楽章 スケルツォ:アレグロ・ヴィヴァーチェ・コン・デリカテッツァ - トリオ 、第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ - プレスト。 晩年のピアノソナタ3部作は、ほぼ同時に作曲が進められたが、最後の2曲が作曲されたのは、死の2か月前だった。その頃、シューベルトは死の病と貧困に喘いでおり、作曲は壮絶な仕事だったと伝えられている。ピアノソナタ3部作は、最初、当時ピアノの大家であったフンメルに献呈される予定であったが、最終的にはシューマンに献呈されることになった。この曲についてシューマンは、次のように書き記している。「まるで永遠に尽きることを知らぬかのように、まるで次から次へと淀むことを知らぬかのように、常に音楽的な歌に富むこの曲は、ページからページへとさらさら流れていく。・・・そして曲は、ちょうど夜が明けたらまた新しい作曲が始まるかのように、はつらつと、軽快に、そして優しく終わる」

 シューベルト:ピアノソナタ第16番を聴いてみよう。第1楽章は「問いと答え」という形式で始まるが、ピリスは、確信に満ち溢れ、力強さを前面に打ち出した演奏をきかせる。時には腹にずしりと感じるほどであるが、全体はゆっくりとしたテンポで進められる。同時に決して歌心は忘れていない演奏内容となっている。第2楽章は主題と5つの変奏から成る。ピリスは、ここでもゆっくりとしたテンポは維持したままだ。一音一音を確かめるようにして弾き進めわけであるが、リスナーにはその展開が誠に心地良く、知らず知らずしらずのうちにシューベルトの世界に引き込まれていく。第3楽章はスケルツォ部とゆったりとした子守唄風のトリオ部から成る。この中間部でピリス限りなく美しい歌をピアノに歌わせることに成功しており、リスナーは天上の歌を聴いているかのように感じられる。第4楽章は即興的なロンド主題を中心に展開される。ここでのピリスは、これまでとは一転して軽快なテンポの演奏を一気に聴かせてくれて、最後には華やぐ雰囲気でこの曲を終える。

 次のピアノソナタ第21番はシューベルトの死のわずか2か月前に作曲されただけに、内容は暗く、重い曲である。しかし、シューベルト独特の浄化された世界が展開され、リスナーは救われる。第1楽章はいきなりこの世のものとも思われぬメロディーが現れる。ピリスは、これに真正面から取り組む。一切の装飾をかなぐり捨て、シューベルトが最後に行き着いた魂の歌を淡々と紡ぎだす。ピリスは、遥か昔の情景を思い出させるような深みのある表現に徹する。第2楽章は、第1楽章を受け、さらに人間の内面から発せられる独白とも感じられる印象の曲。ここでピリスは、あらゆる神経を一点に集中させるかのように緊張感あふれる演奏に終始し、見事というほかない。第3楽章は転調しながら主題が繰り返され演奏される曲だが、ピリスの演奏は、何か無心の境地で弾いているかのようにも感じられる一方、緊張感が解け一時の開放感を楽しんでいるかのような演奏内容だ。最後の第4楽章は、これまでの苦しみを乗り越え、無我の境地に至ったような曲想を持っている。ピリスもこれを意識してか、軽快の中にも、神々しさを宿したような演奏内容に徹している。ピリスのピアノ演奏が、シューベルトの魂に一瞬触れたかのような緊張感に包まれた録音内容だ。(蔵 志津久)


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