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「極楽特急」(1932年 アメリカ映画) 

2020年10月14日 | 映画の感想・批評
 オペレッタ風に物語は始まる。月夜のベニス、カンツォーネを歌う陽気な男、運河。盗賊が暗闇に紛れて逃げていく。倒れている男、窓辺に佇む紳士、非常事態が発生しホテル中が大騒ぎになっている。ゴンドラに乗ってやって来た淑女を紳士が迎える。愛を囁きあう二人。男の名はガストン、女の名はリリー。紳士淑女を装っているが実はこの二人は泥棒なのだ。ガストンは今しがた金満家から財布を失敬してきたばかり。大騒ぎを尻目に二人は濃厚な夜を過ごす。
 時は過ぎ、舞台はパリ。ガストンは美しくてエレガントな女社長・コレ夫人に近づき、言葉巧みに懐柔して社長秘書になってしまう。やがてコレ夫人はガストンを愛するようになり、二人の関係は急速に深まっていく。嫉妬の炎を燃やすリリーは早々にガストンを連れて逃げようとする。その頃、ベニスで財布を盗まれた男が、ガストンの正体をコレ夫人に明かしていた・・・
 ロマンティック・コメディ(ラブコメディは和製英語)の基礎を築いたのは、ユダヤ系ドイツ人のエルンスト・ルビッチ(1892~1947)と言われている。1922年にハリウッドに招かれて以来、「結婚哲学」「ウィンダミア卿夫人の扇」「天使」「青髭八人目の妻」「桃色の店」「天国は待ってくれる」・・・等々と優雅で洗練されたコメディタッチの恋愛映画を奇跡のように世に送り出してきた。そのルビッチ作品の中でも特に評価が高く、多くの監督や評論家、そしてルビッチ自身が最高作だと認めているのが本作である。ここには洗練さのひとつの典型がある。
●主人公はおしゃれで、繊細で、機知とユーモアに富んだ会話ができる。
●時計の針と音声だけでデートの進行を表したり、ドアの鍵を閉めるタイミングの違いで情事への期待値を表現したり、婉曲で間接的な表現によって恋愛を描いている。見えないところで大事なことが起こったり、会話が急に聞こえなくなったりするので、観客の想像がかきたてられる。
●三角関係に陥っても愛のドロドロにはならない。ルビッチの映画ではたいてい三角関係は元のさやに収まり、ハッピーエンドを迎える。保守的で冒険を好まず、新しい恋人と駆け落ちするなどという劇的なラストにはならない。別れのシーンもジョークで悲しみをカムフラージュして、過度に切ない気分にさせないようにしている。ガストンとコレ夫人の別れのシーンを見てみよう。
「あなたがなくしたものが何かわかる?」
コレ夫人は黙ってうなずく(ガストンとの愛をなくしたと思っているのだ)
「違う、あなたがなくしたのはこれだよ」
ガストンは内ポケットから自分が盗んだ真珠のネックレスを取り出した。
●泥棒映画なのに盗むシーンが一切ない。緊張感のある盗みの場面は省力され、いつのまにか魔法のように財布やバッグが消えている。リリーは手品に見惚れる子供のように、ガストンの盗みのテクニックに魅了されている。盗みは一種の恋愛ゲーム。ベニスのホテルでピンとガードルを掏(す)られたリリーは怒るどころか、ガストンの腕前に感激し惚れ直している。ラストシーンのタクシーの中でも、二人はお互いがお互いから掏った戦利品を自慢げに披露し合う。リリーにとってガストンに掏られるのは愛の行為と同じであり、コレ夫人から盗んだ10万フランも見事に掏られてしまい、感極まってガストンに抱きつく。

 ガストンは本気でコレ夫人を愛していたのか、それともお金目当ての恋だったのか・・・おそらく両方の感情が同居していたのであろう。だからこそリリーはガストンの気持ちを敏感に感じ取って、コレ夫人から引き離そうとした。それにしてもひどい目にあったのはコレ夫人だ。10万フランと高級ハンドバッグ、真珠のネックレスを持ち去られ、おまけに心(ハート)までガストンに盗まれてしまった。それでも別れ際のコレ夫人が幸せそうだったのは、甘美な思い出に浸っていたから。さんざん騙されたのに恨んでいない、警察にも通報しない、批判めいたことも言わない。恋は盲目と言うべきか。エレガンスには寛容の精神が必要なのだろうか。本作品には監督の恋愛哲学が典型的に反映していて、この哲学と美意識がルビッチの作品全体を貫く通奏低音にもなっている。後年、多くの映画監督がロマンティック・コメディを手掛けたが、優雅さと洗練さにおいてルビッチを超えるものを筆者は知らない。(KOICHI)

原題:Trouble in Paradise
監督:エルンスト・ルビッチ
脚本:グローヴァ―・ジョーンズ サムソン・ラファエルソン
撮影:ヴィクター・ミルナー
出演:ハーバート・マーシャル ミリアム・ホプキンス ケイ・フランシス



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