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「怒り」(2016年 日本映画)

2016年09月21日 | 映画の感想・批評
 

 2006年に「フラガール」でいきなりキネマ旬報ベストテン1位に選出され、2010年には「悪人」で再び同ベストテン1位に選ばれた李相日監督の力作である。2013年の「許されざる者」も剛腕といえる力業で135分の長丁場に挑んだが、今回は「悪人」と同じ吉田修一原作本を140分余の長尺で押し切った。しかも、私の見るところ、かれの最高傑作だといってもいい。
 冒頭、風呂場に無残な姿で横たわる主婦の遺体が映され、ふたりの刑事が現場検証しているところから、この不吉な物語は始まるのである。八王子の閑静な住宅街で引き起こされた夫婦殺害事件の犯人は犯行現場に自らの血で「怒」と殴り書きした痕跡を残し、忽然と姿をくらます。
 新宿歌舞伎町の風俗店で家出した娘(宮崎あおい)を発見し、家に連れ帰る父親(渡辺謙)は叱ることもしない。娘もまったく悪びれる様子もなく素直に父親に従う。自宅に戻った娘が流れ者の若者(松山ケンイチ)といい仲になるのを父親は心配げに見守るほかない。
 新宿二丁目で男遊びに興じるサラリーマン(妻夫木聡)がハッテン場で出会った伏し目がちな若者(綾野剛)にひと目惚れしてアパートに連れ帰る。そこから相思相愛の同棲が始まるのだ。
 コバルトブルーの海原。沖縄に転居してきた女の子(広瀬すず)が無人島を探訪したいと地元のボーイフレンド(佐久本宝)に頼んで降り立った島に、風来坊のような男(森山未來)が野宿しているのを見つける。男は女の子に誰にもいわないでほしいと告げる。
 この三つのエピソードが並行して語られ、いずれも自身のことを語りたがらない謎めいた過去をもつ若者3人が、整形して逃亡しているとされる八王子殺人事件の容疑者と重なるのである。
 そうして、かけがえのないはずの相手を信じようとする気持ちと猜疑心がせめぎ合い、それぞれの人間関係が破綻し、予期せぬ悲劇へと突き進んで行く。どうにもやるせない結末を迎えるふたつのエピソードだが、残るひとつのエピソードだけが救いのある結末となっていて見る者のこころを癒やすのである。(健)

監督:李相日
原作:吉田修一
脚色:李相日
撮影:笠松則通
出演:渡辺謙、森山未來、妻夫木聡、松山ケンイチ、宮崎あおい、綾野剛、広瀬すず、佐久本宝


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