ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

怪談3.足音

2016年06月25日 | 思い出


      私たちは、若くて生意気でノーテンキなカップルだった。
      太陽はまだ頭上にあったし、いつか、その陽が傾き始めるなんてことがあるなんて思いもしなかった。
      つれあいは好きなことを仕事にしていたし、私も、いつかはそうなるはずだった。

      木造二階建て4軒長屋は各2DK、古くて、風が吹き込み、なまじ小さな庭があるために
      蚊や虫や泥の対策が必要だった。、大雨のときは
      バケツをぶちまけたような水のまん幕がひさしから流れ落ち、
      地震のときは、家全体があえぐように音を立てる。
      二階を歩くと床がきしみ、階段もみしみしとしなった。
      一階と二階の間には明らかにネズミが住んでいた。
      
      ネズミは4軒分の天井裏を仕切りなしに占有して、走り回っているらしい。
      なにしろ、私たちは、若くて生意気でノーテンキだった。
      「ネズミも生きる権利があるよ」などと、言っていた。


      ある日
      一匹の猫が私たちの生活に加わった。白い大きな雄猫。
      外で哭いていたので、猫好きの私が呼んだら、二時間ほど庭にいたのが、
      縁側の上に、さらに座敷の中へ入ってきてしまった。

      「でっかい猫だなあ」
       彼は、「猫も生きる権利がある」とは言わなかった。
      「まあ、そのうちに出て行くわよ」と、私は言った。
       痩せてもいないし、堂々とした態度だったので、どこかの猫が遊びに来たんだろうと思った。

       結局、猫はどこへも行かなかった。夜、外へ出しても、
       朝、雨戸をあけると縁側にいる。
    
            
       ミイと呼ぶことにした。過去の名前がわからないから、仕方ない。
       飼い始めて、すぐに、ミイは実物以上に「かさばる」と思うようになりました。
       まず、贅沢!
       猫まんまなんか食べない。「お刺身用アジ丸ごと」が大好き。
       お刺身用イワシにすると、もう見向きもしない。さばもダメ。マグロのブツなら
       食べてやろうという態度。。

       若くて生意気でノウテンキだったけれど、けっこう倹約生活をしていた。
       迷いネコのために経費を計上するなんて、想定外。

       へんな癖もあった。私が、風呂にはいろうと服を脱いでいると、じーっと、値踏みするように見ている。
       電話をしていると、耳をそばだてている。
       化粧をしていると、
       こちらの手の動きをちらちら見ながら、小ばかにしたように自分の手をなめて
       顔を洗いはじめるのです。

       ミイはよく教育された猫であると、わかってきた。
       猫は高いところが好きなのに、絶対に食卓には上がらない。
       冷蔵庫の上や調理台にも上がりません。

       引き戸を開けるのは上手で、ふすま、ガラス戸どこでも開けて、出入りする
       爪とぎもしない。
       部屋は和室で、ふすまと木の柱だから、助かりました。
       何しろ借家暮らし。若くて生意気でノーテンキでも、大家さんにはかなわない。

       何が良いと言って、ネズミの足音がぴたりと止んだことです。
              〇 ◎

       ある日、
       私は子猫を拾った。

       まだ、耳もちゃんと立っていない赤ちゃん猫。
       そのか細いいのちには、私たちは、ふたりとも夢中になった。
       「生きる権利がある」と思った。
       小さな竹籠にタオルを敷き、授乳したり、トイレの世話をしたりと、片時も目をはなさず。

       家に、新来者がいるとわかったとき、
       ミイはおびえた目で、こちらを一瞥すると、二階に上がってしまいました。
       子猫は一週間もすると、よちよち歩きまわるようになり、私たちの足を待ち伏せしたり、
       かかとにあと追いをしてきて、とても可愛い。

       ミイは、明らかに
       動揺していた。長い時間外にいて食事に帰ってくるだけ。そのあとは、いそいで、二階へ上がってしまう。
              

       しんと、静かな夜だった。

       私は、ちびを抱いて、布で顔をふいてやっていた。
       彼は、本を膝に置いたまま、子猫を覗き込んでいます。

       そのとき。

       ミシ、ミシ
       だれかが階段を下りてくる――。

       つれあいと私は、思わず顔を見合わせた。二階にだれかいたのかしら。
       出かける時、めったに縁側の鍵を掛けない私たち。
       若くて、生意気で、ノーテンキなカップルは、
       失うものなど何もないと、言ってのけるのが楽しかった。

       ミッシ、ミッシ。

       背筋に悪寒が走った。       
       ミイが、壁の向こうからぬっとのぞいた。

       その直前まで、ひとりの男であったのが、
       無理に身をちぢめているふうに、
       のっそりと、入ってきた。
       





              
             

       
       


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