ノアの小窓から

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ダビデとバテシェバ② 姦計

2020年07月01日 | 聖書

 

 ウリヤはダビデに言った。「神の箱も、イスラエルも、ユダも仮庵に住み、私の主人ヨアブも、私の主人の家来たちも戦場で野営しています。それなのに、私だけが家に帰り、飲み食いして、妻と寝ることができましょうか。あなたの前に、あなたのたましいの前に誓います。私はけっしてそのようなことをいたしません。」(第Ⅱサムエル記11章11節)
 ダビデはウリヤに言った。では、きょうもここにとどまるがよい。あすになったらあなたを送り出そう。」それでウリヤはその日と翌日エルサレムにとどまることになった。(12節)
 ダビデは彼を招いて、自分の前で食べたり飲んだりさせ、彼を酔わせた。夕方、ウリヤは出て行って、自分の主君の家来たちといっしょに自分の寝床で寝た。そして自分の家には行かなかった。(13節)

 

 「軍人のかがみ」ウリヤは、ダビデの懐柔にもかかわらず、家に帰ろうとしません。ダビデは彼を食卓に招いて、酔うまで酒を飲ませたのですが、酔っても彼は自分の立場を忘れることがありませんでした。


 ヘテ人というのはヒッタイト人のことです。BC15世紀頃からBC12世紀頃まで栄えたヒッタイトは、ダビデ王のころには滅亡していたようですから、プロの兵士が各地に流れて傭兵になっていたのでしょう。ウリヤは、軍人の心得をしっかり持っていた上に、自分の仕える主君とイスラエルの神を信仰する忠誠ぶりでした。

 

★★

 

 人が悪を行う時に困るのは、おうおうにして、正しい人の存在です。五百グラムのものを五百五十グラムだと偽って売りたいなら、不正のはかりを使うのです。そこに、正しいはかりをもっている人がいると、めんどうなわけです。
 集団でのいじめ事件などが起きると、仲間の中に一人ぐらい「それは間違っているよ」と言う子がいなかったのかしらと思います。しかし、大勢の意見がある方向に傾いているときに自分だけが「それは間違っている」というのは、分別ある大人でも難しいものです。
 自分の考えをきちんと通す人は、「背骨がある」「一本筋が通っている」などと評価されますが、同時に、「空気が読めない」と揶揄されることもあります。

 

 ウリヤは、忠実な軍人だったのですから、戦場での命令ならどんな無理でも聞いたでしょうが、軍人魂に反するような命令は受け付けなかったのです。それでも、融通の利く如才ない家来なら、王がたびたび家に帰るよう勧めたら、「空気を読んで」帰宅するはずです。でも、ウリヤはそのような融通が利かせられない「硬骨漢の軍人」だったのです。

 ダビデは弱り果てました。たぶん、一晩あれこれと考えたことでしょう。

 

 朝になって、ダビデはヨアブに手紙を書き、ウリヤにもたせた。(14節)
 その手紙にはこう書かれてあった。「ウリヤを激戦の真っ正面に出し、彼を残してあなたがたは退き、彼が打たれて死ぬようにせよ。」(15節)
 ヨアブは町を見張っていたので、その町の力ある者たちがいると知っていた場所に、ウリヤを配置した。(16節)
 その町の者が出て来てヨアブと戦ったとき、民のうちダビデの家来たちが倒れ、ヘテ人ウリヤも戦士した。(17節)

 

 自分の殺害命令を握って戦場に戻って行くウリヤには、一点の非難される余地もないのです。それだけに、命令を出したダビデの冷酷さが際立っていないでしょうか。
 冷酷さが言いすぎなら、弱さでしょうか。もちろん、このような性質はダビデだけのものではありません。私たちはだれでも弱い者で、自分をかばうためなら、(人に知られなければ)人殺しさえ辞さない者だと思い知らされるのです。


 
 だれにも知られない奸計などというものはありません。だれにも知られない悪巧みは、弱い人間の裏返しの「夢・妄想」にすぎません。人がミステリーを読むのは、ミステリーが人の心の暗い世界にコミットするからです。だれもが、暗い裏返しの夢を見ることがあるので、良く書けたミステリーはすぐれたエンターテイメントになるのです。もちろん、筋書きの最後は、悪人の破滅です。いえ、弱い平凡な人間を破滅させたサタンの勝利です。
 破滅した主人公を憐れみながら、「自分はこのようなサタンの誘惑に陥らないぞ」と思うとき、読者はカタルシスを覚えるのです。

 

 ダビデは神に愛された人でした。それだけに、サタンも執拗に彼に付きまとっていたのかもしれません。


 ところが、ダビデは破滅はしませんでした。この物語には、エンタテイメント小説のようなわかりやすいカタルシスはありません。ウリヤは死に、ダビデは、バテ・シェバを妻として迎え入れます。不倫の子は死にますが、バテ・シェバとの間に生まれたソロモンが、ダビデの後をついで、ダビデ王朝は隆盛をきわめます。

(つづく)

 

 

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記328 奸計(第Ⅱサムエル記11章11節~17節)より再録しました。