ノアの小窓から

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小説「ワシュティ」

2016年01月04日 | 



   アマゾンから電子書籍として出版された 小説「ワシュティ」をご紹介します。

  以下は、ワシュティの広告に掲載されている紹介文です。
  もちろん、作者さとうまさこが書きました。

  いささか詳しすぎると思われるかもしれませんが、実際の小説は、400字詰め220枚ほ   どになります。
  旧約聖書では、古代イスラエル王国崩壊後、各地に散らされたユダヤ人の労苦をいくつかの書物(エズラ記、ネヘミヤ記、エステル記)で記録しています。
  この物語は、「エステル記」に記録されている物語と関連があります。
  アケネメス朝ペルシャの時代、ユダヤ人を襲った迫害がベースになっています。

  さとうは、これを書くにあたって、アケネメス朝ペルシャの王宮制度なども、可能な限り調べて、骨格のしっかりした物語となるよう苦心しました。

  ぜひ、お読みになって下さって、ご批判ご感想を寄せて下さるよう
  よろしくお願い申し上げます。




             ★ ★ ★ 
  



 ときは、紀元前5世紀。アケネメス朝ペルシャの最盛期。アハシュエロス王の時代です。ペルシャの領土は、東はインド・インダス河から西は小アジア、アラビア、エジプトに至るまで広がり、百二十七の州を支配する、文字通り世界初の大帝国でした。

 ワシュティは、ペルシャ人の裕福な商人の家に生まれました。天性の美貌と愛らしさで評判の娘でした。両親や兄たちに愛され、幼馴染のいいなずけアサとの結婚を夢見ているワシュティの生活は、しあわせそのものでした。

 そんなワシュティの身の上に、思いがけない出来事が降りかかるのです。
 ある日、大ペルシャ帝国の王アハシュエロスに見初められてしまったのです。
 多くの人がうらやむような「玉の輿」ですが、ワシュティは悲嘆にくれます。いいなずけアサを、深く愛していたからです。
 アサは、ペルシャ領内に広く散って暮らしていたユダヤ人の息子でした。古代ユダヤ王国は、かつては信仰に燃え、ダビデやソロモン王を戴く強い国でしたが、紀元前6世紀の前半には完全に国が崩壊してしまいます。国民は捕囚に連れ去られ、ばらばらになっていました。奴隷のような生活から抜けられないものが多い中で、アサの両親は、まずますの成功者でした。

 ワシュティが王宮に連れ去られたことは、アサとその家族にとっても大事件でした。しかし、大ペルシャ王国の王が相手では、どうしようもありません。


 ワシュティは、王宮で王妃になるためのさまざまな教育を受け、あらゆる贅沢で磨かれます。匂い立つように美しくなった14歳の日に、ワシュティはアハシュエロスに召されます。
 日の下にあるもので、手に入らないものはないペルシャ王にとっても、ワシュティは最大の自慢でした。
 ある時、各地の首長を集めた大宴会が催されます。酒に酔って上機嫌のアハシュエロス王は、自慢の王妃を客人たちに披露したくなり、ワシュティに男ばかりの宴会場に出てくるよう命じます。
 ワシュティは、王の召しを断るのです。アハシュエロスや王宮に、うんざりしていたワシュティの、せめてもの抵抗でした。
 客の前で恥をかかされた王は、烈火のごとく怒りました。その日のうちに、重臣が集められ、王の意向を受けて、ワシュティは廃位、追放と処分が決まりました。

 無理やり王宮に連れてこられたワシュティは、また、一方的に王宮から追い出されたのです。
 故郷に帰ってきたワシュティは、実家の奥深く、隠れ住んでいました。いいなずけだったアサが逢いにやってきました。なんと、アサはワシュティを忘れられずに、待ち続けていたのです。「私は汚された身だから!」としり込みするワシュティに、アサは「結婚しよう」とプロポーズをします。

 ワシュティとアサの結婚生活は、平凡ながら幸せな日々でした。二人の子どもにもめぐまれました。ところが、とつぜん恐ろしい事件が持ち上がります。

 「ペルシャ領内にいるユダヤ人は、すべて殺してもよい。その財産も奪ってよい」とペルシャ王の命令が出たのです。ユダヤ人を快く思わない家臣ハマンの悪だくみでした。
 アサはユダヤ人です。その法令が発効する日には、アサもその妻であるワシュティも殺されてしまいます。ユダヤ人たちは何とかしなければならないと、みんなで集まっていろいろ相談しますが、良い案がありません。
 
 都スサで王宮に勤務しているモルデカイという人は、ユダヤ人の間で人望がありました。そのうえ、モルデカイの養女エステルは、ワシュティが退位した後に、召されて王妃になっていました。
 モルデカイがエステル王妃を動かし、王妃が王に頼んで、法令を無効にしてくれないものかと、ユダヤ人たちは考えたのです。
 一度発布された法令を撤回してもらうのは、簡単ではありません。ペルシャのような大帝国では、王妃といえども王からお召がなければ面会をすることもできないのです。
 王国の厳格な制度を無視して、「直訴」をすることは命がけでした。

 それでも、全ユダヤ人を救うために、モルデカイはエステルに厳しく王への嘆願を迫ります。エステルは、死ぬ覚悟を決めて、王の前に出て行くのです。
 エステルの行動には、すべてのユダヤ人のいのちと運命がかかっていました。祈りと断食が、彼女のためにささげられました。
 神がアハシュエロスの心を動かしました。法令は無効になり、知らせの早馬がワシュティたちの町にもやってきました。

 抱き合って喜ぶワシュティとアサ、ふたりの子供たち、町の人たち。喜び叫びユダヤ人の声は、ペルシャ領内に満ち溢れました。
 ワシュティは思うのです。自分が退位したことは、やがてくるユダヤ人の危機に備えて、神がエステルを用いられるためだったのだ。自分にはエステルのような働きはできなかった・・・。

 廃位となった美しい王妃ワシュティ。その生い立ちやアサとの生涯は、作者のフィクションです。
 
 ですが、ユダヤ人絶滅の陰謀は、旧約聖書エステル記に記されています。イスラエルでは、いまもこの事績を、プリムの祭りとして祝っています。