だから哲学は油断ならんのや・・・
「我々は言葉を使って現実世界の模型を作っている」
はい嘘ー。いやこういう見方もあるかも分からんけど、しかしこれでは不完全だと私個人は考えます。
現実世界があって、それを認識した我々が究極の表層的基層の代替表現であるのだ。
ごく簡単に言うと、(カッコ内は現実の実態がどれくらい保持できるかの私が仮に決めた割合)
1.実物や実態、事実がある(100%)。
2.1を人が認識する(70%)
3.2を何らかの形(例えば言葉や絵や造形)で表現する社会体系を作る(50%)
と言うような形で、我々が言葉を作った時点で不完全なのだ。
ヴィトが言っているのは、「飽くまで我々が真理を手中にできる」体での前提で語っているが現実としてはそうではない。
「我々は言葉で作った模型を使って思考している」
「言葉で扱える範囲は我々のすべてであり、我々のすべてとは言葉の範囲内である」
いや知体系の地図の空白の部分を規定しなさいよ、と。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます