未来への便り アドバンス

学校職員を定年前に辞めました。そして株式会社を設立しました。AIを学びながらブログの記事をアップします。

嘆かわしいが、また巷では英語ブームだ

2015年02月24日 22時58分07秒 |      +学び
わたし(たち)はなぜ英語がヘタなのか? (1/2)
岩谷宏は「ぼくらに英語が分からない本当の理由」の中で、

「英語の名詞は物を指示する。日本語の名詞は、事(コト)の指示詞である」

と喝破した。だから英語では”I am a boy.”と言わなければならないのに、日本語では「ぼくは少年です」で立派に通用する。日本語では、ぼくは「少年であるという事態・事象」を表しているのであり、それ自体は数えてみる意味がないからだ。岩谷宏という人には賛同できない主張も多いが、これはとても優れた洞察だったと思う。


ちょっと難しいが、じっくり読むといいたいことがよくわかり、なるほどと思う英語の話です。

自分自身はこういうことを論ずるほどのレベルまではとてもいってませんが…。

知識としては

と思うところが知識偏重教育の問題か。

でも面白いのでもう少しだけ引用。詳細は元記事をしっかりと読んでください。

日本語に時制tenseがないからである。といえば、「柿を食った」と「柿を食う」と「柿を食うだろう」の違いがあるじゃないかと、反論されるだろう。しかし、わたしに言わせると、この違いは時制を表すのではなく、「その事態がどれほど確定してしまったか」の違いを表すだけなのである。「食った」は確定した事態を表す。「食う」は事態への意思の表明を、「食うだろう」は不確実な事態の推定を表すだけで、時間的要素は必ずしも付随していない。未来形が「だろう」(推測)でしか表現できない点に、注意して欲しい。ちなみに確定度合いがより深刻で、もうとりかえしのつかない事態を示すときには、「食ってしまった」と表現する。これも過去完了とは、何の関係もない。

頭の中ではこういう世界のモデリング構造をしていて、それを時制にマッピングしようとするから、混乱が生じるのだ。嘘だと思うなら、英語の未来完了形”will have done"をどう訳するか、考えてみてほしい。ついでにいうと、ある初等英語教科書には、"I am studying English everyday."という例文があったようだが、これなど無理にtenseをつけた日本人英語の典型だろう(ふつうの英語感覚なら"I study English everyday.”)

助動詞haveのかわりにbe動詞を使ってしまう、というのも会話の中ではよく耳にする間違いだ。ついうっかり、"We are changed to -“などとやってしまい、あ、これじゃ受動態になってしまう、”We have changed”と言い直したりする。もう少し耳障りなものだと、会話の中で主語に”is"をしょっちゅうつける人々がいる。考えながら話すのだが、まず”This machine is, ah,“と、宙に放り投げてから、”change the temperature.”と着地する。Isは余計なのだが、本人は意識していない。

なぜ、こういうしゃべり方が生まれるのか? わたしの想像だが、「~は」という主格を表す格助詞の代わりに、be動詞がでてきてしまうらしい。「この機械は、えー」とはじめる。その時、無意識に”is"が出てくる。「温度を変えるんです」で後半がまとまる。日本語は、指示対象を次々にスタックに置いておき、最後に操作詞で全体をまとめる「逆ポーランド型」の表現形式になっているから、最初に何かを言っておくのは、ごく自然なことである。英語がS+V+O構造なのは、皆ももちろん知っている。だが、”This machine..”のままで宙に放り投げておくことは、日本語話者にはなんだか不安定に思えるのだろう。



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