Negative Space

日本映画、文語文学、古代史劇映画、西部劇、フィルムノワール、hip-hopなど。

小さいおうち:コッタファーヴィの『ヘラクレスの復讐』

2014-02-01 | ヴィットリオ・コッタファーヴィ


 Viva! peplum! 古代史劇映画礼讃 No.27 

 『ヘラクレスの復讐』(ヴィットリオ・コッタファーヴィ、1960年)


 『アトランティス征服』とほぼ同時に撮られ、同作と対をなすわれらが巨匠コッタファーヴィのヘラクレスもの。あちらではレグ・パークが主役を演じていたが、本作ではマーク・フォレスト。いずれ劣らぬ怪力スター。

 アメリカでは『ダヴィデとゴリアテ』というタイトルで通っているが、オーソン・ウェルズがサウルを演じる同名の作品とは別もの。とにかくタイトルがまぎらわしいのはイタリア製古代史劇映画の宿命か。

 日本では劇場未公開だが、かつて「日本におけるイタリア年」に開催されたフィルムセンターのイタリア映画大回顧展のプログラムに入っていた。ロッセリーニの『イタリア万歳』なんていう映画が満員札止めになる盛況ぶりだったが、この作品の回は、上映会場にほとんど人影そのものがなかった。

 オープニング。カメラが右上方にパンし、丘の上に仁王立ちするヘラクレスを仰角で捉える。滝をなめるティルトショット。雪原を横切るヘラクレスのショット。赤や緑のスモークがたかれていてサイケ。岩肌を伝って地中に下りて行くヘラクレス。火を吹くハリボテのケルベロス(「ワン、ワン!」)に出くわす。腕を刀で切って血を浸したパンを投げ与える。番犬をやっつけると、地面が揺れてもんどりうつ。

 このあと、電子楽器の奏でる不協和な旋律とともにムササビふうの空飛ぶモンスターが襲ってくるが、首を絞めて殺す。もっとあとの場面では、得意の首絞め技がグリズリー相手にふたたび炸裂する!

 手に入れたご利益のあるらしいレッドダイアモンドを神殿の巨像に向かって捧げると、くだんの宝石が巨像の額まで飛んでいって(「ピ・ピ・ピ・ピ・ピ…」)、額の穴にすっぽり嵌る。すると、巫女のシビラがホログラフィーみたいな半透明状で姿を現し、お告げを下す。

 チープ感満載の映像の中で、ヘラクレスが家庭を顧みない仕事(難業)中毒のパパとして描かれる。バーベキューパーティーのシーンでは折檻のために息子を庭の木に縛りつけるスパルタ親父ぶりを見せたかとおもうと、寝室で奥さんにマッチョな肢体をマッサージしてもらうみたいなほのぼの感あふれる夫婦の情景も。ふてくされて家の柱に八つ当たり、怪力で壊してしまったかとおもうと、ラストではくだんのマイホームのリフォームに大活躍する力自慢!

 ギリシャ神話の悲劇の英雄がそなえていたユーモラスでコミカルな一面(馬糞掃除の難業)が、ローマ神話ではさらにクローズアップされる。コッタファーヴィはこうした側面(コッタファーヴィによれば「ガリア的」な側面)に光を当て、きわめて人間くさい半神像を作り上げている。

 ギリシャ神話では宿命のライバルみたいな間柄の悪役、向こう傷のエウリートにブロデリック・クロフォード。イタリア製古代史劇映画は落ち目のハリウッド俳優をリサイクルするのが得意。女奴隷のアルチノエ(面長美女ワンディサ・グイダ)にヘラクレスを毒殺させようと図るも、ミニスカの白チュニカに目が眩んだグリズリーに襲われたところをヘラクレスに助けられたアルチノエ、逆にヘラクレスに恋してしまう。

 ラスト、エウリートに捉えられたディアニーラ(ヘラクレス夫人)が毒蛇の巣の上に宙吊りにされるサディスティックな拷問シーン。アルチノエ、恩返しのチャンスとばかりにエウリートにタックルをくらわせ、エウリートもろとも毒蛇の餌食となる。めでたしめでたし。

 その他のみどころ。

 ディアニーラが間違って呼び出したケンタウロス、ディアニーラをさらっていこうとするも、ヘラクレスの放った矢に倒れる。緑まぶしい野を半径5メートルの円をなす鮮血に染めてそのまんなかで息絶えるケンタウロスをとらえたロングショット。

 あるいは、神殿を破壊しにいく場面で、キャメラを転倒させた極端な仰角ショットでヘラクレスの狂気を演出。


戦慄のプレゼント魔!!!:コッタファーヴィ版『メッサリーナ』

2013-12-15 | ヴィットリオ・コッタファーヴィ


 Viva! Peplum! 古代史劇映画礼讃 No.19

 Messalina(ヴィットリオ・コッタファーヴィ、1960)

 もうすぐクリスマス。史上もっとも悪名高い(?)プレゼント魔の話をしよう……

  1910年のアルベール・カペラーニ作品にはじまり、これまでに一ダースほどの映画に主題を提供してきた悪女伝のコッタファーヴィ版。

 一説によると、古代史劇映画で描かれてきたヒロインたちは、ほとんどつねに有名なカップルの片割れとして、男性の主人公とセットで描かれてきた。ダヴィデとベトサベしかり、サムソンとデライラしかり、シーザーとクレオパトラしかり、イエスと三人のマリアしかり、ネロとポッパエアしかり。女性が単独で主役を張っているのは、おそらくメッサリーナだけではないかと言うのだが……ちょいと苦しいか。

 宮殿に通じる石段に落ちている月桂冠のアップ。真白な石段に動かなくなった手の影が映り、やがて真っ赤な鮮血が滴り落ちてくる。カリギュラの暗殺を大胆にデザイン化したシュルレアリスムふうの耽美的なショットによって、物語は華々しく、まがまがしく、おどろおどろしく幕を開ける。ローマの道徳的退廃を説くナレーションがかぶさるのが野暮におもえるほど雄弁な映像だ。

 庭園の薄暗い並木道を歩く白いベールの巫女。寄っていくキャメラに向かって挑むように目を上げる。

 木陰から男が押し殺した声で名を呼ぶ。「ヴァレリア!」女は中年男に返事をする。「スプリッキオ!」「次の皇帝はクラウディウスに決まるだろう。おまえはかれの嫁になるのだ。ローマはかつてない美女を妃としてもつことになる。おれたちの天下がはじまるのだ」。シェイクスピア的と言うべきオープニング。

 宮殿にクラウディウスが入城する。華々しい饗宴の最中、スプリッキオがクラウディウスにヴァレリアを娶るよう説き伏せている様子を深い仰角で捉える。いかにも陰謀を企んでいますといった図。クラウディウスの側近ナルキッソスがこれにめざとく目を止め、近づいてくる。「ローマの運命を決めているところですかな?」

 ふたたび巫女の庭園。ルキウス・ジェタがヴァレリアに求婚するも体よくかわされる。そこへ今度は若い兵士ルキウス・マッシモが声をかけてくる。「ちょっとそこ行くねえちゃん。お名前なんてえの?」翌日会う約束をとりつけて別れる。

 松林。白いガウンをはだけてルキウスを誘惑するヴァレリア。「つぎに会える時まで指折り時間を数えることになるだろうよ」「草の上に坐りましょう」。

 アルメニアの砦にカットバック。ふたたび草地の二人にカットバック。ふたたび砦の出陣場面へ。

 宮殿の石段で婚礼が執り行われている。急な石段の斜面がスクリーンを鋭くよぎる、不安を催させるようなショット。

 室内のヴァレリア=メッサリーナとスプリッキオ。「ふふふ。とうとうおれたちの天下だな。おまえの表向きの夫はクラウディウスでも、夜の皇帝はおれさまだぜ」。満足気に杯をあおぐスプリッキオ。と、みるみる顔色が変わり、その場に倒れ込む。「ルキウス・ジェタを呼んで」と扉の外の護衛に言いつけるメッサリーナ。室内に戻るや、短剣でスプリッキオにとどめを指す。

 ジェタが到着すると、体を委ねる約束をして、死体を始末させる。
 
 メッサリーナの寝室。賊が忍び込み、眠っているメッサリーナに刃を向けるが、その美貌を目にして気後れする。目覚めたメッサリーナ、「殺すのがもったいないと思ってんでしょ?」と若い賊を誘惑する。賊を演じているのはジュリアーノ・ジェンマである。

 ジェンマが寝台で寝入っている。メッサリーナとジェタが慌ただしく寝室に入ってくる。その配下の者らに刺され、あわれプールに落ちて絶命するジェンマ。そこへ背後から音もなく入ってきたのは爬虫類顔のナルキッソスである。メッサリーナに囁く。「あまり調子にのらないほうが身のためですぜ」

 政敵のガイウス・シリウスらをメッサリーナが直々訪ねてくる。「プレゼントよ」とジェンマの生首を差し出す。

 「こうした“プレゼント攻勢”を武器に、数年の間にメッサリーナは着々と野心を遂げていくのであった」とのナレーションが入る。

 路上で巫女がルキウスに忠告している。「ヴァレリアのことは忘れなさい」。街中の民衆は、現某国の人民のように、残らずメッサリーナに感化されている。友人と入った酒場で客とのあいだにジョン・フォード的な殴り合いのシーン。

 アルメニアのキリスト教徒らの村が炎につつまれている。逃げ惑う村民たち。その中には美しい17歳の娘シルヴィアの姿もある。白いチュニカを纏った元老院議員のオール・チェルソスがメッサリーナのやり口を非難し、属州の民衆の惨状をルキウスとジェタに訴えている。

 ルキウスが帰宅すると、ヴァレリアが訪ねて来ていた。熱い接吻に、白いチュニカのヴァレリアによるストリップシーンがつづく。

 情事のあとのベッドで葡萄の房を手に、「4年は長かったわ……」とヴァレリア。

 ルキウスが宮殿に呼ばれる。皇妃が入浴中、その場で直立不動のまま待たされるルキウス。ベールを通して入浴中の皇妃のシルエットがいやでも目に入る。青いバスタオルを巻いてベールの向こうから姿を見せる女。「近う寄れ」。そこにいるのはなんと恋するヴァレリアであった。「おまえが!メッサリーナだと!?」ためらうルキウスを誘惑するメッサリーナ。

 薄暗い部屋の廊下を伝う人の影。「誰か?」とデスクで仕事中のチェルソス。影の主はシリウスである。「メッサリーナにはくれぐれも用心しろよ」

 アルメニアの村で口論するチェルソスとルキウス。

 牛乳浴中のメッサリーナ。風呂から上がるメッサリーナの体を白いバスタオルでくるむルキウス。

 シルヴィアがルキウス宅に押しかけてくる。「家が焼かれて寝るところがないから、遠慮なくお世話になるわ。意外といいところにいるじゃない」

 シリウスが寝台に担がれてチェルソス宅の門前に到着する。部屋の中に血を流したチェルソスの死体が転がっている。「自殺だ」と断定するシリウス。押しかけた野次馬のなかには庇護者を失って泣くシルヴィアの姿も。何ごとか深く決心した表情のルキウスは、その足でメッサリーナを訪ねる。詰問するルキウスに「あんたの親友のジェタがかれの“自殺”に立ち会っていたのよ」とメッサリーナ。

 ジェタがメッサリーナの寝室に呼ばれる。「私とあんたは秘密を分け合う仲。ルキウスをうまく丸め込んでおいて」。「手遅れになる前にやめたほうが身のためだぜ」と恐る恐る忠告するジェタ。

 自ら毒をあおったジェタがルキウスを訪ねてくる。「殺したのは俺だ」と告白してその場で息絶える。

 ルキウス、メッサリーナのもとへ怒鳴り込もうとするが、護衛に追い出される。別室でナルキッソスがメッサリーナ暗殺をルキウスに暗に持ちかける。メッサリーナにジェタの死体を差し出すナスキッソス。青ざめるメッサリーナ。

 庭園。夫のクラウディウスにナルキッソスをお払い箱にしろと進言するメッサリーナ。

 シリウスを訪ねていくメッサリーナ。白い巫女服の上に羽織った黒いベールをとりながら、クラウディウス暗殺をそそのかす。「今度の“プレゼント”はローマよ!」

 ルキウスはボランティアを集めて自前の軍隊を組織し、メッサリーナに対抗する準備を着々と進めている。ルキウスに翻意するよう訴えるメッサリーナ。「私はまだ皇帝の妃なのよ」「だったらおれを殺せばいい」

 ルキウス宅を出たメッサリーナをなじるシルヴィア。「ルキウスを本当に愛しているのは私よ」。「この娘をひっとらえな」。逮捕されそうになったところをルキウスが止め、馬に乗せて逃走する。すぐさま追っ手が放たれる。反乱軍の仲間のところへ到着するルキウスとシルヴィア。

 シリウスがメッサリーナへの書簡を侍女に託す。

 クラウディウスの側近の一人フォンテイウスがメッサリーナの部屋へ。このごつい中年男も愛人の一人らしい。

 フォンテイウスが部屋から出てきたところを見かけて柱の影に身を隠すナルキッソス。そこへメッサリーナの侍女が通りかかる。「後ろ手に何を隠しているんだ?」メッサリーナへの手紙を篝火に投げ込んで燃やす侍女。ナルキッソスに囚われて拷問にかけられる。焼きごてを腹に当てられた侍女は白状。すぐさまルキウスが呼ばれる。

 山地でクラウディウスがシリウスの軍に襲撃を受ける。滝壺、ついで丘陵地での合戦。沼の中でルキウスとフォンテイウスがとっくみあう。

 ナルキッソスは、フォンテイウスがクラウディウスを仕留めたと報告させる。宮廷では饗宴が催され、野心の達成を喜んでシリウスとメッサリーナが杯を交わしている。そこへ知らせが嘘であったことが告げられる。乱入した軍との間に激しいチャンバラがひとしきり続き、死体の山がうずたかく積み上げられる。シリウスは絶命、そしてついにクラウディウスが直々に姿を現す。あたりが静まり返り、床が見えなくなるほどの死体の山を踏み越えながらナルキッソスがメッサリーナの方へ歩み寄って行く。短剣を渡されたメッサリーナは自害を拒み、「殺すな」というルキウスの叫ぶ声も虚しく、ナルキッソスに腹を一突きにされる。「愛したのはあなただけよ」とルキウスへの言葉とともに息絶える悪女。「ローマが生きるためにメッサリーナは死なねばならない」とナルキッソス。「そんなローマなら滅んじまえ!」と捨て台詞を吐いて出て行くルキウス。

 強風が木立を揺らす海岸をキリスト教徒たちが列をなして進む。シルヴィアもその中にいる。やがてルキウスがそこに合流しにやってくる。紺碧の空が目に染みる。

 THE END


 これまでマリア・フェリックスやスーザン・ヘイワードといった女優によって演じられてきたメッサリーナ。本作でタイトルロールを演じるのはハマー・プロの作品などにも出演したイギリス人女優ベリンダ・リー。本作公開の翌年に亡くなっている。享年25。メッサリーナ本人にも増して短命だったことになる。

 メロドラマの撮り手からキャリアを出発させたコッタファーヴィは女性の描き方に妙味を発揮するが、本作のメッサリーナのキャラにはおよそ陰影というものがない。ルキウス役のジュゼッペ・リナルディも、相手役に見合って陰影の欠けたロック・ハドソンふう表層俳優。

 興味はむしろ彼女に翻弄され、醜く争い合う男たちの図だろう。そんな中でローマ人の矜持をわずかに伝える元老院議員のチェルソスの存在が作品に救いをもたらしている。

 ドゥッチオ・テッサリが助監督についている。


アクティウムの海戦は起こらない:『クレオパトラ』(1959)

2013-12-15 | ヴィットリオ・コッタファーヴィ
 
 Viva! Peplum! 古代史劇映画礼讃 No.18

 『クレオパトラ』(ヴィットリオ・コッタファーヴィ、1959)


 「ローマの歴史でなお私の心を打つのは、偉大さという感情だ。“小さな”人間たちは早々に消え去り、ほとんどいなくなった。<善>であろうと<悪>であろうと、巨人しかいないのだ」(ヴィットリオ・コッタファーヴィ)

 
 ジョゼフ・L・マンキウィッツの超大作に先駆けること数年、コッタファーヴィが手がけた異色のクレオパトラもので、コッタファーヴィ古代史劇映画の最高作とされることが多い。

 紀元前32年。ローマの連隊長クリーディオがアレキサンドリアに乗り込み、アクティウムの海戦を避けようと画策するも、歴史の運命を変えることはできなかった……。

 開巻、波打ち際で馬を駆るアラブ服の男たちが激しく剣を交えている。瀕死の男が駆け寄ったクリーディオに何ごとかを囁いて息を引き取る。アントニウスの名が聞き取れる。紺碧の空を背景に、白や黒の馬が波打ち際に立ち尽くしている。

 通りでアントニウスのパレードに行き会わせた後、酒場で派手な喧嘩に出くわし、陽気なグラディエーターのゴタルゼと意気投合するクリーディオ。グラディエーターの訓練場では弓の腕前を見せつけ、意地悪な訓練士のイモーティオをぎゃふんと言わせる。

 夜、こびとに導かれ、クレオパトラの宮殿に侵入。真っ青な盾を手にした護衛たちに捕えられ、クレオパトラの前に引き出される。クレオパトラは壁に象嵌されたマスクから目だけを覗かせている。

 奴隷市場でこびとが大柄な美女を買おうとしているが、店のおやじから背丈に見合った少年を代わりに薦められる。クリーディオとゴタルゼが話しながら歩いてくる。若い女が店のナイフをくすね、売り物の少年の縄を解いて逃がす。クリーディオが捕まえ、追って来た店の主人から2ターレスで買い取る。

 クリーディオが酒場で食事していると、先ほどの女マリアンネが入って来て、別室に連れ出す。入れ替わりにゴタルゼが店に入ってくる。ステージには赤いベールから目だけを覗かせたダンサーが登場し、ベールを脱ぎ捨てて扇情的なベリーダンスを披露する。別室のクリーディオと幾度かカットバック。部屋から出ようとするクリーディオがステージのダンサーの姿を認め、コインを投げると、ダンサーはそれに応えて誘惑的な眼差しを投げてよこす。マリアンネが嫉妬の眼差しでこの様子を見守っている。

 酒場の客たちが派手な喧嘩を始めたのを口実にダンサーは庭に逃れる。クリーディオがこれを追いかけ、夜の木陰で熱っぽい会話を交わし、接吻する。酒場の中では、喧嘩した客たちは何ごともなかったかのように陽気に騒いでいる。酔った客にちょっかいを出されたマリアンネをゴタルゼが救い、酔漢を窓から放り投げ、外にいたクリーディオも酔漢に一発見舞う。ゴタルゼがクリーディオに兜を放り渡し、クリーディオは部下とアントニウスの宮殿へ向かう。

 夜間の山上。焚き火の側でオクタヴィヌスが側近と話し込んでいる。宮殿のクリーディオとアントニウスにカットバック。

 アントニウスが浴室(??)のクレオパトラを訪ねる。ピンクのベールの前に緑と赤の布を纏った黒いマネキンのようなものが立っている。そばに青い布をかざした女奴隷が控えている。デ・キリコのある種のタブローみたいなシュールな空間。クレオパトラの姿は相変わらず見えず、エコーを効かせた声だけが響いている。

 青い海をバックにクリーディオとベリーダンサーが情熱的に言葉を交わすシーン。

 宮殿の外でクリーディオとアントニウスが話している。宮殿内では、背中を向けた玉座のクレオパトラに側官がなにやら進言しているところ。キャメラが正面に回ると、なんとあのベリーダンサーではないか。側官の言葉に耳を傾けるクレオをアップでとらえつづけるキャメラ。ついで宮殿の外の二人へ、そしてふたたび宮殿内にカットバック。壁に開けられた穴から二人の会話がクレオパトラらに盗聴されていた。

 夜の通りを賊が影のように走って横切る。クリーディオと少年が歩いてくる。人の気配を悟るクリーディオ。闇の中で取っ組み合いが始まる。助けを呼ぶ声にゴタルゼが駆けつけ加担、賊を撃退する。

 酒場で手当を受ける二人。クリーディオを甲斐甲斐しく介抱するマリアンネがクリーディオに思いを打ち明ける。クリーディオに抱きつくマリアンネ。

 ひょろ長いシュロが一本立つ荒れ地。イモーティオとその配下の者らの襲撃を受けたクリーディオ、ゴタルゼ、少年。洞窟に立てこもって応戦。

 夜、女奴隷と外出するクレオ。赤いステージ衣裳を黒いベールで隠し、マリアンネを訪ねていく。

 宮殿で舞踏を鑑賞するクレオ。測官がかしずく。こびととローマ兵が入ってきて、何やら耳打ちする。
 
 洞窟にカットバック。クリーディオらが寝入っていると、再び襲撃が始まる。洞窟の中でのイモーティオとの一騎打ち。少年が矢に当たって絶命。クリーディオは相手の眼に傷を負わせるも、捉えられる。縛りつけられ、イモーティオに矢で射られそうになるも、ローマ兵が救出に来る。

 クレオがクリーディオを訪ねてくる。クリーディオは帰るクレオを尾行し、正体を突き止める。捕えられるクリーディオ。

 海岸を引き連れられて行くクリーディオ。こびとがマリアンネとタゴルゼにこれを報告。舟で連行されるクリーディオ。タゴルゼは岩場に待機する仲間たちに指示して舟を追わせる。潜行する泳ぎ手たち。水中での戦い。救出されるクリーディオ。一方、マリアンネとこびとは連れ去られ、拷問にかけられる。石の寝台に縛り付けられたマリアンネに石の蓋がなんども覆いかぶさる。「クリーディオの居場所を吐け」とイモーティオ。

 クリーディオはオクタヴィアヌスの陣営に連れて行かれる。オクタヴィアヌスになにごとか説きつけるクリーディオ。

 丘の頂きに騎乗したアントニウスをとらえたダイナミックな仰角のショット。出陣のとき。両陣営から騎馬隊が出撃する。クリーディオはなおもオクタヴィアヌスの説得をつづける。両陣営をなんどもカットバックするキャメラ。「歴史はすでに書かれているのだ」と、オクタヴィアヌスは説得に応じない。剣を投げ捨てるクリーディオ。

 アントニウスがクレオパトラを訪ね、永久の別れを言い渡す。人生を嘆くクレオ。宮殿を出て、八頭立て馬車でいずれへか出向く。テラスから恋する女の後ろ姿をこれを最後と見守ったアントニウスは、側近のドミツィアーノに向かっておもむろに自害の意志を告げる。翻意するよう説くドミツィアーノ。「静かにしたまえ」とアントニウス。鳥の囀りが聞こえている。

 戦火さめやらぬ荒野のただなかを、猛スピードで八頭の白馬を駆る赤い服の女を捉えたロングショット。シュールにして悲愴美ただよう図。

 オクタヴィアヌスの司令部に単身乗り込むクレオ。顔が半分影に隠れている。しばしオクタヴィアヌスとの切り返しによる会話がつづく。背後の帳を開けてクリーディオが入ってくると、室内に光が満ち、クレオの顔の影が消える。

 馬車で宮殿に戻り、アントニウスの亡骸と対面、涙を流すクレオ。
 
 イモーティアが民衆を宮殿に連行し、つぎつぎに処刑している。マリアンネを脅し、熱した剣で刺し貫こうとしたところで、間一髪駆けつけたクリーディオの矢に倒れる。つづいてオクタヴィアヌスの軍が入城、玉座で眠るように息絶えているクレオパトラを発見する。

 砂漠を行くクリーディオ。タゴルゼらと別れて一人別の道を行こうとすると、白いベールのマリアンネが追ってくる。二頭の馬が並んで道を続ける。タゴルゼらは別の方角へ去って行く。

 FINE
 

 昼と夜、二つの顔をもつクレオパトラにブエノスアイレス出身のリンダ・クリスタル。『アラモ』でジョン・ウェイン、『馬上の二人』でリチャード・ウィドマークと共演している。

 虚構の人物クリーディオにエットーレ・マンニ。アントニウスにジョルジュ・マルシャル。『剣闘士の反逆』でも共演していた二人。こびとのサルヴァトーレ・フルナーリもコッタファーヴィ古代史劇映画の常連。いつもながらのきびきびしたコメディーリリーフぶりが爽快。

 音楽にレンツォ・ロッセリーニ。リッカルド・フレダの『スパルタカス』などの音楽も手がけ、その作風は「レスピーギ的」との評もあるが、兄の『ドイツ零年』のスコアをたしかジャン=リュック・ゴダールが「殺人的」とコメントしていた。

 サスペンスフルなカットバックが効果的に使われている。セルジオ・レオーネとの類縁性を感じる。

 カラリストとしての面目も躍如。プッサンやジャック・ステラのタブローになぞらえる批評家がいるのも宜なるかな。

 「『クレオパトラ』のマルクス・アントニウスやクレオパトラやオクタヴィアヌスは、背景に配されていて、物語の主役ではない。これは、ラストのマルクス・アントニウスとオクタヴィアヌスの戦いをやめさせようとする若い連隊長のお話だ。かれはできるかぎりのことをする。複数の陣営を取り持ち、マルクス・アントニウスに正体を知られないように(かれの任務は厳重秘密だから)会いに行こうとする。これはいってみれば“諜報機関”の作戦なのだが、成功には至らない。というのも、最後に戦争が起きてしまうからだ。つまり、これは別の側から見た歴史、ラストのローマ人同士の殺し合いが起こらないよう努力した者たちの視点から見た歴史なのだ」(ヴィットリオ・コッタファーヴィ)

黄色いチュニカ:ヴィットリオ・コッタファーヴィ『剣闘士の反逆』

2013-12-14 | ヴィットリオ・コッタファーヴィ

 Viva! Peplum! 古代史劇映画礼讃 No.17

 『剣闘士の反逆』(ヴィットリオ・コッタファーヴィ、1958)

 コッタファーヴィによる一連の古代史劇映画の皮切りをなす作品。

 脚本にジャンフランコ・パロリーニが参加。この人にはフランク・クレイマー名義の『西部悪人伝』『大西部無頼列伝』『西部決闘史』三部作のほか、『サムソン対ヘラクレス』『ヘラクレスの怒り』などマッチョ俳優ブラッド・ハリスと組んだ古代史劇映画がある。

 ローマの行政官マルコがアルメニアに赴き、ローマ人の捕虜を解放、ついでに現地の反体制派と組んで腹黒い女王アミラを亡きものにする。

 アミラ役にエキゾチックな美貌のジャンナ・マリア・カナーレ。チネチッタのディーヴァの一人で、コッタファーヴィの好敵手だった偉大なリッカルド・フレダのミューズ。

 マルコ役はコッタファーヴィ古代史劇映画の常連(『クレオパトラ』『アトランティス征服』)、エットーレ・マンニ。この人の遺作は『女の都』だという。

 反逆者のグラディエーター、アスクレピオ役にジョルジュ・マルシャル。レルビエ、フレダ、ブリニョーネ,レオーネらの古代史劇映画でキャリアを残したフランス人マッチョ俳優。

 見せ場をいくつかピックアップすると、

 競技場でのアスクレピオとライオンとの死闘。観客席で舌なめずりするアミラのアップがインサートされる。余興の間に捕囚が脱獄する様子をサスペンスフルなカットバックで見せる。最後は競技場が大混乱に。

 下士官のルカーノがこびとと組んで囚われのマルコを救出するタイトなアクションシーンは、ハワード・ホークス的と呼びたい傑作場面。ユーモラスにして悲愴。ミッションには成功するが、こびともルカーノも命を落とす。手負いの下士官が自力で歩いて帰り、恋人の腕の中で息を引き取るまでをほぼ台詞なしで一気に見せる。

 ラストもリズミカルなカットバックでたたみかける。マルコの恋人の女奴隷ザラが囚われの身となり、マルコが探しに出る。アミラの軍が反体制派の村を襲撃する。マルコは山地を彷徨い歩いたあげく力つきて倒れる。キャメラがパンすると、いましも到着したローマからの援軍が山頂に姿を現す。ザラは火刑台に縛り付けられて火を放たれる。村ではアスクレピオが必死に応戦している。救出に向かうべく馬を駆るローマ軍。その先頭にはマルコの姿が。アミナの夫(?)は、財宝に目が眩んだ兵士たちに殺される。宮殿に逃げ込んだアミナは、飼っている虎に食われて絶命する。アスクレピオが敵の矢に倒れる。……アスクレピオの葬儀で、マルコは彼の胸に短剣を手向ける。


 スコープ画面をコントロールする空間的センスと色彩の喚起力。

 進軍するローマ軍を捉えた悲壮で耽美的なショットは、ジョン・フォードの西部劇における騎兵隊の撮り方を否応なく想起させる。

 アミラに鞭打たれ、火責めにされるザラ、虎に食われるアミラ……と古代史劇映画ならではのサディズムもたっぷり味わえる。

 「古代史劇という枠組みは口実にすぎない。筆遣いの荘厳さの前に、物語のひとつひとつの出来事は消え失せる。コッタファーヴィが描こうと心を砕くのは、あの顔この顔のたたえる美。虐げられた美であり、それは責苦の中でいやましに荘厳に輝く。そしてプリンスの世界へのノスタルジー。そこではプリンスの遊びしか許されてはいない。仮面、毒、鞭、宮殿、強烈な染料、短剣……」(ミシェル・ムルレ)。

 コッタファーヴィが高貴な血筋を引いていることはすでに述べた。


メルトダウン・イン・鬼が島 !!:『アトランティス征服』

2013-12-08 | ヴィットリオ・コッタファーヴィ

 Viva! Peplum!  古代史劇映画礼讃 No.16

 ヴィットーリオ・コッタファーヴィ『アトランティス征服』(Ercole alla conquista di Atlantide,1961)


 ついにコッタファーヴィを語る時が来た。

 ヴィットーリオ・コッタファーヴィは1914年、モデナの貴族の家系に生まれ、法律、哲学、文学を修めたのち、イタリア国立映画実験センターに学ぶ。1935年に入学しているというから第一期生にあたるのだろうか。

 43年にウーゴ・ベッティの喜劇を脚色した I nostri sogni (『われわれの夢』)でデビュー。ヴィットリオ・デ・シーカ、パオロ・ストッパらが出演している。低予算のメロドラマを手がけつつ、レジスタンス活動に取材したパーソナルな企画 La framma que non si spegne (1949)を発表するが評価を得られず、1960年前後につぎのような古代史劇の撮り手として名をなす。

 『剣闘士の反逆』La Revolta dei Gladiatori (1958)
 『クレオパトラ』Le Legioni di Cleopatra (1959)
  Messalina vendre imperatrice (1960)
 『ヘラクレスの復讐』La vendetta di Eracole (1960)
 『アトランティス征服』Ercole alla conquista di Atlantide (1961)

 このあと1964年に中世スペインを舞台とする I Cento Cavalieri を監督するがヒットに至らず、活動の場をテレビに移す。テレビでも『アンチゴネ』『トロイヤの女たち』『アントニーとクレオパトラ』といった古代史劇に手を染めている。1980年代にいっときスクリーンに返り咲くが、1998年に死去。

 そのほかの注目すべき作品に、 Una donna libera (アントニオーニ風メロドラマ?)、Traviata 53 (『椿姫』)など。

 低俗と目されているジャンルの道具立てを借りつつ、天性の造形的センス、色彩感覚、辛辣なアイロニーとユーモアによっていわばブレヒト的な異化を施し、自分の色に染め上げてしまうのがこの監督の真骨頂。

 さて、今回は一連の偉大な古代史劇映画の掉尾を飾る『アトランティス征服』である。

 脚本にドゥッチオ・テッサリ(『荒野の用心棒』『続・荒野の一ドル銀貨』)が参加。

 息子(+こびと)同伴で鬼退治に送り込まれた中年のなまけものの半神に元ミスター・ユニヴァースのレグ・パーク。ごぞんじシュワのアイドルだった人。

 「12歳の子供向け」と監督自ら語るように、グロテスクに隆起した筋肉と時代がかった安上がりの特撮を売りにした思いっきりチープな外見。お約束の薄衣まとったきれいどころももちろん出てきます。

 冒頭、ダイナーでの派手な喧嘩シーンにあふれるユーモア。そのキャメラワークとリズミカルな編集に、はやくも御大の造型感覚躍如。

 物語の緊密な進行の合間あいまにユーモラスであったりロマンティックであったりする親密なエピソードをインサートしていくのがコッタファーヴィ印ということらしい。

 赴いた先の異界では改造人間(?)を生み出そうとなにやらサイエントロジーふうの(?)実験中。

 真っ赤な光(ウラノスの血=ウラン)に浸された荒野でヘラクレス一行に神託を告げる姿なき預言者。岩に半身を埋め込まれた囚われの美女。地下室を駆け抜ける白馬の八頭立て馬車のかもしだすシュルレアリスム的抒情。能面をつけた親衛隊。皆殺しにされる捕囚たちの憤怒。

 ラストはお定まりの神殿大崩壊。きれいどころフェイ・スペインが、『サムソンとデリラ』のヘディ・ラマール、『ピラミッド』のジョーン・コリンズがかつてたどったのと同じ(似た)運命の下、あわれ生き埋めに。このフェイ・スペインという女優、『ゴッドファーザーPART II』なんかにも出ているという。

 大爆発で島自体もついでに沈没。原爆の記憶いまだなまなましく、キューバ危機もすぐそこという時期の作品だけあって、核問題への暗示があからさま。

 ラストは帰還する船上で抱き合う男二人を傍目に熱い接吻を交わすヤング・カップルの図。夕陽に染まる地中海の大ロングショットにエンドマークがかぶさる。

 
 コッタファーヴィ語録。

 「私が撮った作品は、権力に対抗するものであり、野蛮の侵入に対抗するものであり、民衆の尊厳に味方している」

 「私のローマ時代ものの作品の主人公は、どちらかというと素朴な人間だ。中産階層か一般民衆であって、皇帝とか司令官とか将軍とかの偉い指導者ではない。権力を手にし、おそらくその権力をとても拙く行使している者たちに批判的な目線から撮られているのだ」
 
 「私は民衆とかまったくの脇役の登場人物を使って、歴史上の出来事やローマ人の習慣に対してユーモアのある見方を提示できるようにしている」

 「あなたが古代史劇を撮ったのは、あの時期それしか注文が来なかったからだと言われています。古代史劇を撮ることは楽しくはなかったのですか? ――私は何でもかんでも引き受けたわけではない。プロデューサーの要請に沿うものを撮る覚悟はあったが、それはある程度、世界とかローマ文明とか民衆とか伝統とか登場人物たちのドラマとか自由を求めての闘争についての私自身の考えに沿うものである必要もあった。つまり、古来の伝統を尊重していなければだめなのだ」


 本国イタリアでは低予算映画の職人という認識しかされていなかったコッタファーヴィの作家性を称揚したのはミシェル・ムルレ、ジャック・ルールセル、リュック・ムレといった50年代パリの映画館マクマオンあたりを根城とする保守本流のシネフィルたちだった。

 わが国で映画作家コッタファーヴィが認知される日は来るのだろうか?……来ないでしょうね。