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追憶のモダン・ガール:『不壊の白珠』

2013-06-06 | 清水宏
 フィルムセンターにて清水宏特集はじまる。

 及川道子のデビュー作『不壊の白珠』(1929、松竹蒲田)。

 冒頭、八雲恵美子のせつなげな表情のアップ。背景は闇。腕を組んで歩み去っていく男女の後ろ姿に切り返し。靄がかかっている感じ。……(男女の名前を呼んで)行かないで! 追いすがろうとする八雲。ディゾルヴ。靄が渦を巻くようにしてうなされる八雲の寝顔を縁取る。表現主義的な夢のシーン。で、これはすぐ正夢とわかる。

 階段を忍び足に上がってくる及川の足。床の中で前方を睨む八雲のアップ。着替えをする及川が脱いだものを椅子の背にかけるその手だけのアップ。

 寝室に入って来た及川が隣の布団に入る。その日、高田稔とデートしてきたという。高田稔は八雲と結婚を誓った仲だった。表情が曇る八雲。

 最初のうち、八雲はばかに暗くて隈取りふうの化粧のトラジェディエンヌ。結婚式で卒倒してうなされる狂乱の場(卒倒する直前、画面がモヤモヤとしばらく霞みっぱなしになるキッチュな視点ショット)。高田に介抱されると、いや、いや、およしになって!いや~ん、と妄言。一同ドン引き。対してあっけらかんと陽気な及川はよく笑い、目も眉も細く見える。地味で柔和な感じ。悪女?の八雲の引き立て役の清純派に徹するのかと思っていると、これが後半、逆転する。八雲が地味でいい人になるのと対照的に及川はとたんに太い眉と目ぢからにもの言わせ、ドスのきいたズベ公ぶりを発揮。

 話は相前後するが、高田稔は及川と結婚するも八雲に未練たっぷりで煮え切らない高田がまだるっこしい(見ている方もまだるっこしい)。で、結局浮気される。

 高田は八雲に手紙を出し、カフェーで密会。半地下みたいになっていて、かれらの背後に道行く人(の足)が曇りガラス越しにシルエットで行き来するデザイン性豊かなセット。トリュフォーもかくや? テーブルの下で二人ともそわそわと手をもんでいる。テーブルの下方から鋭角的な仰角で人物の顔をとらえるショット。席を立ち、出口まで歩いていく八雲をダイナミックな移動で捉える。そのままキャメラはもと来た方向に戻り、帽子をかぶって席を立ち上がる高田のショットでフェイドアウト。

 三人で連れ立って街に繰り出す場面の長い横移動。通行人のあいだを踊るように縫って進む長身モガ・スタイルの及川。ほれぼれする「振り付け」。帰りのタクシーの後部座席。及川が高田と八雲にはさまれている。
 ――私もあなた(及川)のまねをしようかな。
 ――結婚?
 顔を曇らせる高田。
 ――嘘よ。
 ――お姐さんは嘘を言う人ぢゃないわ。
 八雲はやもめの専務に求婚されている。専務の子供らに「タイピスト」の八雲が「新しい女中かとおもった」などとコケにされる場面がある。タイピスト、イコール不良娘みたいな通念があったのか。

 及川は昔の男と浮気、高田の下を去る。八雲は及川を高田の下に戻らせようとダンスホールを訪ねていく。

 ホール内には紐の簾がヴェール状に下がっている(スタンバーグの映画みたい)。そこをやはりダンスする男女を縫うようにこんどは八雲がよろめきつつ進む。

 結局、高田と及川のよりは戻りそうにない。思い合っていながら結ばれることのない八雲と高田がつかの間並んで歩く、作品中もっとも悲しく、もっとも幸福なシークェンス。でっかい雲を背景に土手に腰を下ろす二人を仰角で捉えたロングショットが目に染みる。

 失意のうちに外国へ発つ高田。八雲は見送りに港に行く。
――帰国するときはきっと妹が迎えに来るわよ。
――きみもそのころには専務夫人だね。
――だといいけど。

 ラスト、風に舞う船出のテープが八雲の悲しみを伝える(このへん『港の日本娘』でも反復される)。幕切れのショット。シルエットで捉えた後ろ姿の八雲がもたれる欄干に一本巻き付いたテープが激しく舞い上がっている。
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