Negative Space

日本映画、文語文学、古代史劇映画、西部劇、フィルムノワール、hip-hopなど。

エリア・カザンもまた西部劇を撮る:『大草原』

2016-12-31 | その他




 〜西部瓦版 No.55〜


 『大草原』(The Sea of Grass, 1947年、MGM)

 1880年。セントルイスの女性ルーティ(キャサリン・ヘプバーン)が婚約者のジム(スペンサー・トレイシー)のいるニューメキシコにやってくる。住民の反応からジムがたいそうな嫌われ者であることがすぐにわかる。地元の法律家チェンバレン(メルヴィン・ダグラス)の警告にもかかわらず、ルーティはジムと結婚する。ジムは所有する広大な草原が農地に適さないとの理由で入植者を締め出している。ルーティは入植者の妻と親しくなるが、ジムがこの一家に冷酷な仕打ちをしたことを許せず、夫と娘を捨ててデンヴァーへと去る。デンヴァーでルーティはチェンバレンと再会する。家に戻ったルーティはチェンバレンとの子を出産する。ジムは連邦判事となったチェンバレンと対決姿勢をつよめる。ルーティはふたたび家を出る。国の圧力に屈してジムは入植者を受け入れるが、ジムの予想どおり耕地はやがて枯れる。ジムの息子(ロバート・ウォーカー)はポーカーの相手にチェンバレンの子であることをからかわれて銃を抜く。相手は死に、逃走し追いつめられたかれは傷を負って息絶える。ルーティはふたたびジムと娘(フィリス・テクスター)のいる我が家にもどる。

 スペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘプバーンの9本におよぶ共演作の四作目。このカップルの本領はなんといってもコメディー。本作のようなベタなメロドラマには誰もがいやな予感を抱くだろう。

 大地主が新妻を大草原に案内する。眼下にひろがる景観を眺める二人。「何の音もしないわ」と妻。風に揺れる雄大な“草の海”をなめるロングのパノラミックショットへと切り返され、夫の言葉がそこにかぶさる。「よく耳を澄ましてごらん。バッファローの足音が、先住民の雄叫びが聞こえるはずだ。いまやバッファローは絶滅し、インディアン戦争は終結した。だがこの土地にはその記憶が血のように染みついているのだ」云々。なかなか感動的な西部への挽歌である。

 カザンはフラハティのように舞台となる土地に無名の俳優たちと一年間も住み込んで放牧や耕作をしながらドキュメンタリー的な映画を撮りたかったと語っている。その野心やよし。とはいえじっさいには書き割りのセットとスクリーンプロセスをつかってほとんどの場面がスタジオで撮影されている。ムーディーなキャメラはハリー・ストラドリング。

 俳優の台詞まわしは全体的に抑えた調子で貫かれている。父親のように夫婦を見守る医師役のハリー・ケリー、ヒロインの共犯者な使用人役でコメディーリリーフをも買って出るエドガー・ブキャナンという西部劇の名優が傍を締める。

 土地への存在論的な執着というモチーフ(「草原を眺めるのとおなじ眼でわたしをみつめてほしい」と妻)は『荒れ狂う河』、出生へのコンプレックスから自殺的に生をすり減らす息子というキャラクターは『エデンの東』につながっていくだろう。