Negative Space

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EXILEたちのハリウッド!:オフュルスの『風雲児』

2014-07-13 | マックス・オフュルス



『風雲児』(1947年、マックス・オフュルス)

 ハワード・ヒューズ製作の『ヴェンデッタ』の監督を降板させられた後に(後任のプレストン・スタージェスもけっきょく降板)、ダグラス・フェアバンクスJr.の独立プロに雇われて撮ったオフュルスのハリウッド第一作。

 ピューリタン革命当時、クロムウェル一派に国を追われ、オランダの農村でつかのまの平和な生活を享受しているチャールズ2世のもとに追っ手が迫る。
 国王本人を騙る道化役者、農場の娘とのロマンス、かつての愛人の訪問、粉挽き小屋の螺旋階段を舞台にしたラストの息詰るチャンバラ、恋を振り切っての戴冠。

 マリア・モンテス(元愛人)のエピソードは本筋には関係ない脱線にすぎず、ストーリーはきわめてシンプル。共同脚本のトマス・エルトンとは、ほかならぬフェアバンクスJr.のこと。親父が自分の映画のために使っていたペンネームをそのまま借用。

 人生はたえざる移動(運動)。原題の『亡命者』とはまさにオフュルス本人の境遇。不在の父(冒頭とラストでレリーフとして登場するのみ)というテーマには、フェアバンクス自身の父親コンプレックスが反映されていよう。市場の場面は『バグダットの盗賊』、階段でのチャンバラは『ロビン・フッド』を想起させる。ハリウッド映画史上まれにみる規模の巨大なセットは父親の映画のためにウィリアム・キャメロン・メンジーズが設計したそれを思わせる。チャールズ2世のキャラにはフェアバンクス一族のイギリスびいきが透けて見える。

 三段の階をもつ粉引き小屋、にぎやかな市場、小舟を浮かべた川、見渡す限りのチューリップ畑、鏡の反映で埋め尽くされたホテルの部屋(モンテスとの逢瀬)。オールセットの本作でデザインを手がけたハワード・ベイは、ブロードウェイ出身。ハリウッドで二本の作品を手がけた後ブロードウェイに戻っている。 
 
 そのセットのなかを全篇、ダイナミックなクレーン撮影と流麗なトラヴェリングがいろどる。キャメラは気心のしれたフランツ・プラナー。巻頭いきなり、三つの階をまたぐおどろくべき垂直移動が度肝を抜く。モンテスに対する嫉妬が晴れた直後、室内と室外を行き来しながら追いかけっこする恋人たちを追う複雑きわまりないキャメラワークは腰を抜かすほどの超絶技巧。螺旋階段を上り下りしながらのチャンバラ、恋人たちの別れをいろどるドラマティックなキアロスクーロ。

 恋人役にポーレ・クロゼット(リタ・コーディ)。宿敵イングラムを演じるヘンリー・ダニエルはナチス役を得意としたが(『チャップリンの独裁者』のゲーリング)、本作のコンセプトに政治的な意図はほとんど感じられない。ほかにナイジェル・ブルース。







『ザ・ワイアー』は本当に傑作か?

2014-07-06 | ドラマ
 The Wire シーズン1/1~3話

 本国(およびヨーロッパ)での評価の高さばかりが話題になったものの、わが国ではついにドラマの内容そのものが語られないままに終わった観のあるHBO作品。

 おしゃれで高尚なだけで、けっきょくつまらないので敬遠されたということなのか?

 この甚大なる問題意識を検証すべく、シーズン1から見直してみることにした。まずはさいしょの3挿話。

 イエローのネオンサインに照らし出されたアスファルトを伝う鮮血をなめるパン。画面奥でマクノルティと目撃者らしき男が石段に腰掛けて話している。「ここはアメリカだ……」

 ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマなるバンドによるハープをフィーチャーしたテーマ曲。各挿話ごとに台詞の一節が格言みたいに掲げられる。いわく、’’When it’s not your turn…’’(お前の出る幕じゃない)、’’You cannot lose if you do not play’’(出ない試合は負けない)[スーパー!ドラマTVホームページ]

 キャストの顔ぶれがアフリカ系中心なのはよい。ボルチモアのスラム街でのロケもそれなりの雰囲気。陽当たりだけはいい団地の真ん中のぽかんとした空き地にソファーが置いてあるなんていうディティールはいい。そこで年若いディーラーたちがナゲットなんぞをつまみつつ、やばい取引の話をしていたりする。

 ストリップバー(客は黒人だけ)とかボクシングジムとかの舞台装置のさりげない使い方。

 だが、警察署内に一歩足を踏み入れるや、そこで展開している人間ドラマはあまりにもオーソドックス。ワイルドなはみ出しデカにスクエアな上司。問題児が集まる吹きだまりみたいな部署……。

  はみ出しデカ、マクノルティはタフだがバツイチで少々センチ。起き抜けにパンツ一丁で廊下に新聞をとりに行くと(女性とゲイの視聴者へのサービスショット)、階段で通学途中の小学生らとすれ違う。「ハイ、ガールズ」かなんか気のないあいさつするも、無視される。3話で検事みたいな女(乳首出している)とかったるいベッドシーンをはじめたりして少々先が思いやられた。この主人公に感情移入できる日がくるのだろうか。

 ディーラーもディーラーで古色ゆかしい行動パターン。ひまをもてあました若造が空き地でチェスをしながらありふれた比喩をつかって権力論ぶっていたりするざま(’’ The king stays the king…’’)。
 死体置き場や刑事たちが会議室がわりにする工事中の物置は、まあそれなりにいい味を出してはいる。

 しかし、なんとももったいぶったスロースタートぶりである。盗聴のモチーフはまだ本格的に出てこない。ドラマが走り出すのはいつなのだろうか。あるいははたして走り出す日がくるのだろうか。しばらくつづけてウォッチしてみることにする。