『風雲児』(1947年、マックス・オフュルス)
ハワード・ヒューズ製作の『ヴェンデッタ』の監督を降板させられた後に(後任のプレストン・スタージェスもけっきょく降板)、ダグラス・フェアバンクスJr.の独立プロに雇われて撮ったオフュルスのハリウッド第一作。
ピューリタン革命当時、クロムウェル一派に国を追われ、オランダの農村でつかのまの平和な生活を享受しているチャールズ2世のもとに追っ手が迫る。
国王本人を騙る道化役者、農場の娘とのロマンス、かつての愛人の訪問、粉挽き小屋の螺旋階段を舞台にしたラストの息詰るチャンバラ、恋を振り切っての戴冠。
マリア・モンテス(元愛人)のエピソードは本筋には関係ない脱線にすぎず、ストーリーはきわめてシンプル。共同脚本のトマス・エルトンとは、ほかならぬフェアバンクスJr.のこと。親父が自分の映画のために使っていたペンネームをそのまま借用。
人生はたえざる移動(運動)。原題の『亡命者』とはまさにオフュルス本人の境遇。不在の父(冒頭とラストでレリーフとして登場するのみ)というテーマには、フェアバンクス自身の父親コンプレックスが反映されていよう。市場の場面は『バグダットの盗賊』、階段でのチャンバラは『ロビン・フッド』を想起させる。ハリウッド映画史上まれにみる規模の巨大なセットは父親の映画のためにウィリアム・キャメロン・メンジーズが設計したそれを思わせる。チャールズ2世のキャラにはフェアバンクス一族のイギリスびいきが透けて見える。
三段の階をもつ粉引き小屋、にぎやかな市場、小舟を浮かべた川、見渡す限りのチューリップ畑、鏡の反映で埋め尽くされたホテルの部屋(モンテスとの逢瀬)。オールセットの本作でデザインを手がけたハワード・ベイは、ブロードウェイ出身。ハリウッドで二本の作品を手がけた後ブロードウェイに戻っている。
そのセットのなかを全篇、ダイナミックなクレーン撮影と流麗なトラヴェリングがいろどる。キャメラは気心のしれたフランツ・プラナー。巻頭いきなり、三つの階をまたぐおどろくべき垂直移動が度肝を抜く。モンテスに対する嫉妬が晴れた直後、室内と室外を行き来しながら追いかけっこする恋人たちを追う複雑きわまりないキャメラワークは腰を抜かすほどの超絶技巧。螺旋階段を上り下りしながらのチャンバラ、恋人たちの別れをいろどるドラマティックなキアロスクーロ。
恋人役にポーレ・クロゼット(リタ・コーディ)。宿敵イングラムを演じるヘンリー・ダニエルはナチス役を得意としたが(『チャップリンの独裁者』のゲーリング)、本作のコンセプトに政治的な意図はほとんど感じられない。ほかにナイジェル・ブルース。