瀬川昌治『喜劇・誘惑旅行』(1972年)
これはまぎれもない傑作である。冒頭のクイズ番組の場面からしてすでに、そのスピーディーなテンポ設定に心が躍る。観光名所のショットがスライド式にモンタージュされていくシークエンスのリズムも心地よい。
「私の演出は、リズムというものをとても大事にしてきた。兎に角お客を飽きさせないように予想される展開を裏切りながらストーリーを進ませる。これを、弾むようなリズムを刻みながら語ってゆくこと。もともとジョージ川口と並び称されるジャズドラマーで、弾みをもってスウィングする肉体感覚に富んだフランキー堺は、私のそうした演出にまさにぴったりの俳優だった」(瀬川昌治『素晴らしき哉映画人生!』清流出版)。
倍賞千恵子は『男はつらいよ』のさくら役では抑えていた部分を本作で発散させた。
本作の楽しさを伝えるには、監督自身の筆に委ねるに如くはない。
「……夫婦別々に部屋をとってあるホテルで、倍賞君は、フランキーの部屋に居座って煙草をふかしている。そこへ、フランキーが捲くし立てる。
「俺はすってんてんでねえ、煙草も吸えないんだよ!」
話を中断するように倍賞君がふうーっと煙をうまそうに吐く。フランキーは、言葉を途切れさせてその煙をうまそうに深呼吸してしまい、はっと取り直して、
「なんだ、その態度は! もともとここは俺の部屋なんだよ。無断で入ってきて、シャワーまで浴びて!」
もう一度倍賞君がふうーっと煙を吐く。フランキーはやっぱりその煙をいかにもうまそうに深呼吸してしまい、また気を取り直して、
「それを俺は文句なんか言ったかい!? 俺の許可を取れと言ったかい!? まわしなさい、三万でもいいから!」
倍賞君が隠しているカジノで勝ったお金を出せと、フランキーが手を差し出すと、倍賞君は、灰皿よろしく灰を掌の中にトントンと落とす。フランキーが、あちっ、とその熱に身を仰け反らせて、あたふたする。倍賞君はバッグから紙幣を何枚か持ってきて、それでフランキーの頭をはたく。
「部屋代よ! その代わり今晩はここが私の部屋よ!」
「何い!?」
こんなもの受け取れるか、と札をぶちまけるフランキー。
「あなたは隣の部屋!」
倍賞君は、ドアを指差す。フランキーは、憮然としてドアの外へと飛び出してゆく。
そんなやりとりが実に最高だった。
こういう掛け合いを徐々にテンションを高めながら絶妙に演じるのである。このような芝居は間が狂ってしまうと絶対に成立しない。二人は、ツーと言えばカーというか、ツーと言わないうちにカーと言ってしまったりするような間合いで応え、見事な速度のあるリズムを刻んだ一景を成立させてくれたのだった」(同上)。