西部瓦版~ウェスタナーズ・クロニクル~ No.45
アラン・ドワン『フロンティア・マーシャル』(1937年、フォックス)
アープ没の翌々年に刊行されたスチュアート・レイクによる伝記『フロンティア・マーシャル:ワイアット・アープ』に基づく。アープ伝説はこの伝記によって生まれた。レイクはウィル・ギアがアープを演じた『ウィンチェスター銃73』にも原案を提供している。
同じ原作に基づき、3年前にすでに同名の作品(ルイス・セイラー『国境守備隊』)が撮られているが、『荒野の決闘』のプロトタイプになったのは本作である。
『フロンティア・マーシャル』でも『荒野の決闘』でも、アープの保安官就任のきっかけになるのは酒場で酔漢が起こした騒動を解決したことであるが、酔漢を演じているのはいずれの作品においても同じチャールズ・スティーヴンスである。ちなみにこの俳優はあのジェロニモの実の孫にあたるらしい。
ウォード・ボンドも両作品に出演していて、『フロンティア・マーシャル』では保安官役、『荒野の決闘』ではアープ兄弟の長兄を演じている。
アープ(ランドルフ・スコット)の札を覗き込み、ポーカー相手に目配せで手を伝えた酒場の女ジェリー(ビニー・バーンズ)をアープが外につまみだし、逆切れされてびんたをくらうと水桶に突き落とすという場面は『荒野の決闘』でそっくりそのまま反復されている。
ドックが登場するのはその直後。演じるのはヴィクター・マチュアよりよほどスマートなシーザー・ロメロ。『荒野の決闘』と同じく白いハンカチで口を押え、はげしく咳き込む。本作では咳き込んだところを狙った敵をアープがたしなめ、友情が芽生える。サルーンのカウンターで互いの銃を見せ合う場面では、アープ自慢の”バントライン・スペシャル”(銃身16インチのコルト)が披露されるが、この銃は実際にはもっぱら棍棒代わりに使用されていたとか。
ジェリーはドックをめぐるライバルのサラ(ナンシー・ケリー)に肩入れするアープへの恨みから、アープを罠にかけようと駅馬車襲撃を仕組むが、その駅馬車にドックも乗り込むめぐりあわせに。ドックは腕を負傷してサラに看病されるが(さらなるジェリーの嫉妬をかき立てる)、ときあたかも親しいバーテンダーの子供が流れ弾に当たって瀕死の重傷を負う。町医者は留守。ドックが呼ばれて子供の命を助けるが、外に出たところをカーリー・ビルの一味に射殺され、アープにも決闘状がつきつけられる。
したがってドックはOK牧場の決闘には参加しない(『荒野の決闘』では決闘で命を落とすというやはり史実とは異なる設定)。『荒野の決闘』とは違って、そもそもアープの兄弟は登場せず、敵のクラントン一家も登場しない。結局、ジェリーがカーリー・ビルにこめた銃弾を残らず撃ち込んでドックの復讐を果たすという成り行きに。
『荒野の決闘』はアープが父親のもとに報告に戻るところで終わっているが、 『フロンティア・マーシャル』はジェリーが街を去るところで終わる。向かいにできた銀行の看板を見送りのアープに指差し、「町民が貯金をするようになちゃ商売あがったり」との捨て台詞を残し、乗り込んだ駅馬車の座席からアープに敬礼。駅馬車が街を後にするまえに、ドックの墓に窓から投げキスを送り、この墓石にキャメラが寄っていくところで幕。『荒野の決闘』よりも、『フロンティア・マーシャル』はクレム=サラ(ナンシー・ケリー)に冷淡で、チワワ=ジェリーにずっと花をもたせている。
『荒野の決闘』では俳優の失念したハムレットの台詞をドックが引き取ってインテリぶりを示すが、『フロンティア・マーシャル』では、捨て鉢になることと勇敢であることとの違いをドックに諭すために、サラがかつて朗読して聞かせた『ジュリアス・シーザー』の一節(「臆病ものは何度も死ぬ。勇者は一度しか死なない」)をふたたび口にするというかたちでシェイクスピアへの言及がある。
エディ・フォイ役を演じているのは『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディー』『パジャマ・ゲーム』などにも出演している本人の息子。ステージでの出し物よりも、からんできた酔漢にキックを食らわせ撃退するギャグが痛快。
そのエディ・フォイを招聘した興行主が、「ジェニー・リンドとリリー・ラントリーも呼ぶぞ」。スウェーデンの歌姫ジェニー・リンドは1850年から52年にかけてアメリカ興行を行っている。リリー・ラントリーは、『ロイ・ビーン』でエヴァ・ガードナーが演じた女優ジャージー・リリー。
冒頭は「石しかない」トゥームストーンの野蛮と無法の街が小刻みなモンタージュによってナレーションとともに紹介される。その街に銀行と学校ができ(サラは教師として街に残るだろう)、アープの活躍によって法の支配がもたらされる。つまり、砂漠に文明が芽生えるところで幕となる。とはいえ実際にはOK牧場の決闘によって街に平和がもたらされることはなかったし、保安官バッジをはずしたアープ自身はその後、さすらいの生活の果てにハリウッドで人生を終えている。
地味な作品だがドワンお気に入りの一作であったようだ。「ランドルフ・スコットとキャストのほぼ全員を好きだったし、いい出来だと思っている」。
同年の作品『スエズ』のセットに運び込まれた大量の砂で西部の街を再現。主役のフロンティア・マーシャルをワイアット・アープにしたのはスタジオの大君ザナックの指示によるもの。ドワンによれば、「われわれが撮っていたのは『フロンティア・マーシャル』という映画であり、じっさいにはどんなフロンティア・マーシャルでもよかったんだ」。アープの名前を使うために多額の使用料をわざわざ親族に支払ったが、サラとのロマンスが事実にそぐわないとかの理由で完成後にこの親族に告訴される。
とはいっても、『荒野の決闘』とはちがい、二人のロマンスは少なくともあからさまに示されることはない。ジェリーがドックを取り戻すためにサラをしきりとアープに押しつけようとはするが、スコットのいつものポーカーフェイスからはかれの本心が読み取れない。もっとも、やはり『荒野の決闘』とはちがってアープは街に残るので(『荒野の決闘』のフォードも望んでいた幕切れ)、後日譚に委ねるというかたちでロマンスが暗示されているととることはかろうじてできる。
歩く人物を長く追う移動撮影が数カ所。ぬかるんだ通りでスカートを捧げもったジェリーのくるぶしに馬が反応するとか、町医者のふとった家政婦にジェリーが体当たりするといったギャグがちらほら。『荒野の決闘』では床屋でのおめかしの場面で使われる鏡が、ここではシリアスな手術の場面に使われる。
キャストはほかにジョン・キャラディン(如何せん精彩を欠く)、ロン・チェイニーJr.。