Negative Space

日本映画、文語文学、古代史劇映画、西部劇、フィルムノワール、hip-hopなど。

感情教育:『THE WIRE/ザ・ワイヤー』シーズン3

2015-06-22 | ドラマ



『THE WIRE / ザ・ワイヤー』シーズン3(HBO、2004年)

 港湾地帯の人間模様をエキゾチックかつノスタルジックに描いたシーズン2につづき、シーズン3でも、あるしゅのユートピアの終焉が物語られる。

 フリーゾーン “Hamsterdam“ は、犯罪率低下のノルマをドラスティックにこなすことを可能にしたが、コルヴィンの思惑は他所にあった。

 ストリンガー・ベルの死も、やはりひとつのユートピアの挫折といえるだろう。正直、ベルがその投機的な野心ゆえに昔気質のギャングスタである相棒のエイヴォン・バックスデイルを裏切るといった展開を予想していたが、さすがは本シリーズ、そんなパロディみたいな現代資本主義論は鼻も引っかけない。

 夜のビル街を眺め下ろしながら二人が最後に語り合う場面は、さながら『感情教育』のラストである。ガキの時分にバドミントン・セットをくすねた思い出(かれらの最初の悪事である)に笑い興じる二人。

 ベルの殺害場面は、室内に飛び立つ鳩がジョン・ウーふう。死後にかれの本棚にマクノルティが『国富論』をみつけるディティールも味わい深い。

 クリエイターは、権力にも犯罪者にも肩入れすることがない。すべてのキャラクターが敗北者である。けっして物語の表舞台に立つことのないカッティーの無垢なまなざしは、救いのないこのシリーズの世界に灯された炎ともいえ、もっとも印象に残る要素のひとつだ。最終話では、ファックするダニエルズとパールマンと、シャドーボクシングするカッティーがしつこくカットバックされる。

 アーネスト・ディッカーソンがいくつかの挿話を演出しているほか、『トリーム』のパイロット版を手がけることになるアグニェシカ・ホランドが一挿話の演出を担当している。主題歌はネヴィル・ブラザーズによるレゲエ・ヴァージョン。

喪服の似合うジュリー・アダムズ:『征服されざる西部』

2015-06-07 | バッド・ベティカー


 ウェスタナーズ・クロニクル No. 24


 バッド・ベティカー『征服されざる西部』(1952年、ユニヴァーサル)

 青空の下、ひろびろした草原を、南北戦争で破れ、テキサスに帰郷した3人の兵士が馬でやってくる(ロバート・ライアン、ロック・ハドソン、ジェームズ・アーネス)。陽気なアーネスは水たまりにはまりこんだ泥だらけの子羊をすくいあげ、傍らで昼寝をしている羊飼いをたしなめて突き返す。新たな人生への希望を胸に意気揚々とするアーネスとハドソンの傍らでライアンの表情は曇っている。さまがわりしたオースティンの街に驚く3人。停車した馬車に腰掛けている淑女ジュリー・アダムズに目をとめ、ナンパしようとするが、袖にされるライアン。そこへ通りがかった旧友に、アダムズが街の有力な北部人の女であることを聞き、街の名士に交友を得ようとする。偶然にもアダムズの旦那(レイモンド・バー)にポーカーに誘われたライアン、ゲーム中に入ってきたアダムズにナンパしたことをののしられる。バーはあてつけがましくアダムズの腕を愛撫し、「きょうはいちだんときれいだな」。ポーカーで負けた金を払えず、びんたをくらうライアン。自分の牧場で働いて返済することを迫られるが、断る。父親(ジョン・マッキンタイア)の牧場の周囲では脱走兵や社会的復帰に失敗した元兵士がたむろして夜営していた(『ジャンゴ』を思わせる俯瞰)。ごろつきらとトラブルになりかけたとき、そのなかの一人でかつての悪友(これがデビュー作のデニス・ウィーヴァー)に救われる。ごろつき連をそそのかして強盗団を結成(ライアンとハドソンはいわばもう一組のジェームズもしくはヤンガー兄弟であり、そのネガというわけだ)、そこらの土地を買いたたき、盗んだ家畜をメキシコの独裁者(ロドルフォ・アコスタ)に売り飛ばして利益を上げる。戦争が終わったのになぜひとをくるしめるのかと問いただす弟のハドソン。バーのいるサルーンに出向き、借金の5千ドルを裸でテーブルにたたきつけ、びんたをおかえしするライアン。バーは自分の土地におよんだ被害がライアンの仕業であると疑い、弟のハドソンを誘拐して拷問する。ライアンの部屋に駆けつけこのことを知らせるアダムズ。ライアンが救出にかけつけるが、バーが悪事の証拠をつかんだとおもいこんだウィーヴァーがバーを射殺。ライアンが未亡人をたずねると、振り返った喪服姿のアダムズの手に二つのグラスが。「来るとおもっていた」。バーとの結婚が金目当ての不幸なものであったと告白し、ライアンに身をゆだねる。裁判ではアダムズの偽証によってライアンは無罪になるが、ライアンを捉えようとする父親を誤って射殺、保安官に任命されていたハドソンに逮捕される。リンチにかけようと保安官事務所におしよせる群衆。ハドソンは法と秩序に則ってリンチを阻止しようとするも、脱出したライアンは凶弾に倒れる。かつてライアンに惚れていた幼なじみの娘(サリー・イートン)はハドソンと結ばれる。

 牧歌的なテクニカラーにノワール的なタッチをまじえたタイトな小品。悪役ライアンの運命の急転は、晩年の傑作『無法の王者レッグズ・ダイアモンド』のそれを先駆ける。ベティカーの西部劇としては3作目で、スコット時代以前の西部劇としてはもっとも評判がいいようだ。撮影チャールズ・B・ボイル。