鴻昌隆の干物とは、筆者がアドン・スーパーマーケットで見つけた干物商品のことだ。ホヤやホタルイカ、それにワラスボという有明海の珍魚などの干物を、日本の両親とのコミュニケーションを兼ねて送ってもらって酒と共に楽しんでいたが、このような干物をこちらでも手に入れられないものかと思い、早速暇な週末にアドンへ斥候に赴いたところ発見したのがこの鴻昌隆の干物である。乾ききった30代独身日本式サラリーマンの心のような水分ほぼ0%の魚介類が、店の出入り口から見て左1列目の野菜が陳列されるラインの妻側にアドンらしく雑然と置かれている。
この乾物の特長は以下のとおりだ。参考にしてもらいたい。
①鴻昌隆
鴻昌隆はおそらく中国もしくはベトナムの海産物加工会社と思われる。鴻昌隆社自体のホームページは見当たらないが、非常に多種の干物が米国内で流通しており、かなり大きな加工会社なのではないかと思われる。尚、輸入業務を行っているのはブルックリンの会社であり、2016年に不衛生な環境でパックされた可能性のある製品を輸入したことで連邦政府から警告を受けている。その影響か、販売されている製品にはすべからく“よく洗って調理して食べるように”との記載がされている。以下に筆者が購入し美味であった商品を紹介しよう。
②章魚の干物
日本でもあまり売られていない章魚(タコ)の干物は、手のひらサイズでペチャンコになった褐色の蛸が一袋に7~8枚入って売られている。“よく洗って調理して食べるように”との記載があるが、干物を洗うのは何だか粋でない。だがそのまま食べると固いので、少し水に濡らし電子レンジで20秒ほどチンすると、残り6秒あたりから急激に縮み始めて丸くなる。そうすると柔らかみと風味が増す気がする。マヨネーズを付けていただくと上等なおつまみになり、ガンジガンジと噛むたびに口に広がる香りを楽しみながら飲酒する。普段はそんなに登板機会に恵まれないマヨネーズがこのときばかりは大活躍するのだ。
③烏賊の干物
こちらは小ぶりの烏賊が干されたものが30枚ばかり入った商品だ。表面に白く粉を噴いたやや不安を起こさせる風貌のこの干物は、青いパッケージに“鉛含有量が許容値を超えている可能性があり、発がんや妊娠に影響を与える場合がある”とのシールが貼られている。だが30代独身日本式サラリーマンが普段食べているものに比べて特段怯えるようなものではあるまい。これは烏賊の内臓を取り除くことなくそのまま乾燥されているようで、独特の苦みとイカ墨の甘味があり、すこぶる旨い。いっきに沢山たべると気分が悪くなる珍味であり、頭の先から少しずつ噛み切って味わう。
④魚の干物
複数の肴の干物も試したが、これはあまりにしょっぱすぎてそのままでは食べられない。パッケージの記載のとおり洗って調理する為のもののようだ。
⑤しらす干し
中国やベトナム料理でしらす干しを使ったものなど見たことないが、鴻昌隆はしらす干しも製造している。しらす干しは完全な干物ではないため要冷蔵扱いとなっており、上記の干物とは少し離れた野菜コーナーの隅に置かれている。そのまま肴にするのも結構だが、やはり白ご飯の上にふんだんに振りかけて、醬油を適度(この適度がなかなかに難しいのであるが)に垂らすと、“もう他には何もいらない”と食べているときは思う。
と、これまで干し物についてだらだらと記してきたが、米国では電気式乾燥機の普及で物干し文化はすっかり衰退し、物干しざおを買い求めることすら困難なほどだ。電気式乾燥機は、天候に関わらずたった2時間で洗濯物はすっかり乾くし、高温乾燥で殺菌にもなるだろうし、天日干し中のノミ・ダニの付着の恐れもないし、ましてや下着泥棒の心配もないので非常に合理的だが、日本では昔から生活感の象徴とも考えられてきた物干し風景が見られないことは、洗濯物愛好家の円広志さんなどにとってはつまらないことだろう。“干す”ことをもう忘れつつある米国式30代独身日本式サラリーマンは、鴻昌隆の干物を楽しむとともに、いつ自分が干されてもいいように心の準備をしておいてもよいだろう