読書と映画をめぐるプロムナード

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首相よ、父に学べ!「プライド・オブ・YEN」(杉山隆男著/2009年)

2009-12-10 17:34:02 | 本;ノンフィクション一般
~次官として大蔵官僚のトップに立っていた1971年、鳩山威一郎を首謀者とする「YEN」のクーデター計画が、権力の堅牢な要塞を思わせる石づくりの大蔵省本庁舎の奥でひそかに企てられていた。それは、父一郎を翻弄したあの運命が威一郎の前にも立ちあらわれたかのような不思議な偶然だった。YENの真の独立をめざして威一郎が行動を起こそうとしたこの年、「円」は日本の通貨として誕生して100年を迎えたのである。その100年の年に、威一郎は100年の計を図ったのだ。(第1章より)~

~日本の誇りを賭けた『鳩山』のクーデター~

<目次>
●第1章 日本再独立の夢
●第2章 一円玉の異変
●第3章 円をめぐる謀議
●第4章 誇り高き当事者たち
●第5章 クーデター決行
●終 章 首相の聖断

先日、円が対ドルに対し80円台となり、さらにドバイの政府系企業の債務問題をきっかけにしたクロス円の下げにも圧迫されて14年ぶり安値を更新しました。今回の円高は、昨秋起きたリーマン・ショック後の高値である87円10銭の突破を機に、今年に入っても90円台をつけていた中、一時86円30銭近辺まで上昇したものですね。

調べてみると、1995年4月19日、東京外国為替市場で1ドル=79.75円の史上最高値を記録しています。この円高の背景は次の3点だそうです。

① 日本の経常収支の黒字特出
② 政治的には当時のクリントン政権が貿易不均衡是正策として積極的に為替相場を活用、政治的に円高誘導策をとった
③ 投機資金の流入


<図録円の対ドル・対ユーロ為替レートの推移>
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/5070.html

このような円高の動きを尻目に、私はなぜ世界第二位の経済力を持った日本が対ドルに対して三桁、二桁なのかと疑問を抱いていました。一日も早く、1ドル≒1円時代が到来しないものかと思っています。いわゆるデノミの実行です。このデノミについて、最後の「戦後処理」として闘った男がいたことを本書を通じて知りました。それが、鳩山由起夫首相の父、威一郎氏でした。

デノミは経済が低迷する今の時代に荒唐無稽だとする専門家も少なくないようですが、自民党の福田康夫元首相も、過去の著書でデノミに対する強い意欲を示唆していたようで、「デノミは父である福田赳夫元首相も積極論者として知られた経緯があり、福田康夫首相誕生となれば、しばらく鳴りを潜めていたお化けが再登場する公算も」と囁かれていたようです。

*英語の“denomination (デノミネーション)”とは、「通貨の単位」のことであり、「切り下げ」や「切り上げ」といった意味は持たない。日本語において誤って使われる場合の「デノミ」に相当する英語としては、“redenomination (リデノミネーション)”、あるいは“change of denomination (日本語 : 通貨単位の変更)”などが挙げられる。(ウィキペディア)

<デノミネーション - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%8E%E3%83%9F

デノミとはどんなものなのか、著者は次のように解説しています。
~手もとの辞書をひいていみると、通貨単位の呼称の変更と出ている。平たく言えば百円を一円と言い替えるようなことである。切り替えなどといった言葉を使うと、為替レートの変更のような印象を与えてしまうが、デノミの場合は単に通貨単位の呼び方が変わるだけ、つまりはやはり言い替えなのである。

・・・値段の言い方が変わるだけで、その値段が示すものの価値に変化はないのである。つまりデノミをしたからと言って物価が安定するわけではないし、理論上は実体経済にプラスにもマイナスにも働かない、そのことは経済書などでは「中立」とういう表現でいいあらわされる。~

ならば、いっそのことデノミを実行するべきであると思うのですがいかかでしょうか。自販機をはじめ国内のあらゆる通貨の表示を買えることで内需が生まれます。多少は混乱するでしょうが、その内需の効果は計り知れません。

しかし、そんな経済効果よりも、日本のプライドを賭けて意図したのが鳩山威一郎氏です。1972年8月21日の日本経済新聞の<私の意見>と題するコラム欄に威一郎氏が寄せた文章が次のように紹介されています。

~戦後、西ドイツをはじめ、フランスやソ連、さらに中国でもデノミを断行、<インフレの残滓を脱して一国の通貨単位を確立し>、国際社会との経済交流を円滑化させようと、対ドルレートを横並びにしている、なのに日本とイタリアだけは、主要国の通貨の中で対ドル三桁で表示される。

鳩山はさらに、その一円自体の価値が、戦前の物価と比べると五百分の一になっていて、山際日銀総裁が指摘したように、単位通過でありながらじっさいには購買力がないという奇妙な実態に触れている。

そして、一円玉をはじめ、<今日われわれが使用しているコインは、昭和13年以来の臨時通貨法による「臨時補助貨幣」に過ぎないことを明らかにする。その上で、威一郎はこう主張する。

ほんらい通貨単位は、<購買力の単位として適当で>で、<国際常識にも適した値打ち>を持っていなければならない、だから、デノミネーション、たとえば百円を新一円とするように、貨幣単位の呼び方を切り替えることが一刻も早く必要なのだ—と。~


この威一郎氏が大蔵事務次官だった当時に参謀を努めたのが銀行局銀行課長で、後に「ミスターYEN」と呼ばれた佐上武弘氏。その佐上氏が、デノミの主管である理財局ではない立場で威一郎氏に白羽の矢を立てられたのは、彼が三ヶ月前に大蔵省のPR雑誌「ファイナンス」に寄稿した「ドルと円の縁起ばなし」というエッセイを書いていたからでした。


~佐上はこの中で、ドル、すなわちdollarが、十六世紀から現在のチェコにあたるボヘミアを中心にヨーロッパ全土で流通していた純度の高い銀貨ターラー、talerを語源としていると紐解いてみせた。その上で、欧米の通貨が血の濃い薄いはあれ、ターラーを同根に互いに親戚関係にあり、国境を越えて使われたのに対して、日本のYENは歴史的に見ても「孤独な通貨」であることを明らかにしたのである。

そのYENの孤立感を一段と高めているのが、ドルに対してもマルクやフランに対しても、円の為替レートが三桁ということだと佐上は強調した。~

著者は、威一郎氏の次男邦夫氏にインタヴューした際の、次のような話を引き出しています。

~デノミというのは経済行動ではないというのが父の信念でしたでしょう。だから、デノミによって経済的に日本をどうしようというものではないので、デノミをやらないと戦後は終わらないという信念のむだったような気がするんです。対ドルが三桁だから、戦後は終わらないとういうのが父の主張だったと思います。~

このデノミに賭けた威一郎氏のバックには大蔵大臣であった水田三喜男氏がいましたが、このデノミに賛意を示さなかったのは、首相の佐藤栄作氏でした。そして主管局の理財局長の橋口収氏もまた、デノミには消極的だったことが述べられています。

~橋口は私とのインタヴューの中で、デノミを実施するための三つの安定が必要であると語り、政治的安定と物価の安定、加えて国際経済の安定を挙げていた。中でも大切なのは政治的安定だが、鳩山がデノミを企てた1971年当時は、「国内経済ですでに過剰流動性の問題が出ていたし、海外でも木材などの物価の上昇があらわれはじめていて、経済はひじょうに不安定な状態」だった。しかも、通貨不安も忍び寄っている、そんな中でデノミを強行したら混乱を招くだけだとして、橋口は実務者の立場として「時機にあらず」と考えていた。~

鳩山由起夫首相は父のこの宿願についてどう思っているのかわかりませんが、4年の任期中に決断を下して欲しいと期待しています。また、米軍基地問題、小沢幹事長率いる中国訪問団で急速に冷え込む日米関係の修復を国家の存亡の危機という認識を持って、父上の気概に応えてほしいとも願います。


<鳩山威一郎 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E5%B1%B1%E5%A8%81%E4%B8%80%E9%83%8E


<水田三喜男 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%94%B0%E4%B8%89%E5%96%9C%E7%94%B7

<佐上武弘 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E4%B8%8A%E6%AD%A6%E5%BC%98

<橋口収 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E5%8F%A3%E5%8F%8E



<備忘録>
国家の三大要素、外交、軍隊、通貨(P37)、威一郎のデノミ(P38-9)、単位通貨であるのに購買力がない(P41、80)、1971年4月4日(P52)、1円玉(円形)の製造(P72)、1ドル360円(P86-7)、佐上武弘、ミスターYEN(P83、94)、鳩山家の閨閥(P97)、ボヘミア銀貨ターラー(P102)、円の「重み」(P103)、「デノミをやらないと戦後は終わらない」(P115)、水田三喜男(P118)、12年間の意味(P127)、デノミとは(P147)、橋口収(P142)、橋口のデノミ論(P148)、デノミと平価切上げ(P151-2)


関連記事:
2008-03-11
<円高を楽しむ社会に、そして今こそデノミ政策を>
http://ameblo.jp/asongotoh/day-20080311.html

2008-10-28
<「バブル崩壊後の最安値」というけれど・・・>
http://ameblo.jp/asongotoh/entry-10157157277.html


<龍馬亡き後の日本を背負った男達、そして、「円を創った男~小説・大隈重信~」(渡辺房男著)>
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/110b01ea2fd0de8a5ee49f739208737b


関連図書はコチラ↓
<参考図書:デノミネーション導入の是非>
http://www.geocities.jp/bm_debate/book/0502.htm


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