美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

信じる者は・・

2012-11-02 16:11:52 | Weblog

 

 ある国を理解しようとしたら歴史と共に、彼らの宗教観を理解せずには難しいものです。イスラム教の預言者ムハンマド中傷した映画がアメリカで制作されネット上で流されたことで、中東を中心としたイスラム圏で反米の抗議が広がっている騒動も、一部の計画的なテロとの関連は別として宗教文化的な相互理解なくしては常に起こりうる問題ともいえます。現在 世界の宗教人口をみると、カトリックとプロテスタントを合わせたキリスト教徒は20億弱、シーア派、スンニ派を合わせたイスラム教信者は11億5千と全人口の半数近くがどちらかの信仰の持ち、その影響を受けて生きていると考えれば、その対立は世界を二分する可能性を持つものです。

 韓国の宗教事情というと、儒教的な価値観のもと、その習慣や風習が社会全体に浸透してはいますが、有信仰者53%の過半数がキリスト教信者で残りが仏教徒です。キリスト教徒の絶対数、人口割合はアジアではフィリピンに次いで第二位で、国単位でみるとキリスト教国家に分類できるほどです。また、韓国キリスト教の特徴として、プロテスタントが多く、教派単位ではなく各教会が独自に拡大、そして各教会が個別に信者を獲得する傾向があり、結果的に教会内の横のつながりが希薄でカルト化しても気づきにくいリスクを内包していると指摘されています。(「韓国とキリスト教」浅見雅一、安廷苑著  中公文庫)一方日本人といえば、「特定の信仰をもっているか?」という問いに「はい」と答えた人の割合は27%で7,8割が無信仰、無宗教となります。(「日本人の国民性調査」統計数理研究所2008)しかし、文化庁が毎年発行している「宗教年鑑」によると登録されている宗教団体の信者の総数は2億人を超えています。この矛盾は何故でしょうか?この数字の内訳は神道系が1億強、仏教系が1億弱でほぼ2億人の信者全体となります。つまり田舎にお墓があればその檀家の家族、親戚は信者、神社にお参りすれば参拝者は信者というように数えられ結局このような数字になるようです。宗教団体による信者数の水増しは他の国でも見られるものですが、これだけ極端な差はやはり日本人独自の宗教観からくるものではないでしょうか。

 同じ日本人が初詣にいき、お盆には墓参り、クリスマスにはケーキを食べプレゼントを交換し、結婚式は教会でというのは決して珍しくありません。もしかすると日本人は世界一の宗教国家なのかも知れません。

 

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歴史の狭間での親日と反日

2012-11-02 16:10:11 | Weblog

 

 最近の韓日関係を憂慮する声は多くあります。反面、どうせ一時的なもので、選挙が終われば自然に落ち着くだろうとの意見も聞かれます。反日が嫌韓を呼び、嫌韓が反日に油を注ぐような感情的対立は決して望ましいものではありません。しかし、ただ時期が来れば、熱が冷めて何となく納まればよいとするならば、それも今後の両国関係を真剣に考えた場合望ましいものとは言えません。領土問題も慰安婦問題もその根本にあるのは、日韓併合から戦後までの数十年の歴史的事実を共有できていない為ではないかと考えます。日本の戦争前後の近代史に関しての教育内容の少なさは、以前から感じるものがありますが、対日史に対するとらえ方は韓国側も紋切型ではなく客観的に見つめる時期に来たのではないでしょうか。

 「朝鮮人特攻隊・・・日本人として死んだ英霊たち」(淵弘著、新潮新書)はフィリピンと沖縄で航空特攻隊として散っていた若い命の中に20人近い朝鮮特攻隊員がいた事実に焦点を当てたものです。彼らは結果的に祖国解放をもたらした戦争で「皇国軍人」として戦ったことが、韓国では「反民族行為」と解釈され戦時中の「親日派」=「売国奴」の烙印を押されます。遺族も罪人のようにその存在を隠し、彼らの魂は韓日いずれの行事でも慰霊されることなく今も彷徨い続けているのです。著者は彼らが何者で、なぜ特攻に志願し、誰のために死んでいったのか、そして本当に「売国奴」などと蔑まれる存在であったのかを冷静に問おうと考えました。35年続いた日帝植民地統治の下、皇民化政策は民族性の抹殺であることは間違いありませんが、被統治民族の朝鮮の人々にとって指導層の軍に入ることは差別社会の構造を変える少ないチャンスでした。つまり祖国を売って志願したものでも、天皇に忠誠を誓うために死んでいったのではなく、朝鮮出身のエリートたちが、自らのプライドを守るため狭き門であった航空士官への道を選んだもので、時代の狭間での宿命であったとしています。同じ士官の道を歩みながらも生き残った人の中には、その後の韓国空軍の創設に関わり英雄、愛国者として評価される歴史解釈になにか釈然としない想いを抱くのは著者だけではないでしょう。

 彼らの行為が、「近代化が遅れた朝鮮の人が自ら日本人化することを望んだ」というような「民族抹消」を正当化する詭弁に利用されまいとするあまり、その魂まで抹消してはなりません。

 

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