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アートの周辺 around the art

美術館、展覧会、作品、アーティスト… 私のアンテナに
引っかかるアートにまつわるもろもろを記してまいります。

美術手帖増刊 「特集 藤田嗣治」

2018-09-04 | 

没後50年を迎えた藤田嗣治の大回顧展が、今、東京都美術館で開催されています。こちら関西では、京都国立近代美術館で10月19日から始まります。すっごく待ち遠しい!

実はこのブログで藤田嗣治のことは、展覧会や書籍等、けっこう取り上げています。(一番多いかもしれない)

<展覧会>①レオナール・フジタとパリ ②藤田嗣治、全所蔵作品展示。 ③生誕130年「藤田嗣治展」 ④「藤田嗣治 本の仕事」

<書籍>⑤藤田嗣治 手仕事の家 ⑥藤田に魅かれる! 

数奇な人生を生き、日本の美術史においても特異な存在に位置づけられてきた藤田。2009年に初めて展覧会を訪れ、その後もいろいろな側面にスポットを当てた展覧会を見たり、書籍で人生を辿ったりしてきたことで、私の中の藤田像は、かなりクッキリしてきたように思います。今回の大回顧展は、史上最大級の規模、しかも欧米からの初来日の作品も多数あるとのことで、また新しい一面を発見できるのでは、とワクワクしています。

今回の展覧会にあわせて発刊された美術手帖の特集号を購入。 

 美術手帖2018年8月号増刊 藤田嗣治

サブタイトルに「世界への扉を最初に開いた日本の画家 ―現代アーティストが解き明かす、作品と人生」とあるように、執筆陣が豪華です。森村泰昌さん、諏訪敦さん、会田誠さんと小沢剛の対談、気鋭の批評家やキュレイターの鼎談、そして藤田研究の第一人者で、本展覧会の企画も担っている林洋子さん、などなど。

林さんが「これまでの展覧会は、(奥様の)君代さんがご存命だったこともあり、彼女の持ち物を優先する傾向がありました。本展は、初めて作品本位で世界各地から代表作を選んだものです」と書かれていたのが印象的でした。藤田の想いが、今にもつながっているんだな、と実感するとともに、新しい境地を開いた本展への期待も高まります。

技術や戦略がうまかったり、うまくなかったり…執筆者の皆さんが必要以上にリスペクトすることなく(むしろこき下ろしたり…)してるのが、おもしろいです。蔵屋美香さん・黒瀬陽平さん・梅津庸一さんの鼎談で、初期の「風景画」の重要性が語られているのが興味深く…。本展でもテーマの一つに「風景画」が取り上げられているのが、少し意外でもあったのですが、見るのがとっても楽しみになりました。

人としての人生と作品が、ここまで絡み合って魅力を放っている画家はそういないんじゃないかな、と私は思います。展覧会の作品を通して、その魅力をまるごと感じてきたいと思います!

東京展は、10月8日(月祝)まで。そして、いよいよ京都です!

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感性は感動しない-美術の見方、批評の作法(椹木野衣)

2018-07-29 | 

 

感性は感動しないー美術の見方、批評の作法 (教養みらい選書)

美術批評家の椹木野衣さんの著書はいろいろと読んでいて、特に最近の大著「後美術論」や「震美術論」は(両方とも厚さ4センチくらい!)内容が深くて重層的で、すごくおもしろいんですが、ブログに記すには自分の力量と気合が足りなくて、なかなか取り組めていません。

この新著は、おそらく若い方(中高生とか?)向けへのメッセージとなっているのでしょう、語り口がとっても丁寧で、椹木さんの生い立ちやプライベートも垣間見れて、親密な感情を抱かせてくれる「随想録」となっています。

冒頭に収められている、本のタイトルにもなっている「感性は感動しない」というエッセイは、25校もの大学の入試問題に取り上げられたとのこと、ちょっと歯応えのある文章に、多くの受験生が頭を悩ませ、美術を鑑賞する感性について思いをめぐらせたとすると、それは素敵なことではないでしょうか?!

この本の、特に冒頭のエッセイと第1章「絵の見方、味わい方」には、私が考えて続けている「なぜ美術に惹かれるか?」という問いに対する答えが、とても明確に書かれている気がして、読みながら「そうだ、そうだ」と膝を打ちました。

以前、ヨコトリで押し寄せた「作品は、世界をまるごと切り取っている!」という感動。それをどう受け止めるかは、提示された私に委ねられている。世間の評価に惑わされず、自分の感じるところを信じたいが、自信を持つためには、やはり「本物」「実物」と心ゆくまで向かい合い、必要な知識を補っていくことだ。作品の力を、まるごと「かたまり」として受け取れること、そのような場所。それが私にはたまらなく魅力で必要なんだと思う。

久しぶりに書籍についてブログを書きました。このところ、読書量がメチャメチャ減ってます…。加齢に負けず、もっと本を読みたいのですが。8月には、夏休みの宿題として、ひとつ読書感想文をアップしたいと思います。乞うご期待!

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『百鬼夜行絵巻の謎』小松和彦(集英社新書ヴィジュアル版)

2016-10-29 | 

「大妖怪展」@あべのハルカス美術館を鑑賞してから、妖怪に思いを馳せていた私。そういえば本棚に、こんな本たちが積読になっておりました…。

  百鬼夜行絵巻の謎 (集英社新書ヴィジュアル版)

この本を買ってしまったのは、何といってもビジュアルの素晴らしさ!展覧会にも出品されていた作品始め、数々の絵巻物が、ほぼ全巻オールカラーで掲載されておるのです!もちろん、元々が新書版ですから図像は小さいのですが、そこはスマホの拡大鏡アプリが活躍!

江戸時代を中心に幾多に描かれてきた「百鬼夜行絵巻」。前の記事で紹介したように、室町時代に描かれた京都・大徳寺真珠庵が所蔵するいわゆる「真珠庵本」が代表的なもとのされ、その後に描かれた同様の絵巻物の多くが真珠庵本の図像を倣っていますが、一様ではありません。

著書の小松和彦さんは、自ら妖怪研究者と名乗り、複雑に混乱している数々の百鬼夜行絵巻伝本を整理・分類することに挑戦しました。そのきっかけとなったのが、小松さんの所属する国際日本文化研究センターが入手した「百鬼ノ図」。この絵巻物も、「大妖怪展」で展示されていました。

この絵巻物の祖本(オリジナル作品のこと。今残っているのは、模作ということですね)は真珠庵本と同じく室町時代とされ、真珠庵本とは異なる妖怪が多数登場します。この二つの祖本の妖怪を組み合わせたと思われる作品が東京国立博物館に所蔵されているとのこと。このように多数存在する「百鬼夜行絵巻」の系統立てて整理される様子を、作品のヴィジュアルとともに見ることができます。多少、学術的ではあるのですが、写されるうちに妖怪の図像が少しずつ変化していたり、やはり絵師の技術によって、うまいな~とか、逆にヘタウマで味あるな~とかあって、メチャクチャおもしろいです。

ところで、この本にも書かれているのですが、百鬼夜行絵巻に描かれているのは、動物・植物・魚介類や器物が擬人化されているもの、それから鬼などの異形のものたちです。水木しげるの世界のような、一つ目小僧やのっぺらぼう等は見かけません。烏帽子を被ったカエルがそっくりな「鳥獣人物戯画」がルーツではないか、しかしながら、戯画と妖怪画との違いは、擬人化された者らを眺める人間の存在があるかないかである、という指摘は興味深かったです。

展覧会では、「鬼」の系統として、仏教の地獄の様を描いた「六道絵」が数多く展示されていました。やっぱり恐れられる存在としてあったんでしょうね…。

妖怪の存在を、「妖怪学」として解き明かそうとするのが、同じ著者の次の本。こちらは、これから読みたいと思います。「妖怪学」…奥深そうですゾ! 

 妖怪学新考―妖怪からみる日本人の心 (小学館ライブラリー)

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素敵な書店、「誠光社」に行ってみた!

2016-02-02 | 

個性的な品揃えで知られている書店「恵文社一乗寺店」の名物店長だった堀部篤史さんが、独立してご自身のお店「誠光社」を開店されました。昨年11月のオープン以来、SNSで流れてくる来訪者の声や、店とか商品とかの写真を見てると、興味ワクワク~。先日、ついに訪ねてまいりました。

場所は京阪線・神宮丸太町駅から徒歩5分ほど、庶民的な雰囲気の路地を入ったところに、ありました!「誠光社」の看板が。

京都の町屋らしい奥に長い店内、明るい木板のナチュラルな雰囲気。奥のレジカウンターには、噂の堀部さんがいらっしゃいました。こぢんまりしているのだけど、書棚に詰まっているどの本も、見事に興味深いです。まさに、店主のテイストで「編集」されている本の並び、お~、この本の横に、これ来るか~!みたいな、楽しく新鮮な驚きがいっぱいです。新刊もあれば、古書もあり。まさに本のセレクトショップ。

堀部さんが、このお店を始めた理由は、こちらの記事で拝見。本の流通の裏側って、思いの外フクザツそうですね…。どんな商売でも、支持してくださるお客様に喜んでもらえる品揃えをして、ロスなく売り切っていくこと、それが目指すべきところで、しかも相当に難しいことなんですよね。そんな全うな商売の原点に挑戦されてるんだな…と感心いたします。

小さなお店なんだけど、お客様もけっこう入ってました。じっくりひとつひとつの棚を眺めているとあっという間に時間がたちます。こんな素敵なお店を応援する手立てとしては、もう、売上に貢献するしかない!と思っているのですが、時間的余裕がなく、とりあえず、こんな小さな買物になりました…。

  現代アートの行方 (はとり文庫 2)

三瀬夏之介さんの作品には、とっても興味を持っているのですが、なかなかお目にかかれません。(昨年のパラソフィアの関連展、見に行こうと思っていた日のお昼に終了してしまっていたのは、大きなショックでした…。)

いかにも、他の書店で売ってなさそうな本を選んだつもりでしたが、Amazonでも売ってた…。次はゼッタイ、そこでしか買えない本を狙います!

レジカウンターの前には、小さな展示スペースがあって、かわいらしい折り紙細工が飾られていました。期間限定で、いろいろな作品が見られるようです。また、時々は、ゲストを招いてのトークイベントも行われています。どんな感じかな~。行ってみたいな~。

本を媒介に人が集い、情報が発信され、文化のダイナミズムが生まれる…そんな場所であり続けてくださることを、とっても期待しています!また、行こう!!

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『藤田』に魅かれる!

2015-10-22 | 

この秋、美術の気になるキーワードとして、ひとつは『琳派』、そして私にとってのもうひとつは『藤田』です。

藤田嗣治については、「日本を代表する画家」のひとりとして名前は知っていたものの、その人物と芸術について知り興味を持ち始めたのは、2009年に上野の森美術館で行われた「レオナール・フジタ展」を見てから。このブログでもその後、書籍展覧会の感想を取り上げました。

11月には小栗康平監督、オダギリジョー主演による映画「FOUJITA」が公開されることもあり、この機会に改めて藤田の生涯を追った著書を読んでみました。

   藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫)

著者の近藤史人さんは、NHKのディレクターとして藤田のドキュメンタリー番組などを制作しました。藤田の日本における不当な評価に憤りを持つ、最後の奥様である君代夫人との粘り強い交渉とインタビュー、関係者の証言、未公開資料の調査など、取材を通じて明らかになった藤田の「本当の姿」を書籍にまとめました。

2002年に単行本として出版された本書は、2006年の文庫化に際し、新たな情報による加筆訂正がなされたとのことですが、それからさらに10年、藤田を覆っていたベールは一枚また一枚とはがれ、これまで知られていなかった藤田嗣治という特異な存在である芸術家の姿が、どんどん明らかになりつつあるように感じます。

エコール・ド・パリを代表する画家として一躍時代の寵児となった藤田を、日本の画壇は全く評価しませんでした。長らく異国にあっても日本人であることにこだわっていた藤田は、第二次世界大戦中には帰国し、軍の指令により戦争画の大作を描いて、初めて日本で名声を得ます。ところが戦争終結後は、その作品の影響力故に「戦犯」扱いされ、ついに日本を離れる決心をするのです。フランスに渡った藤田は、日本国籍を捨ててフランス国籍を取得、生涯日本の地を踏むことはありませんでした。

冒頭に書いた「日本を代表する画家」というのも、実は背景が複雑すぎて全くそう言えないのです。藤田は日本人なのか?日本を代表するとは、どういう意味なのか?そして彼の胸中は…?

彼の生涯や作品を理解するにあたって、やはり「戦争画の時代」ははずせないと思うのです。撮り貯めていた番組の録画などを見て、藤田が戦争画に取り組んだ複雑な思いを垣間見ることができました。長くヨーロッパに身を置いていた彼ですから、ダヴィッドやドラクロワのような名立たる画家たちが、大画面で歴史的な戦闘の場面を描いた傑作を残していることは、もちろん強く意識していたでしょう。

藤田の戦争画の作品については、映像や写真で見ても、どうも画面全体の色が薄暗くてよくわからないな~というのが感想です。現在、東京国立近代美術館の所蔵作品展では、藤田の戦争画全14点を公開中とのこと(12/13まで)。きっと実物の作品を対峙すると感じるものがあるだろうな…。う~む、行っちゃう?

 

さて、藤田のエッセイを集めた下記の本も、近藤史人さんが編纂されています。藤田は生涯3冊の随筆集を出版しているとのことですが、うちパリ時代のエピソードを中心にまとめた2冊から主に抜粋されています。

実際に藤田の言葉で描かれた文章を読むと、臨場感が伝わってきます。第一次世界大戦中のパリの空襲の様子や、華やかでもの哀しいモデルのこと、ピカソやパスキン、モディリアーニなど20世紀の巨匠たちとの交流…。私の中の藤田のイメージがイキイキと立ち上がってくる感じ。

 腕一本・巴里の横顔 (講談社文芸文庫)

 

これに加えて、昨年、3冊目の随筆集である「地を泳ぐ」が文庫化されています。近藤さんが追った藤田の生涯にも、ここで記述されていることがかなり参照されていました。この本は昨日買ってきたところ。楽しみに読みたいと思います。

 随筆集 地を泳ぐ (平凡社ライブラリー)

 

映画、書籍、展覧会…。ますます立体的になってきた藤田嗣治。この秋は少し深く追いかけてみようと思います。

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「楽園のカンヴァス」(原田マハ)

2015-08-03 | 

   楽園のカンヴァス (新潮文庫)

以前、「キネマの神様」を紹介した原田マハさんの「楽園のカンヴァス」をKindleで購入し読んでみました。美術館学芸員のご経験がある作者の本領発揮!美術ファンにとって、読んでいて興奮!する作品でした。惜しむらくは電子書籍だったので、登場する作品をリアルタイムで楽しめなかったこと。電子書籍こそ、そういうことを可能にしそうなのにネ~!こんなページを後から見つけましたので、ご参考に。

表紙に作品が載っているとおり、主役はアンリ・ルソーです。…と言っても物語の設定は現代。

MoMAでアシスタント・キュレーターを務めるティム・ブラウンと日本人研究者の織絵が謎の絵画の真贋鑑定に招かれる。スイスの世界的なコレクターが秘密に所持するその絵画は、MoMAが所蔵するアンリ・ルソーの名画『夢』にそっくりだった!コレクターは正しい判断をした方にその絵の所有権を譲り渡すといい、2人に手がかりとなる古い物語を7日間かけて読ませるのであった…。

ものすご~くルソーへの愛が感じられる小説。ここに大御所ピカソが絡んできて、世間的な名声や価値感についても、考えさせられます…。でも、どうなんですか?今やピカソもルソーも値段は変わらない(ほど、桁外れ)じゃないですか?!

それはさておき、私はルソーの絵は、一度にたくさん見た経験はありません。海外からの有名美術館とかコレクションの来日展に1点入っている、とかそういう時しか。絵がすごく誠実そうな感じがしましたが、それって彼が元々税関吏の日曜画家だったっていう出自を知っているからかな?描き出されている世界は、何だか現実離れしていて、幻想的。色味が美しいのだけど、少しけぶっているような滋味があるのよね。特に木々が描き込まれた森の緑は、濃密という言葉にふさわしい。

ピカソがその稀有な才能を認めたように、単なる日曜画家というには、あまりに唯一無二の画家だと思います。小説の中で2人が読み進める古い物語には、ルソーが決して片手間ではなく、税関吏を退職してからの生涯を絵に賭けていた様子が描かれているのですが、そうだったんだろうな~と納得してしまいます。とても生き生きしていて、ルソーの姿が目に浮かぶようなのです。あの時描いていたのが、この作品か~と、画像をじっくり眺めるとジワジワと感動します。この体験は、かなりオモシロイ!文字で読んでいる小説の世界を自分の頭で想像し、それが視覚的な絵画に補完され、さらにその世界が広がっていくという感覚。

少しミステリーの味付けもあり、大変楽しく読めました。原田マハさんの作品は、悪人が出てこなくて読後感がさわやかです。何より、このように美術の世界をよく知っている小説家は稀有なので、これからもいろいろな作品を読んでみたいと思います。 

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アートにとって価値とは何か(三潴 末雄)

2015-04-20 | 

  アートにとって価値とは何か

最近、スマホに時間を取られているのと、目が弱ってきたせいで、すっかり読書量が減ってしまいました…。読みたい本はいっぱいあるのになあ~。

さて、本日紹介するのは、ミヅマアートギャラリーを主宰されている三潴末雄さんによる半生を記した自著。ミヅマアートギャラリーは、山口晃さんや会田誠さん、宮永愛子さんなど、今をときめく現代美術家を輩する画廊であり、インパクトが強烈だった「ジパング展」をキュレーションされていたことも記憶に新しい。会場となった高島屋の心意気に感心していたが、本書の中で、実は三潴さんによる戦略だったことがわかった。日本のアイデンティティを示す現代アーティストたちを広く知ってもらうために、昔から文化の大衆化を担ってきた百貨店を選び、またその外商による販売力も狙ってのことだった、と。

本の帯にもあったが、三潴さんは常に「闘っている」という印象を受けた。美術の世界に入る前、学生時代には学生運動に身を投じていたというのは意外だった。ミヅマアートギャラリーが開廊したのは、バブルが崩壊した直後の1994年。経営的にも苦しい中で、三潴さんは当時の輸入超過の美術をめぐる状況に憤り、この状況を打ち破る日本の画家を発掘し紹介していくことを決意する。

これは、村上隆さんの本にも書かれていたが、美術業界においては、やはり今なお「西洋美術の文脈」で作品の価値が評価されることが世界基準であり、そこに乗らない限りは「お土産物」でしかない、ということが本書の中ではとても強調されていた。これって、単なる美術ファンにはあまりよくわからないのだが、きっとアジアで活動する作家にとって実に巨大な壁として立ちはだかっており、また「商売」となると、ホントに切実なんじゃないか、と感じる。

そこに抗って、三潴さんが擁したのは、前述の3名はじめ、鴻池朋子さんや池田学さんなど、「日本」を根底に持ちながらも、新しい解釈で他にはない表現を繰り広げている作家たちだ。彼らの作品を見ると、深い血の奥がざわめくような感覚を覚え、異世界を見たのとは違う驚きがある。これは同じ日本の作家だから、としたら、外国の人が彼らの作品を見た時、いったいどんな感覚を持つのだろうか?興味ある。

三潴さんは、現在、日本に留まらず広くアジア、とりわけインドネシアの作家に注目しているとのこと。中国やシンガポールにもギャラリーを開き、豊饒な土着文化を持ちながらユニバーサルな作品を生み出す才能の発掘を行っている。

西洋に出かけ日本のアイデンティティを背負って闘った画家として、藤田嗣治と岡本太郎の二人を讃え、今の最先端アートとしてChim↑Pomやチームラボを評価する三潴さんには、共感するところがとても多かった。先日、日曜美術館で特集されていた「光琳は生きている」でも、三瀦さんが評価するアーティストが多く出演していたのは、そろそろ三潴さんの闘いの戦果があらわれてきたってことだろうか。

「価値観」って難しい…。知らないうちに染められているんだろうな~。それを揺さぶってくれるようなアートに、これからもどんどん出会いたいと思う!

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弱いつながり 検索ワードを探す旅 (東 浩紀)

2014-08-15 | 

   弱いつながり 検索ワードを探す旅

Twitterで感想を見かけて、「旅」がキーワードということで衝動的にKindleで購入。思想家という方の言葉は難しいと思ってしまうのだけど、大変読みやすく共感するところがとても多かったので紹介します。

つい先日、うっかりスマホを落としてしまった私。親切な方のおかげですぐ見つかり3日後には戻って来たのですが、スマホのない2日間は、久しぶりに解放されたような手元に新しい時間を手に入れたような気分を味わったのが意外だった。思うに、かなりスマホに囚われている…。

このように、私たちの日常はもうネットなしには成り立たない。そしてネットがあれば世界中の情報にアクセスし世界中とつながることができると考えている。でも本当は、人は自身の思考や経験や人間関係など、限られた範疇の中でしか情報にアクセスすることはできない。なぜなら、情報を獲得するには「検索ワード」が必要であり、思いつくワードは、自身の環境に規定されてしまっているから、と東さんは述べている。

そこで必要になるのは、自ら意図的に環境を変えるということ。そしてその中で考え、思いつく検索ワード(=欲望)は、グーグルを裏切ることができる…!

その具体的な方法として東さんが提案するのが「旅」。しかも、がっつり覚悟を決めたバックパッカーなどではなく「観光客」としてさらっと表層を撫でる旅。それでも現地に行って本物を見ること、そこに身を置いて感じることは大きな意味があるという。それはネット上のストリートビューとは全く比べものにならない。

旅のもうひとつの特徴は移動するための「時間」。そこに行って帰って来るある一定の時間が、旅先で見たこと、考えたこと、感じたことを反芻し、次なる欲望を生み出すことにつながる。旅は新しい検索ワードを発見し、次につなげるための大切なきっかけになるのだ。

そして哲学的に考えると、「言葉」はいくらでも解釈可能であり、真実をあらわすのに実に頼りにならない。そこで大事なのが「モノ」である、という。特に歴史的な事象に対し、文書は勝手な解釈が加えられ、記憶は簡単に書き換えられる中、事実を示している「モノ」の存在感のいかに大きいことか…!

著者の東浩紀さんは、「福島第一原発観光地化計画」を提唱され、事故の深刻さと「観光」という言葉との違和感のために批判もあったようだ。彼がアウシュビッツやチェルノブイリを訪問した経験からも、人々が実物に衝撃を受け原発事故のことを考え続けるために、実際に触れられる機会をつくろうという主旨には共感するところもある。

さて、私が旅を好むのも、やはり非日常を体験したいから。異なる環境の中で五感が感じ取れることはたくさん、たくさんある。世界の広さを実感できる。

そして、考えてみたら、私が「美術」を見に行きたくなるのも、同じ理由なのかもしれない。この頃のアートは、観念的で解釈が必要なものも多いのだけど、やはりそこにあるのは作品としての「モノ」なのである。そこに詰まっている作家の意図や背景や、もしかしたら歴史や環境や、さらにいえば美術自体の歴史そのもの…。小難しいことを考えなくても、モノが持っている力が、写真などで見ていたのでは決して湧かない印象や感情をもたらす。それが楽しい、とっても!

短い時間で読めてしまうけど、中味は深い。これもネットにもたらされた予定された情報だったかも…?ですけど、出会えてよかった一冊です。おすすめ。

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最後の版元 浮世絵再興を夢みた男・渡邊庄三郎(高木 凛)

2014-07-06 | 

  最後の版元 浮世絵再興を夢みた男・渡邊庄三郎

長らく書店で目を付けていた本書をついに購入し、先日読了。とってもおもしろかった!

「浮世絵」というとやっぱり江戸時代、歌麿・北斎・広重・・・といった大家たちの有名な作品を思い浮かべる。正直、大正時代に隆盛したという「新版画」はよく知らないが故、興味がうすく、それが本書の購入を躊躇させていた一因でもある。

江戸が終わり、明治が幕開けた激動の時代、「浮世絵」がどのようにその位置づけを流転させていったかがよくわかる。その価値を高めていったのに外国人の存在は不可欠だった。写真や石版にとってかわられ、存在価値を失いかけた浮世絵を再発見したのはお土産として持ち帰ろうとした外国人だった。そしてそれが商売になるとわかると、出回るのが粗悪品・模造品。いつの世も抜け目ない人はいる。

渡邊庄三郎は、明治時代に生まれながら自ら進んで英語を学び、それを生かして外国人に浮世絵を始めとする日本美術を販売する商店に勤める。その恵まれた環境下で審美眼を徹底的に鍛えた庄三郎は、粗悪な浮世絵の流通が許せなかった。そこで彼は、まずは江戸の大家の技術をきちんと再現した複製画を制作するのだが、野望をあたため、ついに挑戦したのが新しい木版画の制作だった。

浮世絵は、原画を描く絵師の名が知られているけれど、彫師・摺師との三位一体のクオリティがあってこその名作だ。庄三郎が新版画を成功させるにあたっては、彫師・摺師と信頼関係を築き、絵師とプロデューサーである庄三郎の意を汲んでくれることがとても重要だったんじゃないかと想像する。

川瀬巴水、橋口五葉、伊東深水らが描き版画に仕立てられた作品は、江戸浮世絵とはまた違った独特の情緒を湛えていて美しい。記述によると、摺り方、バレンの使い方なども新しいとのことだから、ぜひ実物を間近に見てみたいところ。ちょうど、ずいぶん前に日曜美術館でやっていた巴水の特集の未見だった録画を見ると、構図が現代的であり、それでいて心静かな風景画、特に水の色の愁いを帯びたブルーが何ともいえず美しい。

著者は、長らく門外不出だった庄三郎の日記や手帳、帳簿のメモなど、細かい記述を丹念に調べ、庄三郎の足跡を追っている。本人の言葉には、やはり血肉が宿っているなあ、と感じる。性格や人柄がにじみ出ているようだ。日記って大切なんだな…。

著者が本書を書くきっかけとなったのは展覧会の図録で、その展覧会「よみがえる浮世絵展」は2011年に東京で開催されたということだ。これまであまり興味がなかったので見過ごしていたが、けっこう新版画の展覧会も行われているようだ。この本と出会うことで、私の「浮世絵」の概念が、ひとまわり広がった。

そして何といっても、江戸時代の蔦屋重三郎にも通ずる「版元」の絶大なる存在感。ものを創り出す技術を彼自身は持っていないけれど、優れた審美眼と新しいものを生み出したいという情熱でもってアーティストや協力者たちを駆り立てていく力が素晴らしいと思うし、それがなければ優れた芸術も生まれないのかもしれない。なかなかスポットが当たりにくいそんな役割の人を、丹念に紹介してくれた著者に感謝したいと思う。

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美術手帖「特集・世界のアートスポット」(2014年6月号)

2014-05-25 | 

 美術手帖 2014年 06月号 [雑誌]

これからの余生を、アートと旅に生きたい私にとって、買わずにいられましょうか!

それにしても、世界中には、本当に見るべき(行くべき)ところがタンとありますね。特に表紙にもなっている、ロバート・スミッソンが塩の湖に描いた巨大な渦巻き「スパイラル・ジェティ」には、目を奪われました!ユタ州グレート・ソルトレイク(塩水湖)に1970年に作られたこの作品は、いったん湖面に沈んだが、2002年から再び現れるようになったそうです。淡いピンクの湖面が原始的で、まるで地球の始まりを目撃しているかのようです。あの渦巻きの中心に立ってみたいものですね~。

「アートスポット」とは、なかなか絶妙な言葉です。取り上げられているのは、上記のような地球を舞台にした壮大な作品から、世界の名だたる美術館、作家のアトリエ、作家が手がけた建築物や屋外作品まで、いろいろ。その分バラエティに富んでいて、とても楽しいです。

世界中…とは言っても、やはりアメリカとヨーロッパが多い、とりわけスイスにアートスポットがけっこうあるのは意外でした。もう少し中東含めアジアも眺めてみたい気がします。私的には、いわゆる遺跡というのも、アートスポットではないかと。ストーンヘンジとか、ナスカの地上絵とか、もっと言えばエジプトやメキシコのピラミッドなんかも…。なんて言い出すと、きりがないですかね~。

日本国内にも、けっこう行ってみたいアートスポットがあります。まずは、イサム・ノグチが構想した北海道の「モエレ沼公園」、十日町もおもしろそうですね。「太陽の塔」の内部は、2,3年の内には見ることができそうで、とっても楽しみです。

時代も空間も超えて、人間の手が創り出すものには、本当に無限の可能性がある!世界中のアートスポット、できるだけ実際に足を運んで、体験したいものだと思いました。 

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