アートの周辺  around the art

美術館、展覧会、作品、アーティスト… 私のアンテナに
引っかかるアートにまつわるもろもろを記してまいります。

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モリムラ@ミュージアム

2019-02-04 | 美術館
1月の寒い日、大阪市内から南に向かった水辺のまちへ、話題の美術館を訪ねました。11月にオープンした美術家・森村泰昌の作品を展示する美術館「モリムラ@ミュージアム(M@M)」です。

場所は北加賀屋、以前、やなぎみわさんのデコトラで芝居を鑑賞した名村造船所跡のあるところ。森村さんとこの場所のご縁は、2016年に国立国際美術館で開催した大規模な個展のとき、会場で上映された映画をこの地で撮影をしたことにより生まれました。このエリアは、約半分の土地を所有する千島土地株式会社が、「北加賀屋クリエイティブ・ヴィレッジ構想」として芸術文化の発信・支援を進めている貴重なまち。千島土地の芝川社長は、芸術のパトロンとして、大阪が誇れる存在ですね。

美術館は、昭和50年代に建てられた家具屋の倉庫を改修して作られたとのこと。入口から階段、そして引き戸なんかがレトロですが、改修された2階の展示場所は広々と白くて現代的。森村さんが名付けた「白い闇の回廊」「時をかける箱庭」という二つのギャラリーが展開されています。他にもミニシアターや書籍などが置いてる窓際のサロン、ショップなどがあり充実しています。

開館記念展は「君は『菫色のモナムール、其の他』を見たか?森村泰昌 もうひとつの1980年代」。オープニングにふさわしく、森村さんが本格的に作品を発表し出した1980年代の作品が取り上げられていて、森村さんが森村さんとなるまでの作品を見られる貴重な機会でした。

最初期には写真を撮っておられて、グラスやフォーク、ナイフなどを建築物に見立てたモノクロ写真「卓上の都市」シリーズは、とても理知的で静謐で、その後の混沌(私のイメージ)とした作品からは想像できない。他にも、抽象的でグラッフィクデザイン的な作品や、80年代らしいニューペインティング風、イメージを貼り込んだアッサンブラージュなど、多彩な作品が。自身の表現へ模索し続けている様子が伺えました。

そして衝撃のデビュー作となる「肖像(ゴッホ)」。本展ではベルギーでの美術展のために作られた四方が1メートルを超える大型版で見ることができました。ギョロリとした目のリアリティ、それ以外の絵に見える部分はどうなっているんだろう?不思議でまじまじ見てしまいます。

奥のギャラリーでは、森村さんがロダンの彫刻に扮してる(?)濃い写真作品が展示されていました。これは、1986年にギャラリー白で行われた、初のセルフポートレイトによる個展「菫色のモナムール、其の他」の再現展示。当時の写真と見比べると、会場の広さも似ていて、時代が遡ったような、まさに「時をかける箱庭」だ〜と思いました。

それから30年以上。このとき、自分は何にでもなれる、と確信を得た(のでしょうか?)森村さんのその後の活躍は、ご存知のとおりです。本当に、唯一無二のアーティストですよね。

オープニング展は残念ながら1月27日で終了してしまいましたが、次なる展覧会は、3月15日からの「モリメール」。まもなく大阪にフェルメール展がやって来ますが、なんと、あなたもフェルメールの絵になれる!森村さんの変身術を体験できる斬新な展覧会とのこと。自分が参加するのは勇気いるけど、どんな風に作品が作られるかを目撃してみたいな〜!

とってもワクワクできる美術館「モリムラ@ミュージアム」。大阪に来られましたら、ぜひ、お出かけくださいませ!
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世紀末ウィーンのグラフィック デザインそして生活の刷新にむけて

2019-01-27 | 展覧会
京都国立近代美術館は、2015年にアパレル会社の創業者が蒐集した世紀末ウィーンのグラフィック作品コレクションを収蔵しました。この展覧会は、その膨大なコレクションを紹介するものです。

チラシやポスターを見ても、この時代のウィーンの空気感って、本当に独特。デザインはしゃれているのだけど、何だか薄曇りのような、パカッとした明るさのない感じ…。

世紀末ウィーンといえば、クリムト、シーレ、そして「ウィーン分離派」。1897年にウィーンの保守的な芸術団体から脱退したクリムトら若手芸術家たちが結成したグループです。チラシの建物は、分離派会館ですね。入口に掲げられているように、"DER ZEIT IHRE KUNST,DER KUNST IHRE FREIHEIT"(時代には芸術を、芸術には自由を)をモットーとし、純粋芸術に対抗する総合芸術を志向しました。絵画や彫刻だけでなく、家具や日用品などの工芸作品も含めた生活全般を彩る芸術活動を目指したのです
彼らの主な活動は、展覧会の開催と、機関紙「ヴェル・サクルム(聖なる春)」の発行でした。本展では、この「ヴェル・サクルム」をたくさん見ることができます。レコード・ジャケットのように正方形の冊子は、画集のように美しく、表紙のデザインもバラエティに富んでいて、見ていて楽しいです。
 
今年は、クリムトやシーレの作品が見られる「ウィーン・モダン」という展覧会も夏には大阪にやって来ますが、この展覧会でも、クリムトの作品が見られます。
展示されているのは、今は焼失してしまったウィーン大学の天井画作品のための習作を中心に10点余りのデッサン。クリムトの油彩画って、色鮮やかでコントラストがはっきりしているし、また、作家自身の写真とか生き様なんかを聞くと、とても力強い印象を受けていたので、描かれている鉛筆の線がとても優しく柔らかだったのが、意外でビックリしてしまいました!手のポーズや足の向きなど、何度も描いているクリムトの筆致は、何だか官能的でもあり…。100年以上も前の鉛筆の線を生々しく感じるなんて、クリムトってやっぱりすごい!と感激しました。夏の展覧会も楽しみです。

20世紀にかけて、カラー印刷技術や写真製版技術の進歩、また写真と差別化して見直された版画作品の隆盛などもあり、グラフィック作品は多様化し、日常生活に浸透していきました。展覧会では、ポスター、デザイン図案集、書籍の装丁、木版画(日本の浮世絵の影響あり!)などなど、実に多彩な作品が展示されていて、とても充実していました。2時間はゆうに楽しめます。

また、コレクション展では、敬愛するアーティスト、ウィリアム・ケントリッジの映像作品が見られます。ブルーの美しいアニメーション作品はなかったのですが、久しぶりに再会できて、嬉しかったです。

展覧会は、2月24日(日)まで。4月には東京の目黒区美術館(おお、ぴったりだわ!)に巡回します。お楽しみに!
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吉村芳生 超絶技巧を超えて@東京ステーションギャラリー

2019-01-13 | 展覧会
今年最初の記事は、昨年末に東京へ出かけたときに鑑賞したタイトルの展覧会を取り上げたいと思います。会場は、いつも期待を裏切らない展覧会を見せてくれる東京ステーションギャラリー。あのレンガのユニークな壁が、作品とどのように共創を生み出すかも、いつも楽しみに注目しているところ。

画家・吉村芳生の名は、初めて知りました。チラシを眺めてるだけでは、なかなか全容がわからない、「超絶技巧」がキーワードのよう。新聞に描いているこの自画像は、いったい…?

吉村芳生さんは、1950年に山口県に生まれました。主に郷里の山口県で作品を発表されていたようですが、2007年に森美術館で開催された「六本木クロッシング」で一躍注目を浴び、遅咲きの新人として話題になりました。このとき、彼の作品をキュレーションしたのが、美術批評家の椹木野衣さん。ところが、惜しくも2013年に病気で早逝されました。63才、まだまだ描きたかったでしょうに、本当に残念なことです。

展覧会を通してひしひしと感じるのは、吉村氏の描くことへの執念。彼の作品の「凄さ」は、実際の作品を見ないとわからない!鉛筆で超絶技巧の作品を生み出しているだけど、そこには彼が学んだ版画が深く関わっています。
少し離れたところから、写真に見える作品は、近寄って見るとすべて鉛筆で描かれている。しかも、版画の版をつくるように、モノクロ写真に細かい格子を刻み、そのひとマスひとマスの黒色の濃度を数値化し、同じく細かくマス目を刻んだ紙に、鉛筆の斜線で移し替えていくというもの。(わかります?)なぜ、そこまでやる?と言いたくなるほどの、緻密で根気の要る作業。写真のようで、全く写真ではない作品たちを見ていると、強く心が揺さぶられる気がします。なんなんだ?これは!

さらに、彼の執念を感じるのは「継続すること」。見習いたいです…。1年間、毎日描き続けた自画像。写真を撮ったものを描いたとのことですが、ささいな変化かと思いきや、1日違うだけで全く表情が違っていたりして、おもしろかったです。
そして、晩年に取り組んだ、新聞の一面に描いた自画像。本物の新聞に描いたものもありますが、驚くべきことに、新聞自体(新聞ロゴから、写真も、天気予報も、広告も!)すべて手描きの作品もありました。新聞紙面いっぱいの画家の顔は、記事に関連しているのかいないのか(昔の記事も興味深かったです)、さまざまな表情を浮かべています。これが壁いっぱいに展示されている様子は圧巻でした。

また、美術館のレンガの壁に展示されていたのは、2000年以降に取り組んだ色鉛筆による花々の大きな作品たち。これらも同様に細かいマス目を埋めて描いたとのことですが、写真のようでありながら、この世のものではないような、幽玄さを感じる色鮮やかな花々が咲き乱れています。これも、色鉛筆と思うと、驚愕!

人間の手が描く力って、無限大なのかも…と思わせてくれた展覧会でした。とにかく、驚愕・驚愕です。
展覧会は、来週20日(日)まで。絶対、実物の作品を見て欲しい!
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2019謹賀新年〜昨年の展覧会を振り返る

2019-01-06 | 展覧会
あけましておめでとうございます!関西は今年もお天気の良いお正月でしたね。すっかり遅くなりましたが、昨年の美術展を振り返りたいと思います。
数えてみると、鑑賞したのは35本。ブログにはあまり書けてませんが、なんだかんだと、けっこう行ってたんだ〜と我ながらビックリ。
その中で私が最も印象に残った展覧会ベスト3をあげさせていただきます。

第3位
ルドンの描く絵画の色の美しさにうっとりした展覧会。これまでの私の中のルドンの印象を一変させました。会場とのマッチングも良かったです。もっともっとルドンの絵を見たくなりました。

第2位
初めて知った画家でしたが、こちらも色彩に魅せられました。そして何と言ってもツブツブの気の遠くなるような絵肌の重層感!いや〜見ていて楽しかったです。

そして、第1位!
これは、得がたい体験でした。私自身のピアノへの思い入れもあったのでしょうけれど、震災で傷ついたピアノに凝縮されたたくさんのことと、それを取り巻く空間に充満する音、光、空気…。言葉にならない感動に包まれた素晴らしい展覧会でした。

その他特筆すべきこととして、昨年は藤田嗣治の没後50年の記念イヤーでもあり、二つの展覧会を見に行くことができたし、講演会なども参加して藤田芸術を堪能することができました。また、少し興味を失っていたアートイベントですが、KYOTOGRAPHIEUNKNOWN ASIAに出かけて、開催地に根ざした会場や展示のおもしろさ、自分の知らないアート作品へ誘ってくれるパンチ力とか、やっぱりおもしろいな〜と感じました。

ところで、今年も関西で見ることができない展覧会が多くありました。3回ほど東京へ出かけましたが、それでも残念ながら見ることの叶わなかった展覧会も多数。
そこで、今回は、見ることができなくて、メッチャ残念だった展覧会ベスト3もあげさせていただきます。

第3位:縄文展(東京国立博物館)
一昨年の国宝展で縄文土器を見て、そのワイルドさは、やはり衝撃的でした。いっぱい見たかったんだよ〜!映画「縄文にハマる人々」も公開されていましたが、どちらも見ることができませんでした…。

第2位:小瀬村真美:幻画〜像(イメージ)の表皮(原美術館)
とにかくネットの評判を見れば見るほど行きたくなって、しかも場所が原美術館!行く気満々だったのに、予定していた日に台風が直撃!縄文展とともに、行くことが叶いませんでした。原美術館が閉館すると聞いて、ますます悔しい思いに!

そして、第1位:石内都 肌理と写真(横浜美術館)
これは、マジ泣きました…。東京に出かける時は、けっこう緻密にスケジュールを立てて行くのですが、めちゃ張り切って横浜美術館にたどり着いたら、木曜日で休館日だったという…。教訓。美術館の休みは月曜日だけではない。

昨年は、特に後半、ブログに記事をアップする頻度が減ってしまいました。もし楽しみに見てくださっている方がいらっしゃいましたら申し訳ありません…。秋ごろにパソコンを買い替えて、WindowsからMacになったのも一因かもしれません。自分でも日々のアート体験のフレッシュな感動・感想をもっと機動的に記していきたいと考えている2019年です。何か新しいツール(媒体?)にも挑戦してみたいです。

そんなこんなですが、今年もおつきあいいただけますと幸いです。今年も素晴らしい展覧会や作品に出会えますように!
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没後50年 藤田嗣治展@京都国立近代美術館

2018-11-16 | 展覧会

お待ちかね、京都にやってきた「没後50年 藤田嗣治展」に早速行ってきた。50年前というと、私は生まれていたがほぼ記憶のない頃、母親に「当時のこと覚えてる?」って聞いてみたら「日本に見切りをつけてフランス人になった人でしょう?」とのこと。なんだか、当時の評価が偲ばれる言葉だ…。

以前の記事にも書いたように、ここ10年で藤田嗣治の展覧会をいくつも見ている。特に2年前に兵庫で見た生誕130年の回顧展の記憶は新しいが、そのときより作品本位に出品されているのが本展だ、というのは企画者・林洋子氏のお言葉、期待が高まる。

展覧会は藤田の生涯をたどって作品が展開されている。最初のコーナーに東京藝術学校卒業時に黒田清輝に酷評されたという自画像とともに、同じ頃に描かれた父の肖像画が展示されていた。軍服を着用し威厳のあるお姿。当時のそんな職業の人にしては、息子が画家になることに意外と理解を示していたようだが、藤田の生涯の中で、大きな存在であったことは間違いなく、そこに並んでいることが象徴的に感じられる。

パリに渡った初期の作品の中で、風景画がたくさん見られるのが興味深い。後日、関連の講演会を聞きに行ったのだが、浅田彰氏が、藤田は「お裁縫の人」、風景画はまるで布を寄せ集めたように面で構成されている、彼の絵画は布を剥ぎ合わせたように平面的だと言われていたのには、めっちゃ納得してしまった!

生涯を通して、藤田はやっぱり戦略家だな、と感じる。今で言うところの自分ブランディングに長けている。個性豊かな芸術家が集うパリで、いかに日本から来た自分が、自分だけの個性豊かな作品を生み出せるか探求し続けていたのだろう。初期の幽霊みたいな特徴的な人物画から、乳白色の肌の裸婦を描き始めるところなんて、特に。会場で残念だったのは、防護柵があり、作品までの距離が遠かったこと。乳白色の裸婦は、細い流麗な輪郭線を間近で眺めるのが目の喜びなのに〜。

パリを離れた後、南米を巡り日本へ帰って来てからの作品も充実していた。私は藤田が強烈な色彩で描く、この土着的な絵がけっこう好きだ。また、今回初めて見た、沖縄を舞台にした人物作品も生命力にあふれているようで、いいな、と思った。沖縄なのに、空が美しい青ではなく、グレーだったのが不思議に思い印象に残った。

戦争画は2点出品されていた。3度目の対面となる「アッツ島玉砕」と「サイパン島同胞臣節を全うす」だ。この茶色いインパクト大の作品は、藤田の生涯を語る上では外せないが、2点だけでは唐突感も否めない。今回は、藤田がずっと付けていた日記群が一緒に出品されていて、ちょうど終戦前後の日記が処分されて存在しない、ということが、作品とあわせて戦争に翻弄された画家の姿を際立たせていた。

戦後、日本を離れてパリへ永住し、日本へ2度と帰ることのなかった藤田。パリに行く前に、まず立ち寄ったニューヨークで描いた名作が、チラシに掲載されている「カフェ」。物憂げな女性が座るテーブルには、書きかけの手紙。藤田は生涯を通して筆まめで、数々の手紙が残されている。このニューヨーク時代、妻の君代さんのビザ発給が遅れ、到着を待つまでの間、世話をしてくれいた友人であるシャーマンに数多くの手紙を送っていたから、象徴的に感じる。これらの挿絵がいっぱいの素敵な手紙は、「本の仕事展」で紹介されていたし、林洋子氏による「手紙の森」という著書にも詳しい。

今回の展覧会にあわせて、NHKの特集番組が放映されていたが、このたび藤田の残されたパリのアトリエから、12時間にも及ぶ彼の肉声テープが新たに発見されたそうだ。その一部を聞くことができて興味深かった。(展覧会でも聞けると思ったけど、それはなかった。残念!)「必ず絵には永久に生きている魂があると思っております…」もちろん日本語で、いつか誰かが発見してくれるであろうと残した言葉が藤田らしいようで、痛々しくもあり…。

展覧会で作品を見て、書籍を読んだり、テレビ番組を見たり…かなり藤田嗣治という画家を知ることができたようで、でも実は全然わかっていないかも?と思ったりもする。そう思わせる人物だってことが、ますますわかってきた。どこまでが本音なんだろう?本当は、どんなふうに思ってたんだろう?

藤田が長年書いていた日記は、君代夫人がずっと持っていて、亡くなられた後、東京藝術大学に寄贈されたそうだ。この先もっといろいろなことが明らかになり、もしかしたらそれによって、作品の見方もさらに変わるのかもしれない。本当に興味深い芸術家だ。

京都国立近代美術館では、コレクション展でも藤田嗣治の関連作品が展示されている。藤田と同時代のパリに集った芸術家たち、ピカソ、シャガール、ユトリロ、モディリアーニ、キスリングなど。藤田の作品も10点ほど。こちらは間近で線を楽しめて嬉しかった。他に藤田と同時代の日本の画家や、藤田と同じく没後50年のマルセル・デュシャンの小特集もあり、すっごく見応えありました。こちらも、ぜひ楽しんでいただきたい!

本展覧会、コレクション展とも12月16日(日)まで。京都は紅葉真っ盛りです!

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UNKNOWN ASIA 2018

2018-09-17 | アーティスト

大阪発のユニークな国際アートフェア「UNKNOWN ASIA ART EXCHANGE OSAKA」が、15・16日(プレビュー14日)に開催され、最終日に行ってまいりました。このイベントも4回目とのこと、毎年、あっという間に始まって終わってしまうので、今年が初めての参加です。

会場は、西梅田のハービスホール。広い会場に、小さなブースがいっぱい!国内だけでなく、アジア各国から、200組のアーティストが集結、展示されている作品は、本当に百花繚乱、また展示の方法も個性豊かで、クリエイティブな熱気にあふれていました。

ほとんどのブースでは、作家さん自らが立ち会われていて、名刺(すごく凝っていて素敵!)やステイトメントを配ったり、作品について解説してくださったり。当然なんだけど、アート作品は、偶然ポンって出来るもんじゃあない。アーティストが抱いている感情とか状況とか思いとか…さまざまなものをどう表現するか。すごい探求して技法を工夫して、練習して、それで生み出してるんだなあ~というのをしみじみ実感。かな~り、おもしろかったです。

ホントにたくさんのブースにいろんな表現があったのだけど、やっぱり自分の好みってありますよね、自然に眼が追い求めてしまいます。気に入った作品のブースでは、作家さんとお話しして、作品の技法や背景を聞いたり、写真を撮らせてもらったりしました。中には、ブースの中で制作に勤しんでおられる作家さんもいて、ライブ感がまた良かったり。

今回、初めて知った技法でおもしろかったのが「紙版画」。一見、銅版画のような質感なのですが、紙でつくった版は、破ったり、カッターですっぱり切ったり、紙独特の痕跡があって、素朴な味わいがとても素敵でした。紙なので、多くても3~4版しか作成できないってところも、はかなげでいいな。紙版画を紹介してくださったのは、あきやまりかさん、オオヤマネコさん。御両名とも、作品がすごく良くて、かなり欲しいな~と思って眺めてました。

冒頭にも書きましたが、このイベントは、FM802が主催しており、きっとラジオ等ではバンバン告知されていたのでしょうけど、審査員やレビュアーにアート関係者が山のようにいらっしゃるのに、いつもアート情報をTwitterで集めている私には、事前に情報が全く入っていなかったのは、何故なんだろう…?やっと前日に、フォローしているレビュアーの方からの情報で知りました。行けたのでよかったのですが。

5回目を迎える来年は、グランフロント大阪で、300組のアーティストの出展を予定しているそうです。すごいですね~!200組でもけっこうすぐ(と言っても2時間くらい)見れちゃったので、300組ドーンと来い!って感じです。若いアーティストたちの熱気が刺激的でした。来年もぜひ、行きたい!

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美術手帖増刊 「特集 藤田嗣治」

2018-09-04 | 

没後50年を迎えた藤田嗣治の大回顧展が、今、東京都美術館で開催されています。こちら関西では、京都国立近代美術館で10月19日から始まります。すっごく待ち遠しい!

実はこのブログで藤田嗣治のことは、展覧会や書籍等、けっこう取り上げています。(一番多いかもしれない)

<展覧会>①レオナール・フジタとパリ ②藤田嗣治、全所蔵作品展示。 ③生誕130年「藤田嗣治展」 ④「藤田嗣治 本の仕事」

<書籍>⑤藤田嗣治 手仕事の家 ⑥藤田に魅かれる! 

数奇な人生を生き、日本の美術史においても特異な存在に位置づけられてきた藤田。2009年に初めて展覧会を訪れ、その後もいろいろな側面にスポットを当てた展覧会を見たり、書籍で人生を辿ったりしてきたことで、私の中の藤田像は、かなりクッキリしてきたように思います。今回の大回顧展は、史上最大級の規模、しかも欧米からの初来日の作品も多数あるとのことで、また新しい一面を発見できるのでは、とワクワクしています。

今回の展覧会にあわせて発刊された美術手帖の特集号を購入。 

 美術手帖2018年8月号増刊 藤田嗣治

サブタイトルに「世界への扉を最初に開いた日本の画家 ―現代アーティストが解き明かす、作品と人生」とあるように、執筆陣が豪華です。森村泰昌さん、諏訪敦さん、会田誠さんと小沢剛の対談、気鋭の批評家やキュレイターの鼎談、そして藤田研究の第一人者で、本展覧会の企画も担っている林洋子さん、などなど。

林さんが「これまでの展覧会は、(奥様の)君代さんがご存命だったこともあり、彼女の持ち物を優先する傾向がありました。本展は、初めて作品本位で世界各地から代表作を選んだものです」と書かれていたのが印象的でした。藤田の想いが、今にもつながっているんだな、と実感するとともに、新しい境地を開いた本展への期待も高まります。

技術や戦略がうまかったり、うまくなかったり…執筆者の皆さんが必要以上にリスペクトすることなく(むしろこき下ろしたり…)してるのが、おもしろいです。蔵屋美香さん・黒瀬陽平さん・梅津庸一さんの鼎談で、初期の「風景画」の重要性が語られているのが興味深く…。本展でもテーマの一つに「風景画」が取り上げられているのが、少し意外でもあったのですが、見るのがとっても楽しみになりました。

人としての人生と作品が、ここまで絡み合って魅力を放っている画家はそういないんじゃないかな、と私は思います。展覧会の作品を通して、その魅力をまるごと感じてきたいと思います!

東京展は、10月8日(月祝)まで。そして、いよいよ京都です!

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生誕110年 田中一村展@佐川美術館

2018-08-16 | 展覧会

地元、滋賀県にある佐川美術館で、開館20周年の特別企画展としてタイトルの展覧会が開催されています。田中一村は、奄美大島で島固有の植物や鳥などを独特の画風で描き出した唯一無二の画家で、今年、生誕110年を迎えます。

以前、奄美大島を旅したことがあります。田中一村の作品を常設展示している田中一村記念美術館を訪ねることも大きな楽しみのひとつでした。そこでは、奄美時代の大きな作品をたくさん見ることができて、描かれている動植物すべてが静謐な生命力をみなぎらせているような独特の世界を堪能し、感動~!いたしました。

今回の展覧会は、彼の生涯をもっと丹念に追った展開となっており、田中一村が奄美でついに独自の画風を花開かせるまでの、ある意味、葛藤といってもいい道程を辿ることができたのが、とても興味深かったです。

栃木県に生まれた田中一村は、幼いときから彫刻家の父の手ほどきを受け、優れた南画を描きました。展示されていた7才で描いた作品は「まじで?!」と思うほどのうまさです。南画とは、もとは中国で文人が描いていた画風を、江戸時代に日本の文人が学んだもの、池大雅や与謝蕪村などが知られています。神童とよばれた彼は、その後、東京美術学校に入学するも、3ヵ月足らずで退学。先日の日曜美術館では、南画はもはや時代遅れであり、一村には居場所がなかった、との解説がありました。

30才から奄美に移るまでの20年間を、一村は千葉で過ごしています。南画に飽き足らず、新しい独自の画風を模索し、試行錯誤の時代を過ごしました。画壇の公募展にも挑戦し、39才のときに、川端龍子が主催する青龍展に「白い花」が入選するが、翌年、自信作「秋晴」が落選したことに納得できず川端龍子に抗議し、もう一点の入選も辞退してしまったそう。「白い花」は実物は展示されておらず、写真パネルで見たところ、奄美時代に通じる凛とした美しい作品でした。「秋晴」は展示されていたのですが、一風変わった作品でした。一面ピカッとした金地の屏風に農村の風景が描かれていて、大根が木に吊るされているのだけど、何だか違和感…。そしてその後、日展や院展でも落選が続きました。

この時代の作品には、さまざまな画風が見られます。やはり食べていくために描いたであろう、色紙に描かれた個人蔵の作品もたくさん展示されていて、画家の厚みみたいなものを感じることができます。幼い頃から南画で墨を自在に扱ってきたからか、画面の中の墨の使い方が魅力的だな~と改めて思いました。何だか、黒なのに表情豊かって感じ!

一村は現状を打開すべく九州、四国、紀州へ出かけたスケッチの旅で南国の魅力に開眼し、50才のとき奄美大島へ渡ることを決心します。当時まだ沖縄は返還されておらず、奄美大島は日本における最果ての南国でした。

奄美大島では、紬工場の染色工として働きながら粗末な住処で絵を描き続け、無名なまま亡くなったと言われますが、千葉の支援者が、奄美行きの資金を援助するために一村に描かせた襖絵の大作が展示されていて、彼の才能に惚れ込み、援助し続けた一定の人たちがいたんだ、と改めて知りました。だからこそ、こうして多くの作品が残され、今、こうして評価されているのでしょう。彼の作品を目にすることができることを、本当に喜びたいと思います。

日曜美術館で紹介されたこともあり、県外からもたくさん来られているようで、会場は多くの観客で賑わっていました。機会があれば、ぜひまた、奄美で見たい!やはり島の光と空気の中で、実際のアダンの実を目撃してから作品を見ると臨場感が高まります。島で見るからこその素晴らしさが絶対あると思う。

佐川美術館の展覧会は、9月17日(月祝)まで。

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感性は感動しない-美術の見方、批評の作法(椹木野衣)

2018-07-29 | 

 

感性は感動しないー美術の見方、批評の作法 (教養みらい選書)

美術批評家の椹木野衣さんの著書はいろいろと読んでいて、特に最近の大著「後美術論」や「震美術論」は(両方とも厚さ4センチくらい!)内容が深くて重層的で、すごくおもしろいんですが、ブログに記すには自分の力量と気合が足りなくて、なかなか取り組めていません。

この新著は、おそらく若い方(中高生とか?)向けへのメッセージとなっているのでしょう、語り口がとっても丁寧で、椹木さんの生い立ちやプライベートも垣間見れて、親密な感情を抱かせてくれる「随想録」となっています。

冒頭に収められている、本のタイトルにもなっている「感性は感動しない」というエッセイは、25校もの大学の入試問題に取り上げられたとのこと、ちょっと歯応えのある文章に、多くの受験生が頭を悩ませ、美術を鑑賞する感性について思いをめぐらせたとすると、それは素敵なことではないでしょうか?!

この本の、特に冒頭のエッセイと第1章「絵の見方、味わい方」には、私が考えて続けている「なぜ美術に惹かれるか?」という問いに対する答えが、とても明確に書かれている気がして、読みながら「そうだ、そうだ」と膝を打ちました。

以前、ヨコトリで押し寄せた「作品は、世界をまるごと切り取っている!」という感動。それをどう受け止めるかは、提示された私に委ねられている。世間の評価に惑わされず、自分の感じるところを信じたいが、自信を持つためには、やはり「本物」「実物」と心ゆくまで向かい合い、必要な知識を補っていくことだ。作品の力を、まるごと「かたまり」として受け取れること、そのような場所。それが私にはたまらなく魅力で必要なんだと思う。

久しぶりに書籍についてブログを書きました。このところ、読書量がメチャメチャ減ってます…。加齢に負けず、もっと本を読みたいのですが。8月には、夏休みの宿題として、ひとつ読書感想文をアップしたいと思います。乞うご期待!

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新版画展 美しき日本の風景

2018-07-20 | 展覧会

京都伊勢丹の美術館「えき」で始まった「新版画展」、大変心待ちにしていました!

先日、浮世絵を創始した「鈴木春信展」に出かけたばかり、江戸時代に民衆の手に芸術をもたらした浮世絵は大流行しましたが、明治時代になると、写真や印刷など、新しいメディアに役割を奪われ、衰退していきました。そこで、一人の版元が、この日本の素晴らしい芸術である浮世絵の再興を目指し、画家らと取り組んで生み出したのが「新版画」です。この版元、渡邊庄三郎の生涯を追った書籍「最後の版元」を読んで以来、「新版画」をとっても見たかったんです!

「新版画」にも美人画や役者絵などのジャンルがありますが、本展では、吉田博、川瀬巴水を中心とした風景画が多く展示されていました。一目見て驚くのは、やはりその色彩の鮮やかさ。どうしても江戸時代の浮世絵は退色していますからネ、風景に見える山の色、水の色、色とりどりの花の色…、その美しさには目を奪われます。巴水の深い青の水の表現は、ホントに美しかったなあ!

この渡邊庄三郎さんのお孫さんが、何と!TV番組の「なんでも鑑定団」に出演されている渡辺章一郎氏で、出かけた日にギャラリートークを聞くことができて楽しかったです。やっぱり彼は画廊の方なので、マーケティングの視点の話が興味深かったです。例えば、吉田博は元々、風景画の画家として大家であったので、版画の世界でも大御所の彼に、おじいさんである庄三郎氏もあまり意見ができず、好きに制作してもらっていたらしい、一方、川瀬巴水には、より良い(売れる?)作品を作るために、いろいろと意見を出して共に作っていたようだ、という話。また、巴水の作品で、降りしきる雪に赤い建物と美しい女性、これはめちゃくちゃ人気がある!とか…。

ところで、新版画と同時代の版画運動に「創作版画」がありました。「新版画」が、共同で創作するものの画師・彫師・摺師で役割分担しているのに対し、「創作版画」はすべてを一人でこなします。以前紹介した「月映」は創作版画ですね。

本展では「創作版画」の作家である小泉癸巳男の『昭和大東京百図絵』を見ることができます。戦前の東京の風景を叙情的に描いたこの代表作により、彼は「昭和の広重」と言われており、会場では歌川広重の類似するテーマの作品が並べて展示されていて、その対比がおもしろいと思いました。「新版画」のように精緻ではなく、とても味のある小泉さんの作品は、かなり気に入ったのですが、絵はがき等が全くなくて残念でした。

前述の本を読んでいただけに、この「新版画」の作品たちには、題材、構図、色使い、色の重ね方、すべてにおいて、かつての浮世絵を再興し、そして超えてやろう!という意気込みがあふれているように感じました。会場には、故ダイアナ妃が気に入って購入した吉田博の作品と、ダイアナ妃のお部屋に飾られている写真が展示されていました。スティーブ・ジョブズ氏も愛好家だったそうです。ホント、浮世絵作品は、手元に置きたくなる気持ち、とってもわかります!

100点もの新版画を堪能できる貴重な機会。展覧会は、8月1日(水)まで。

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