アートの周辺 around the art

美術館、展覧会、作品、アーティスト… 私のアンテナに
引っかかるアートにまつわるもろもろを記してまいります。

池田亮司 × Eklekto 『music for percussion』

2017-10-28 | 作品

今年も京都国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT 2017」が始まりました。昨年の池田亮司さんの壮大な映像作品は素晴らしかった!そして、今年も登場されるということで、楽しみにしておりました。

ところが今年の作品は、どうも様子が違います。「4人のパーカッショニストによる完全アコースティックなコンサート」…これは、いったい??

私が魅せられている池田亮司さんの作品は、圧倒的なスケールの画面に、疾走するようなスピード感で目まぐるしく変化する映像、そして、その動きを支えるリズミカルで不思議な電子音!映像のインパクトが強すぎて、正直、音の印象が薄かったのですが、池田さんってミュージシャン・作曲家なのですよね。

さて、ロームシアターのホールで始まったコンサート。コラボするのは、スイスの打楽器アンサンブル「Eklekto」。まず登場した男性二人によるリズミカルな手拍子・足踏み。人間の身体から生まれる音とリズム。あまりにも生身過ぎて、池田亮司さんの作品のイメージにそぐわない。でも、規則正しく、しかも強弱をつけることで、うねるように音が流れ、あれ?池田さんっぽい!

つづいてトライアングル、シンバルと、本当にシンプルな打楽器なのに、卓越した技術なんでしょう、響かせたり擦ったりすることで、生み出される浮遊感に充ちた音は、まさに池田さんの映像とともにある音と同じでした。人間の可能性って無限大だあ~!と感心すると同時に、池田さんが緻密に構築した電子音楽と、まさに人が生み出すナマの音がシンクロすることに、じわじわと今だに興奮しています。すごいわ!

今回のコンサートは、さすがに音が繊細すぎたので、観客みんなが息をひそめ、緊張して聞いていましたが、池田亮司さんの映像作品は、あんなにもクールなのに、すごく見る人を受け入れ、作品を楽しむ人と共にあることが、とっても良いな~と私は思っています。下の映像は、とっても素敵です!

Eklektoも、この見つけた映像を見ていると、彼らの音楽も人と共にあるんだなあ!と思いました。本当に、素晴らしいコラボに立ち会えて幸せでした!

 

Ryoji Ikeda - The Radar

 

"L'Eté du Parc Bertrand 2014" - Eklekto

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「the radar [kyoto]」池田亮司@ロームシアター

2016-11-06 | 作品

 今、京都では国内外の舞台芸術を紹介する国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT」が開催されています。(11月13日まで)

舞台芸術ということで、あまり関心を持って見ていなかったところ、なんと、昨年の堂島リバービエンナーレで興奮の体験をもたらしてくれたアーティスト、池田亮司さんの屋外インスタレーションがロームシアター中庭でやってるって!期間限定なので、見逃さないよう出かけてきました。

日没から始まるというこのインスタレーション、ロームシアターに近づくにつれ、何やら空気を震わす音が聞こえてきます。中庭に建てられた巨大なスクリーン。そこに映し出されている無数の星・星・星…。

この「the radar」という作品は、展示される地点の緯度・経度から観測できる宇宙を膨大なデータベースを元にマッピングしたイメージの集積だそう。2012年のリオデジャネイロを皮切りに、ドイツ、フランスなど、世界各地で上映されている。今、京都のこの場所から実はこんなにも星が見られるとしたら、恐ろしいくらい。しかもリズミカルに次々と画面が塗り替わるように変化していく様子に、じっとみていると宇宙に投げ出され、包み込まれているような気がしてきます。実は、立誠シネマで園子温監督の「ひそひそ星」を見た直後だったので、まるで宇宙を漂う主人公になった気分でした。

なんというか、クールでスタイリッシュなんだけど、無限の夢を見させてくれるようなロマンがある…というと、ホンマにベタな感想なのですが、めちゃくちゃカッコよかったです!いいもん見せてもらったって気持ちがウキウキしちゃって、帰りは東山駅までダッシュしてしまいました。身体に及ぼす影響あり…?

なんと、今調べていたら、ロームシアターのホール内では、コンサート作品の上映が行われていたとのこと(こちらは有料)。以前の堂島リバービエンナーレの作品もそうだったけど、池田亮司さんの作品は、「人」とともにあるのが、尚好し!という気がする…。素晴らしかったです。行って良かった!

屋外展示およびホールでのコンサート作品上映とも、明日6日まで。貴重な機会なので、ぜひ見ていただきたいわん!写真ではあまり伝わらないと思いますが、こんな感じでした!(少し斜めからになってしまいました…) 

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やなぎみわ演出・美術 大阪公演『日輪の翼』

2016-09-06 | 作品

2014年、ヨコハマトリエンナーレでそのド派手な姿を現したステージトレーラー。アーティスト・やなぎみわさんが台湾で出会い、ここで文字通り移動舞台による演劇公演を行うことを企て、自らがデザインした特注品を輸入しました。ヨコトリの会場でパカッと開いていたデコトラの舞台を見て、ここで行われる公演を、ぜひ、見たいものだと思っていました。

そして今年、ついにステージツアーが始まりました。横浜、新宮、高松と巡り、先日、大阪の名村造船所大阪工場跡地で最終公演を迎えたのです。その千秋楽に行ってまいりました!

折しも台風12号が接近しており、天候が心配されましたが、スタッフの「1時間後にスコールになります」という断言にもかかわらず、ついに雨に降られることもなく最後には星まで瞬いていました。9公演すべてが悪天候で中止になることもなく開催されたのも、何だか神がかったこの芝居の成せる業だったような気がします。

3時間を超えるこの芝居、最初閉じていたトレーラーが、ストーリーの進行とともにだんだん開いていき、ステージ上に備えられたドラムが鳴り、ミラーボールがまわり始めます。中上健次の「日輪の翼」「聖餐」「千年の愉楽」を原作に、5人の老婆(オバ)と若者が「路地」を飛び出し、オバたちの思い出の地を訪ねていくストーリー。途中、唄あり、踊りあり、そして目を奪われるロープやリボンによる空中パフォーマンスあり、何とも非現実な世界が繰り広げられます。

トレーラーとそのまわりの小さな舞台ではありますが、トレーラー以外にも軽トラなどが演出で使われ、もちろん野外ということもあり、無限に奥行きを感じさせます。そう、まさにロードムービーならぬロードプレイの中に観客たちもすっぽり入り込んでいるよう…!

旅の終わりに皇居を訪ね、そこでオバたちは消えてしまいます。それでも若者たちの旅は続く…。芝居の終焉とともに小道具・大道具も片づけられ、2台の軽トラと、そしてぴったり閉じられたトレーラーは、本当に走り去ってしまいました。役者たちが戻ってきてカーテンコールが行われることもなく…。虚構と現実が入り交じり、彼らの旅は今もどこかで続いているような余韻を残して。

海岸沿いの廃墟のような工場跡地で、かすかな潮の香り、頬をなでる風、最後に聞こえた鳥の鳴き声(これは演出)。本当に最高のシチュエーションで、夢(半分、悪夢)のような時間でした。すごーくオモシロかった!

最後にやなぎみわさんが挨拶されて、今回のツアーは終わったけど、来年もやる、とおっしゃっていました。彼らの旅は終わらない。機会があれば、ぜひぜひ!ご覧いただきたいと思います。

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ACOP鑑賞会に参加しました!

2014-12-29 | 作品

9月にビジネスパーソン向けのACOPセミナーに参加し、もうちょっと深く体験してみたいと思ったので、京都造形芸術大学のアートプロデュース学科が授業の一環でやっているACOPの鑑賞者として鑑賞会に参加させていただきました。11月から12月にかけて、2週間ごとに3回の実施です。

ACOP(Art Communication Project)とは上述の学科で、1回生の必修授業として行われている「対話を基本とした鑑賞教育」です。ここで学生さんたちは、自らが作品と豊かなコミュニケーションを図ることのできる主体的な鑑賞者になること、そして対話を通して作品と(一般的な)鑑賞者との間のコミュニケーションを促進し、新しい関係性を築くためのお手伝いをするナビゲーターとしての技術を学ばれています。

ここでも基本は、「見る」「考える」「話す」「聴く」。私たちは、学生さんがナビゲーターとして一生懸命練習されてきた成果を試す鑑賞会のいわゆる「観客」です。1回に4名のナビゲーターが登場し、12人による12作品を鑑賞しました。感想は、めちゃくちゃオモシロかったです!

参加した鑑賞者は20名ほど。まず作品をよ~く眺めて、印象を話すのですが、ホント、人によって同じ絵を見ていても、全然違う印象を受けるのだな~というのが、ビックリでした。たぶん、ナビゲートをしていた学生さんも、どんな意見が飛び出すやら、ドキドキだったのではないでしょうか…。

私が一番印象的だったのは、モネの「睡蓮」を取り上げたセッション。モネは晩年、睡蓮の絵をたくさん描いているので、有名なんだけど「この絵」という確信はない、イメージでとらえているところがありました。最初に絵をじっと見つめた時間は、あまりに有名な作品なので、私の中では「モネの睡蓮だわ」という認識以上に何も広がらなかったのです。

ところがセッションが始まると、皆さんおもしろいことをドンドンおっしゃるじゃあないですか!睡蓮が浮いている水面にしか見えないのに、絵の上部にある睡蓮は、あれは「月と雲」ではないか?とか、水面じゃなくて崖を流れている滝じゃないか?とか…。そう言われると、自分の「ゼッタイ」が揺らいできて、そう言われれば「雲」かも、あれは空だったのか?とか思えてくるから不思議!ささいな色味の違いも見逃さず、明るさが違うから時間の経過をあらわしているのではないか…という深遠な意見もあったり。

鑑賞者の皆さんが、実際「モネの睡蓮」をどれくらい認識されていたのかはわからないですが、確かに知らなければ、まず「睡蓮なのか?」から始まるわけです。ひとりの女性が、「あれはゼッタイ睡蓮です!だって私の見た風景とそっくりなんだもの!」とおっしゃったときは、モネの偉大さを改めて思い知りました。

これなどは、複数の鑑賞者がいたことによって視点が広がる(または、ひっくり返る?)おもしろさだな~と実感しました。ひとりの意見が他人へ影響を与え、そこで感じて言ったことがまた別の他の人へ影響を与える…。まさに水の波紋が広がるように、絵の体験が深まっていきます。この楽しさを知ってしまうと、美術館でひとりで鑑賞するのがさびしくなってしまうかも…。

取り上げられていた12作品は、絵画あり彫刻あり写真あり…、西欧の作品がほとんどでしたが日本画も1点。時代もそれこそ古代ローマのカラカラ帝から現代作品まで。作家は有名な方が多いけど、見たことのない作品が多かったです。けっこう謎めいていて、いっぱい話せそう…というのより、「う~、これで何を話すんや…」って作品の方が、展開がおもしろかった気がします。鑑賞者のメンバーによって話の展開も変わるでしょうし、ナビゲーターって大変でしょうね…。

長くなったので、また続きを書きたいと思います。

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ART KYOTO 2012

2012-05-02 | 作品
ホテルのお部屋で開催されるアートフェアに行くのは3回目、京都へは今回初めてです。訪れたのはホテルモントレ京都。
このフェアは2010年より始まり、今年はホテルのみならず国際会館をメイン会場に2か所展開とスケールアップ!情報によれば、国際会館では小山登美夫ギャラリーやイムラアートギャラリーさんなど有名ギャラリーが出展し、大きめの作品が展示されていたとのことで、都合によりホテルしか行けませんでしたが、ぜひ足を延ばしたかったですね~。(入場料も共通で1500円だったし…)

ホテルでのアートフェアは、なんかちょっとドキドキします。すごく私的な空間にお邪魔しているようで。そして入口が狭いところを、どのお部屋も作品を通路からチラ見できるようしつらえてあり、どんな作品があるのだろう??とワクワク感を誘います。
まあ、はっきり言って、部屋の中をドーンとベッドが占めていて、もう数人入ればいっぱいで、決して見やすい環境ではないのですがね。ホテルの部屋だからこそのユニークな展示をもう少し期待したいところ。

去年のART OSAKAほどは、買う気もなかったのですが、価格は買いやすいです。お一人、心が揺れた作家さんの作品があったのですが、踏みとどまってしまいました。なかなか「惚れる」作品には出会えなかったですね~。

そもそもホテルのお部屋で展示する作品なので、全般的に小品が多かったのは仕方ないとして、力ある作品、インパクトの強烈な作品というのはあまり見当たりませんでした。口当たりのいい作品ばかりって感想です。やっぱりお値段バッチリついてるし、売ることを目的としている作品だからかな?

アートって何だろうな?と考える。あまりにいろいろな姿がありすぎて。
最近読んだ美術手帖「Chim↑Pomプレゼンツ REAL TIMES」に出てくる世界のアーティスト、すごい闘っているのにもうビックリ!!あまりにおもしろかったので、この話題はまた別に。

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こんにちは~♪ 太陽の塔

2011-11-06 | 作品
岡本太郎、生誕100周年の今年中にどうしても行っておきたかったのが万博公園の太陽の塔!
車の中からその姿を拝んだり、っていうのは数え切れないほどあるんだけど、こうして改めて訪ねるのはもしかして万博以来初めてかも!
遠い記憶を思い起こせばはるか40年以上前、まだ未就学児であった私は万博には多分1度だけ連れて行ってもらった。この太陽の塔がすごーく印象的かと言えばそうでもないんですよね。それもそのはず、太陽の塔の周囲には大屋根があったからだ。
エキスポランドも閉園してしまった今、万博の名残を思わせるのは公園の広さそのものとこの太陽の塔だけだ。

さて、この太陽の塔、近づいていくとずいぶんとデカイのに改めてびっくり。塔というよりは怪獣みたいだぞ~。両手を広げて威嚇しているかといえばそうではなく、なんだか両足をふんばって懸命に立っているようなそんな印象。腕は力強くのびやかで、見る角度によってすごく長く見えたり短く見えたりして不思議。
40年以上も立っているとは思えないほど、キレイなお体で上のお顔もピカピカの金色だし、こまめにメンテナンスしてるのかしら~と思ったら、94年に改修工事が行われたらしいです。



中にもぜひ入ってみたいのだけど。高さ45mの「生命の樹」。おそらく実際に見てはいないのだけど、なぜかおぼろげな記憶を呼び起こす…。

あの頃は「未来」って輝いていたんだなあ~。

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「トマソン」発見!か??

2010-12-29 | 作品
以前ご紹介した「路上観察学会」が提言している「超芸術トマソン」。らしきものを自分で見つけることができたら、ぜひ当ブログで紹介しようと思っていました。これは、どうでしょうか??



いつも何気なく通っていた大津パルコ前の道路に、ふと気付くと橋の欄干があるではないですか!!しかも歩道の両側にきっちり。

…とその前に、「超芸術トマソン」とは何かを確認しよう。
「トマソン」は、アーティスト・赤瀬川原平さんらによって提唱され、由来は昔ジャイアンツにいた元大リーガーのゲーリー・トマソン、三振ばかりしているのに4番打者に据え続けられた姿が、「不動産に付着して(あたかも芸術のように)美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったらしい。

その「トマソン」にはさまざまなタイプがある。
一番有名なのは、トマソン発見のきっかけとなった「純粋階段」。純粋に昇降運動だけ強制するいきつくところのない階段だ。
他にも「無用門」(門構えはあるのに人の出入りを拒む門)、「庇」(本来その下にかばうものを失ったのに残存しているヒサシ)、写真を見ると一番おもしろいのが「高所タイプ」。使うにはあまりに高い場所にあるドア、そこを人が開けたとしたら…など想像すると笑える。

このたび私が発見したのは「無用橋」というタイプに分類されると思われる。
埋め立てられた川に架かる橋など、無用となっている橋のことだが、暗渠化されているケースでは、地下に空洞があるため、自動車などの重量物を通す道は橋梁構造にしておく必要があるので、本格的に無用であるとは言い切れないらしい。

実は私もこれは「ハーフ・トマソン」だと思っている。暗渠どころか、道路のすぐ脇ではないけど、少し先に川が見えてるんですよね~。でもこの道路にあの欄干を残す必要はないんではないか???というところです。

これからも路上に気を配り、新しい発見に努めます!!
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BIWAKOビエンナーレ2010

2010-11-08 | 作品
瀬戸内芸術祭から勢いに乗って、きょうまで近江八幡で開催の「BIWAKOビエンナーレ2010 玉手箱-Magical World」に行ってきました。
地元でもこんなアートフェアが行われていたとは…!きょうの入りが最終日とすれば、期間中はけっこうヒサンだったのかもしれない…。だって全然知らなかったもーん。

さて、近江八幡といえば、旧商家など古い家並みが続くとても情緒豊かなところ、その町屋や元瓦工場や倉庫やお寺を使って、現代アートの作品が展示されていました。瀬戸内の島でも、古い家を使って展示がされていましたが、とにかく家のレベルが違う!!さすが近江商人の家、すっごい堅牢なつくりで、天井には太くて立派な梁がめぐらされ、またお庭なども小さいながらもちゃんとしてる。聞いていると家自体は、やはり使われていなくて倉庫などになっていたものを、今回畳を入れたりしたそうだし、元々畳が入っていてももうボロボロだったりしていたのだけど…。
お家だけでなく、倉庫や工場跡や、大きな空間ならではの作品も面白かった。やはりこのような特殊な場にアートを展開する場合、音や光や映像があって体全体、スペースごと体感できる作品が楽しめるし、人々の人気も高い。そんな中で、小さい平面を展示している作家もあったが、どうも歩が悪いように感じた。展示される空間で、作品の見方は変わるものだ。
いちばん気に入ったのは、カネ吉別邸の2階、竹で作られた巨大なボールいくつもでで空間が埋め尽くされていた松田栄一さん他建築家の皆さんの作品でした!

きょうはお天気もとても良く、いつも見ている小吹さんのブログのおすすめに従い、レンタサイクルでまわったところ、とても気持ち良く効率よく回ることができました。お堀のある近江八幡の風景は、いつ見ても素敵。途中売っていたポン菓子もなつかしかった。

このアートフェアは、瀬戸内~ほどは、地元の人たちが関わっていない印象を受けた。学生さんのスタッフが多かったような…。適切な案内が出来てなくてちょっと感じ悪い対応をされたり、なんか内輪で盛り上がっているような印象を受けたのは残念でした。


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「路上観察」事始め

2010-09-12 | 作品
このブログ、『アートの周辺』といいながら、けっこうアートど真ん中の記事ばかり書いていることに、若干心に引っかかるものがありました。しかしながら、ここでついに、いわゆるアートの常識とか既成概念の枠から飛び出していける…!!そんな予感を感じる本に出会いました。

『路上観察学入門』 赤瀬川原平・藤森照信・南伸坊編(ちくま文庫)

といいますか、これもずいぶんと前に買っていたのですが、中の写真などをペラペラ見てると、急に読む気になって一気に読んだわけです。

「路上観察」。この言葉には聞き覚えがありました。トマソンなるものの意味も存じあげていました。しかし、路上観察「学」がこれほど奥深い学問であることは知りませんでした!

路上観察学は、今和次郎、吉田謙吉という方が創始した「考現学」に端を発します。時代は関東大震災の直後、破壊のあとにやってくる創造を、彼らは民俗学、考古学さながらに「観察」し「記録」する。しかも大それた街の記録などではなく、町の「看板」とか「茶碗のカケ方」とか「丸ビル・モダンガールの散歩コース」とか「犬の破いた障子」とか。そういうのを、赤瀬川さんらが思いっ切り面白がり、そして「路上観察学」が始まったのです。

この中のメンバーでは、最高に崇められているのは林丈二さん。本職はデザイナーらしいけど子供のときから調査マニアで、マンホールの蓋にはじまり、都内各駅切符のパンチ屑(時代を感じる…)、旅行先で靴底に挟まった小石の採集など、あらゆる瑣末な事に探求の視線を向け丹念にデータを取るのです。彼が書いている「路上の正しい歩き方」はすごーくオモシロイです。自ら視野窄狭を称する彼の視点、目の付けどころとその記録や考察は、まさしく路上に目を向けんとするフォロワーのお手本となるものです。またマメなイラストがいいんですよ!

マンホールについても、そんなにいろいろな種類があったなんて!…と最近マンホールって見かけないよな~なんて思っていたのですが、自宅から一歩外へ出て視線を下に向けて見ると、マンホールあるある!!全く気に止めないと見えなくなるんですね~。
そういうわけで、珍しい(のか?)絵入りマンホールがありましたので掲載します。なんと大津らしく琵琶湖大橋や今は動かない大観覧車や花火などが描かれております。これは下水用でしょうか?
マンホール再発見以来、道路のマンホールをついじっと見つめたりしてしまうのですが、きょうはこのブログのために写真撮影をいたしました。じっと見るのも写真撮るのも、それを他人に見られるとちょっと気恥ずかしいですね。そこを素知らぬ感じでやるってのも路上観察者の第一歩なのでは、とそれが嬉しかったりもする残暑厳しい午後でありました。

路上観察学の大発見である「トマソン」については、また後日。
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『夏至の日のランドマーク』山口牧生

2009-06-21 | 作品
 6月21日夏至であります。1年のうちで一番昼の長い日です。しかし、やっと夏の入り口をくぐったばかりなのに、明日からはだんだん昼が短くなっていくというのも、不思議な気がいたします。

 わがホーム・ミュージアムである滋賀県立近代美術館に向かう道すがら、自然の息吹にまみれたくて、ちょっと回り込んだ道(彫刻の路というらしい)を行くと、そこには山口牧生さんの彫刻作品があります。
 この石の柱が微妙に傾いて立っているのは、実は、真南に向けて約11.5度の傾斜(この地点と北回帰線との経度の差、らしいです)をつけてあるので、ちょうど夏至の日の正午に石柱の傾きと太陽の方向が一致し、その時、影が消失するというのです。宇宙の営みを取り入れた何ともスケールの大きな作品。高さは5メートル、表面にノミでくぼみをつけてあり、ごつごつした感じが、はるか古代からそこにあるかのような、また宇宙人が置き去りにした遺跡のような印象さえ受けます。
 でも実は1986年制作、作家の山口牧生さん(1927~2001)は、広島に生まれ主に関西で活躍されたようです。当館の他にも、静岡県立美術館はじめ全国に作品があるようで、いずれも石を育んだ自然や宇宙も含めて素材を生かす彫刻作品を造り続けました。
 1年に1度のチャンスですが、残念ながら今日は天気が悪そうで・・・。今年は宇宙人からのメッセージは届かないってことでしょうか?
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