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アートの周辺 around the art

美術館、展覧会、作品、アーティスト… 私のアンテナに
引っかかるアートにまつわるもろもろを記してまいります。

京都・出町座に行ってみた!

2018-05-04 | 映画

ここ1年ほどで、京都のミニシアター系(アート系)映画館をめぐる状況が一変しました。3月末をもって、50年以上の歴史のあった「京都みなみ会館」が建物の老朽化により閉館。滋賀県に越してきてからは、ずいぶんお世話になりましたので、とっても淋しい…。移転後の再開が期待されますが、まだ未定のようです。

そして、ここ数年、非常に元気のあった「立誠シネマ」が、昨年7月に元・立誠小学校での活動を終了して後、出町桝形商店街に場所を移して、新しく「出町座」として、年末に移転オープン!この誕生にあたっては、私も映画館を応援したい!という気持ちからクラウドファンディングにも参加してみました。オープン以来、なかなか機会がなかったのですが、ついに先日、訪ねてまいりました。

京阪電車出町柳駅、地上に出ると、目に飛び込むのは涼やかな川の風景。ここは賀茂川と高野川が合流し三角州を形成している鴨川デルタと呼ばれるところ。飛び石渡りでも有名です。暑いくらいの5月の日差しの中、若者たちが憩っています。お~、なんて気持ちのいいところなんだ!

そこから歩いて10分もかからないところに、昭和の香りがぷんぷん漂う商店街の入口が見えてきます。その手前に、何やら行列が…、そう、有名な「出町ふたば」です。ここの「豆餅」は、風味豊かなあんこがたっぷり、大粒の赤えんどう豆が練り込まれた柔らかい口当たりのお餅が最高に美味しい!しかしながら、きょうはスルー。

そして商店街を進むと「出町座」がお目見えです。新しいのにすっかりなじんだ感のある素敵な外観。この映画館には、カフェとブックストアが併設されていて、映画だけではない文化の発信の場となっています。カフェでサンドウィッチとカフェオレをいただき、いろいろなジャンルに編集されている本たちを眺めます。私のお気に入りのフィルムアート社の本がたくさんあって、楽しかった!

それでも映画が始まるまでに時間があったので、商店街をぶらぶら。鯖寿司が美味しいと評判の「満寿形屋」は、もう夕方なので閉店してましたが、美味しい匂いが充満していた「ふじや鰹節店」で乾物など(これ持って映画館、行く?的な)を購入。古本屋もありました。絵本が前面に出ているのが珍しいな~。久しぶりに古本を眺める楽しさを満喫し、2冊ほどチョイス。何やら楽しいわ~。

ところで、今回、鑑賞した映画は、「ブンミおじさんの森」。タイの映画監督・美術家であるアピチャッポン・ウィーラセタクンが、2010年にカンヌ映画祭でパルムドールを獲得した作品です。Twitterでアート情報をフォローしていると、たびたび見かけるこの監督の名前、ぜひ一度作品を見てみたかったのです。

今、東京・森美術館でアピチャッポンの映像インスタレーションが紹介されているそうですが、今回、出町座で実現した特集上映。彼の名を知らしめた3つの長編作品に合わせ、自選短編集も上映されています。

「ブンミおじさんの森」は、何といえばよいのか、すごく不思議な映像体験でした。自分の中では、ブンミおじさんて沖縄のキムジナーみたいな人?と勝手に想像してたのだけど、そうではなく、家の中で(!)透析を行う重病の人だった。木々で埋め尽くされる森の映像も、思ったより緑が濃くなくて、これこそアジアの森なのかも、と思った。淡々と過ぎる日常の中に、亡き妻の幽霊や、行方不明となり毛むくじゃらの森の猿の精霊となって帰ってきた息子があらわれるのだが、それも当然のことのように受け入れられる。現実にはあり得ない…でも、その現実って何だろう?最後にはブンミおじさんも亡くなってしまうし、死の影がずっと漂ってはいるけど、すべてがナチュラルなのは、人と動物の垣根を越えた「転生」がこの作品のテーマだからなのでしょう。随所にタイ独特の文化や風習が見られるのも興味深いし、最後は、森と程遠い街の食堂のシーンで終わるのもシュール。

続けて、自選短編集も鑑賞。どれも20分以内の短いプログラムでしたが、アピチャッポンは映画監督というより映像アーティストだなと感じました。「音」にもすごくこだわっていたようで、水の音、風で木がざわめく音、が映像の主役でもありました。ブンミおじさんともつながる、死者を弔う行事を再現した作品は、感じ入るものがありました。

理解する、とかじゃなく感じる映像、ぜひ他の作品も見てみたいです。アピチャッポンの映画の上映は5月11日(金)まで。出町座、これからも通うぞ! 

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ありがとう、立誠小学校

2017-10-08 | 映画

 

京都・高瀬川沿いにある元・立誠小学校。学校としては2013年に閉校された後も、文化発信の場としていろいろなイベントが開催されてきました。私もここで、レッジョエミリアや、ウィリアム・ケントリッジなど、すっごく興奮する体験をすることができました。古い小学校の校舎というシチュエーションと相俟って、とても思い出深いです。

ここが改修され、新しい施設に生まれ変わることとなり、最後のイベントが行われていたので出かけてきました。通わせていただいた立誠シネマの最終日には行くことができなかったので、もう一度訪ねることができて良かったです。

RISSEI PROM PARTY」、学園祭(プロムパーティ)をテーマに、映画・ライブ・マーケットが集まった楽しいイベント。ひとつひとつの教室では、中古レコード屋さんや個性的な本屋さん、手づくり作家さんたちが店を並べていました。本屋さんでは珍しい古い本がいっぱいあって、ホント見ていて飽きなかったです。

そして講堂では、ライブ&映画の上映。私が見たのは、山下敦弘監督の「リンダ リンダ リンダ」。2005年、もう12年も前の作品です。山下監督の作品はとても興味がありながらご縁がなく、当時「リンダ リンダ リンダ」も見逃しました。え、ペ・ドゥナちゃんが出てるの?ってのも興味あったのだけど。

学校の講堂に、靴脱いで入って、パイプ椅子座って、本当に「学園祭」感、満載!映画の前には、ふたつのバンドが演奏。若いメンバーが楽しそうに演奏し歌う姿はいいなあ…、彼らにとって音楽とはどんな存在なんだろうな…などとぼんやり思ったり。

そしていよいよ映画のスタート!スクリーンが設置されているのは、講堂の舞台上、映像の光で照らされています。それが、この映画に絶大な効果をもたらしました!この映画の中で、女子高生たちが学園祭で講堂の舞台上でバンド演奏をするのだけど、シチュエーションが重なって、本当にその舞台でドラマが繰り広げられている感覚に陥ります。ペ・ドゥナちゃんが、ライブのひとりリハをしている場面では、本当に立誠小学校の講堂の舞台に立っているようで興奮しました。

映画の終了後には、山下監督とこの映画上映を企画した、立誠シネマの支配人だった田中さんが登場!この講堂の二重写しは、田中さんがまさに狙ってのことでした。ペ・ドゥナちゃんの起用の経緯なども聞けて楽しかったです。

「リンダ リンダ リンダ」という作品、まるで絵画のようだな、と思いました。いや、決して絵のように視覚的とか、そういう意味ではなく、まるごと状態をとらえているという意味で。アフタートークでも語られていましたが、この映画は、誰の何の解決も描かれていません。特に激しい感情の動きや変化があるわけでもない。

でも、今ここの、その時だけの、気持ちのゆらぎと、後から抱きしめたくなるような、そんな数日間がまるごと描かれている。その中で、音楽がとても重要な要素なのだから、それをまるごととらえられるのは、映画しかない。50代にとっても「なつかしい」とかではなく、普遍的な静かな感動をもたらす、映画の素晴らしさをかみしめる、そんなすてきな作品だと思いました。

「RISSEI PROM PARTY」は、明日9日(月祝)まで。明日も映画上映がありますよ!

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矢野顕子 主演 『SUPER FOLK SONG~ピアノが愛した女。』

2017-01-15 | 映画

 SUPER FOLK SONG~ピアノが愛した女~ [DVD]

この映画が1992年に上映されてから25年、このたびデジタル・リマスター版として劇場で上映されている。私が矢野顕子というミュージシャンの虜になったのは、このアルバムと映画が始まりだった。もちろん、映像(当時はビデオ後にDVD)として入手できるので、全く25年ぶりということはなかったのだけど、鮮明になった音と映像を大きなスクリーンで体験できて、感慨深かった。

幼い頃から10年くらいピアノを続けてきて、それほど上手くなかったけど大好きで、大人になって少しジャズピアノなんかをかじってみた私に、アッコちゃんのピアノは衝撃的だった。ピアノが奏でる音と声が一体となったインプロヴィゼーションが、何て何て自由で創造的で美しいんだ!!と。それがまさに生まれる現場を目撃したのが、この映画だったのだ。

映画の中のアッコちゃんは当時30代、瑞々しくて若いエネルギーにあふれている。20代の私から見ると大人の女性だったけど、その感覚は今見ても感じるなあ…。ピアノと歌の弾き語り一発録り、絶対つながないという頑固なまでの決意。失敗しても失敗しても、絶対できるという信念のもと、演奏し続ける。冒頭に、カメラの音が入ってるんじゃ?と映像クルーとのやり取りがあったから、ひとりのアーティストと録音スタッフ、そして映像スタッフとが、どちらかというと火花を散らして格闘しているような印象を受けるのだ。そんな緊張感の中でも、アッコちゃんは、アッコちゃんの演奏は自由で伸びやか。

当時は、このアルバムを本当に聞き込んでいたので、映画の中に出てくるのが、OKテイクかそうじゃないかが判別できる。そしてOKテイクは、それのみを目指していたわけではなく、山のように生れ出た素晴らしい演奏が、奇跡のように結実した珠玉の一曲だったことがわかる。満足のいく演奏が出来たときのアッコちゃんの表情の素敵なこと!

このほど発売された矢野顕子の特集が組まれている「ユリイカ」では、エンジニアの吉野金次さんのインタビューが載っていて、この映画は録音の現場にそっと寄り添った作品というより、アッコちゃんもとてもノリノリで、撮影の支障にならないよう(顔を隠さないとか)吉野さんがマイクを苦労して選び、どちらかというと映画に主導権を取られていた、という話は意外でもあり興味深かった。

アッコちゃんに魅せられて25年。立ち止まることなく進化し続けている彼女の音楽に励まされて、私自身の25年も積み重ねられている気がする。こんなにも素晴らしいアーティストと同じ時代を生き、ライブに音楽が生まれる瞬間を目撃できることを、本当に幸せだと感じるのである。

 ユリイカ 2017年2月臨時増刊号 総特集◎矢野顕子 

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映画『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』@立誠シネマ

2016-01-18 | 映画

 

楽しみにしていた映画鑑賞に、やっと行ってまいりました。場所は、立誠シネマ、木屋町通に面する元・立誠小学校を活用してさまざまな話題の映画を上映しています。以前、大興奮だったウィリアム・ケントリッジの展覧会が開催された場所でもあります。なんだか不思議な時間と空気が流れている場所。

これは、ある意味、異色の映画でした。ドキュメンタリーの主役であるはずのアーティスト内藤礼さんは、わずかなお姿と少しの声のみの登場で、まつわるエピソードも前半だけ。そして後半には、5人のさまざまな事情をかかえる女性たちが登場し、豊島美術館で一緒に時を過ごします。ナレーションは、監督ご本人の中村佑子さん。

これらをつなぐものが、「母型」。瀬戸内海に浮かぶ島、豊島につくられた白いドームのような豊島美術館。建築は、SANAAのメンバーである西沢立衛さん。この建物には開口部があり、そこからは自然の光や風、雨が吹き込みます。この中で展開されているのが、内藤礼さんの作品「母型」。床のそこここから水が湧き出て、小さな美しい粒となってころがる…。

この美術館できたのは2010年。そのとき開催された瀬戸内国際芸術祭に出かけたのだけれど、豊島美術館はあまりの混雑ぶりに立ち寄ることができませんでした。(そのときの豊島の様子はこちら) それ以降、訪ねるチャンスがないのですが、やはりこの美術館に行ったことのある人ない人では、映画の感じ方がずいぶん違うかもしれません。建物の内外の境目のない感じ、床の質感、空気の匂い、音の聞こえ方…。そんなものが映画体験をよりいっそう豊かにし、そこに集った女性たちの心情に共感できるのではないでしょうか…。

内藤礼さんは、ずっと昔から気になっている作家です。1991年、佐賀町エキジビットスペースで展開された「地上にひとつの場所を」を見に行ったことは、今ではかなりの貴重な体験です。天幕のような空間に入っていくときの密やかなドキドキ感、靴を脱いであがった柔らかな布の感触を、今でも覚えています。そこに展開されていた小さくてはかなげなものたちと淡い光を、息をのんで見つめた、その体験自体が作品であったのだと感じます。

それから、直島で作品を見て以来、内藤礼さんのお名前を聞くことは、本当にまれでした。2009年の鎌近(もうすぐ終わってしまいますね…)の展覧会は、ホント行きたかったな~。露出も少ないので、かなり謎に包まれたアーティストという印象です。そういう意味では、この映画は、内藤さんをよく表現しているといえます。

それでも中村監督が、長い時間をかけて内藤礼さんと信頼関係を築いていった暖かい軌跡がうかがえました。そのような関係性のもと、監督の個人的な体験が語られ、登場する女性たちの心情が織り成した、私家集のようなドキュメンタリーでした。個人的には、一番若い中学生の女の子の表情や言葉が、グッときたなあ。豊島美術館の中での映像は、本当に美しかったです。

今年は、瀬戸内国際芸術祭の年ですね。豊島美術館、ぜひ行きたい!でもどうなんでしょう、あの映画のように静謐な時間を体験できるものなのでしょうか??

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フリーダ・カーロの遺品 ―石内都、織るように

2015-11-26 | 映画

 

この映画のことをTwitterで知ってから、もうずいぶんと時間がたった気がします。ようやく京都シネマで上映が始まり、見に行ってきました。

私を惹きつけたのは、石内都さんの写真、フリーダ・カーロ、そしてメキシコ。以前の記事にも書いたように、若い頃(20世紀の終わり頃)はよく海外旅行に出かけていたのですが、一番感動したのがメキシコ!フリーダの「青い家」も、もちろん訪ねました。彼女のおびただしい遺品の封印が解かれたのは2004年とのことなので、私が訪ねたときは、まだバスルームに眠っていたということか…。

訪ねたときの天気が晴れだったのかは記憶が定かではないのですが、きょう見た映画の中にあふれていた光が、そこには確かにあったように思います。

フリーダには、まず彼女の作品に出会ってしまうと、ずいぶんと痛ましい気持が先に立ってしまいます。そして、彼女の人生について知ると、なおさら。ところが、今回、この映画関連で流れてきたTLの写真には、ずいぶんと闊達な、これまでのイメージとは違う魅力的なフリーダがいました。なるほど~、いろんな男性が彼女に魅かれたのもわかる!

現代日本を代表する写真家・石内都さんは、「Mother's」の母の口紅や「ひろしま」の被曝された方の衣服など、持ち主の魂が立ち昇るような美しい写真が印象的。フリーダの遺品を撮影するのに、これほどふさわしい写真家はいなかったでしょう。

撮影の過程で、最初は博物館のスタッフにフリーダの遺品を触らせてもらえなかった石内さん、そのうちご自身が手袋はめてフリーダの衣装をパンパン叩いて整えたりして、日を追うごとに信頼が築かれていった様子が見てとれました。それは、石内さんとフリーダの遺品との距離が縮まっていった過程でもあったのだと思います。親子三代にわたって受け継がれるメキシコの伝統的な衣裳について、「日本の着物も同じ!」という嬉しい共感の声をあげたり。本当に素敵な撮影風景でした。

映画の最後の方で、撮影された写真が、2013年「パリ・フォト」で発表された様子が映し出されていました。ここで初めて作品となった写真を目にすることに。石内さんの手に(目に?)かかると、こんな風に写し出されるのか!という驚き。フリーダ・カーロという女性の強さが、滲み出ているような気がしました。

このパリ・フォトでのインタビュー、それから映画の前半にあった「青い家」を訪ねてきた観客へのインタビュー、それぞれにアーティストや作品に対する共鳴があって、それが二人のアーティストを通じて大きく振幅しているように感じました。

メキシコ、特にオアハカ地方は、美しい刺繍が施された衣装をはじめ、先住民の伝統が色濃く残る独特な風土。映画の中で、日本のお盆のような「死者の日」のお祭りの様子が映し出されていたのですが、花で飾られ、たくさんの蝋燭の灯されたお墓に、家族が一晩中寄り添い、話をしたり、写真を見たり、静かに悼んだり…。すごく心が震えるような美しい情景だなあと感動しました。自分が死んだら、あのように弔われたら嬉しいなあ…。

あのメキシコの明るい光と、「青い家」の壁の青の美しさが、まだ目に残っているような気がします。しばらく余韻を楽しみたいな、と思います。

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映画 『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』

2015-03-04 | 映画

 

もう3月、だんだんと暖かくなってきているのを感じますね。さて、今年初めての映画はコレ、ずっと見たいと思っていました。出かけたのは「京都シネマ」。きょうはたまたま1100円均一デーだったので(ラッキー!)、老若男女のお客様でいっぱいでした。

ロンドン、ナショナル・ギャラリーは、私の長きにわたる美術鑑賞人生の中で、そのオープニングを飾る金字塔の美術館であります。就職して初めての海外旅行でナショナル・ギャラリーを訪ねた私は、「絵を見ることの楽しさ」を心底実感したのでした。ルーブルのような1日でまわり切れないほど広くはなく、中世から近代までの名品を堪能できる素晴らしい美術館です。

そのナショナル・ギャラリーをアメリカの名匠フレデリック・ワイズマン監督が静かな視線でじっと追い続けたドキュメンタリー。な、なんと3時間の長丁場!その間、音楽もなければナレーションも説明もキャプションもなく、ただただ美術館の作品、観客、さまざまな仕事に従事するスタッフが写し出されます。

印象的なショットは、絵画の中の登場人物の顔と、作品をさまざまな表情で見つめる観客の顔とが、交互に写し出されていくところ。美術館では毎日、無数のこのような対面が生まれているんだね。観客の表情から、何かしら心を動かされているのが窺えます。

シーンとして多く取り上げられているのは、美術館のスタッフが、観客に対して作品のガイドを行っているところ。意外だったのは、作家の時代背景や技法などより、描かれている主題や登場人物の心情なんかを、分析して論理的に述べていることの方が多かったこと。やはり聖書の知識などは、双方のバックグラウンドとしてあるんだな、と思いました。「感想」よりは「分析」だな。けっこう理屈っぽくて聞きにくいようにも感じましたが、観客の皆さんは興味深そうでした。

このガイドは、例えば中高生や小さな子供にも。ひとつの作品を深く掘り下げるタイプの解説でした。けっこう声も響いていたし、ガヤガヤしてて館内は決して「し~ッ!」みたいな雰囲気ではなかったな。

印象的な話がいくつかありました。まず、絵画へのライティングについて。描かれた時代には、電灯で一律に照らされることなんて想定してなかった。その作品が置かれる場所に合わせて、どの方向から実際に光が当たるかを勘案しながら、画面の光の強弱を描いていたそうです。

それから、修復について。今現在行っている修復は、将来的には元の姿に戻せるようにしているそうです。今現在、過去の修復をやり直す場合もあるし、今の修復は今、ベストと判断しているに過ぎない、長い時間と労力をかけたって、わずか15分で元に戻せるんだよ、という担当者の言葉が印象的でした。

だいたいは美術館の展示室でのシーンでしたが、いくつか挟まれているスタッフのディスカッションの場面はおもしろかったです。マラソン大会にタイアップすることの是非について。知名度とイメージはあがるという意見に、美術館がスポーツにそぐうのか?金のために何でもやってると思われないか?という反論。メンバーの皆さんが、美術館のことをとても一生懸命考えていることが伝わるシーンで、興味深かったです。今回の映画の話は、すんなり決まったのかしらん??

それにしても美術館って改めて素敵な場所だ!と思いました。文化や芸術って、提供する側・提供される側、本当にいろいろな人の力の結集があってこそ守られ引き継がれていくもんなのだと確信します。しばし、この素晴らしい美術館の観客となって時間を過ごしたような気分でした。

京都シネマでまだ上映中。DVDが出たら欲しいな~。 

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世界一美しい本を作る男 ―シュタイデルとの旅―

2013-10-31 | 映画

ついに大阪で上映が始まったこの作品、12月に京都・みなみ会館でもやるらしいのですが、やっぱりガマンできなくて、見に行っちゃいました。

「本」って大好きなんですよー!用の美といったらいいのでしょうか?決まっている形なんだけど、無限の可能性を秘めている、中味もひっくるめての総合芸術だと思うんですよねーー。こんなアタシが見ずにおれましょうか、この映画!

ドイツの小さな出版社を経営するゲルハルト・シュタイデル。彼は世界の多くのアーティストから絶大な信頼を受け、彼らとともにまさに“作品”といえる本をつくり出しています。依頼主とは直接会って打ち合わせすることをモットーに、ロス、ニューヨーク、カタール、パリ…と全世界を飛び回る。それが彼の日常であり、その非日常的な日常を淡々と追いかけたドキュメンタリー。

シュタイデルが依頼主のアーティストと制作の段階で交わす会話が、ものすごくエキサイティング!相手はアーティストだけど、いいものを作る信念のもと、自分のアイデアも積極的に伝え、押すとこは押し、委ねるとこは委ねるという、そのさじ加減が誠に素晴らしい。ニューヨークの写真家、ジョエル・スタンフェルドと「iDubai」という本の装丁を決めていく過程は、ホントおもしろくて、ワクワク興奮しましたヨ。あの本、手に取ってみたいな~。

また、ノーベル賞作家、ギュンター・グラスに、「ブリキの太鼓」50周年記念の本のタイトルを筆文字で書かせる場面では、その書きぶりをすごく冷静で厳しい目で見ていて、それでいて最後に自分の名前も書かせたりして、作家との信頼関係の強さと彼のおちゃめぶりも垣間見た気がしました。

いつも白い上っ張りを着ていてセカセカと休みなく働くさまは職人らしいのだけど、依頼主たちと交わす会話、本についてのコメントのひとつひとつはまさに芸術家が語る珠玉の言葉。五感で味わう形、紙の手触り、型押しの窪み、色味、そして紙とインクの匂い…。電子書籍なんかには替えられない、「本」の存在感がそこにある。

小さくて素敵なパンフレットも購入。そこに載っていたゲレオン・ヴェツェル&ヨルグ・アドルフ監督のプロダクションノートによると、シュタイデルは印刷所での仕事も打ち合わせの旅も好きなだけ撮ってくれたらいい、と言ったそうです。思うに、監督さんらはあまり「本」への思い入れはなかったのではないかな?もし本フェチなら、もっと本を美しく撮ることも考えたと思うんですよね~。それはあまりなかった。あくまでも美しい本をつくるシュタイデルという人物が描かれているのだと思いました。

シュタイデルの本、この映画の上映に合わせて特集を組んでいる書店もあるようです。ぜひぜひ、いろいろな本を手にとって見てみたいものです。

梅田ガーデンシネマで、11/8(金)まで上映です。う~ん、京都も行っちゃうかも!!

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「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの」

2013-08-09 | 映画

前作の「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」を見てから、何と!もう2年半もたっていました。前作が上映された頃から、次の作品の予告がされていましたので、本当に今か今かと待っていました。いよいよ京都での上映だ!場所は、いつも素敵な映画を見せてくれる「京都シネマ」です。

物語は、ふたりがコツコツと集めてきた膨大な現代アート・コレクション、ワシントンのナショナルギャラリーに寄贈されることになったのだけれど、それでも到底おさまりきらない!!ってことで、急遽、全米50州の美術館に50作品ずつ、計2500点を寄贈するプロジェクトがスタートし、彼らのコレクションを、それぞれの美術館がどのように受け止め、観客がどのように鑑賞したか、そのいくつかの美術館を夫婦が訪ねるシーンも交えながら紹介される、というものだ。

映画が始まって、最もショックを受けたのは、ハーブ(旦那さん)があまりに年を取っていて、なんだかとても生命の灯が小さくなってしまっていたこと…。前作で、鋭い眼差しで作品を見つめ、的確な言葉で作品を評していたハーブの姿がとっても印象的で、このコレクションは彼がいたからこそだな~と思っていただけに、とても残念に思いました。人は老いるものだ…とわかっていても。

このプロジェクトは、斬新なアイデアで、寄贈された美術館にもとても歓迎されたと思うけど、やはりコレクションを分割するということには、さまざまな葛藤があったようです。ハーブも最初は反対だったそう。そして彼らが親しくつきあってきたアーティスト、リチャード・タトルもコレクションを分かつことに納得がいかず、関係が断たれてしまっていたのですが、映画の中のトークショーで同席した夫婦と仲直り。この時ばかりは、ハーブの眼に光が灯り、タトルをじっと見つめていて、感動して涙が出そうになりました。

それにしても、アメリカってやっぱり広大な国ですよね~。美術館のまわりの環境も、都会あり、大自然あり、寒そうだったり、あったかそうだったり…。すべての美術館で彼らのコレクションが大切に保管され、展示され、地域のお客様に愛されることを願わずにはいられません。子どもたちがヘンテコな作品をくりくりの興味深げな眼差しで見つめるのは何ともいえずかわいらしく微笑ましかったです。

さて、本作は、以前JRの展覧会の記事でもご紹介した、「クラウドファンディング」(motion gallery)で資金を集め、上映が実現したもの。何と!900人あまりの支援で1400万円を調達。多分そのおかげで、ドロシーも来日できたんだと思う。もちろん、協力しましたヨ。パンフレットにも小さくだけど、名前がのりました。そして!実は前作のDVDに加え、本作のDVDももらっていたんですね~。でも最初に映画館で見よう!っと思って見ずにとってあったんです。本作では、夫婦が寄贈したたくさんの作品も紹介されているんだけど、一瞬だったので、またDVDでじっくり見るのだ~!

ハーブの死によって、ドロシーはコレクションの終結を宣言しました。二人は伝説になるんだね。こんな素敵な夫婦の存在を知ることが出来て、本当に嬉しい。監督の佐々木芽生さんには、大きな感謝の意を捧げたいと思います。8/16(金)まで上映。

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ミリキタニの猫

2013-07-05 | 映画

京都の立命館大学国際平和ミュージアムで、「ジミー・ツトム・ミリキタニ回顧展」が開催されている。そう、映画「ミリキタニの猫」で取り上げられていた日系アメリカ人画家の作品展だ。見に行ってみたいけど、ちょっと日程的に無理かな~?昨年10月に92歳で亡くなられたことを知ったのはつい最近だった。

映画「ミリキタニの猫」はすごく良かった。その年の映画マイ・ベスト1に輝いたくらい。ミリキタニさんも、この映画のおかげでずいぶんと人生に変化が訪れ、苦労もされたけどいい人生を終えられたんじゃないかな。当時、レビューを書いていたのでここで紹介いたします。

 

『ミリキタニの猫』 (2008年/監督:リンダ・ハッテンドーフ / アメリカ)

ニューヨークの路上アーティスト、日系アメリカ人であるジミー・ミリキタニを、アメリカの女性監督リンダが追ったドキュメンタリー。

2001年、ミリキタニは80歳。韓国人が経営するデリの軒先で路上生活をしながら絵を描き続けている。寒い最中、毛布をかぶり「平気だ」と言う。背中も曲がってこのままのたれ死んでしまうんじゃあ、と思ってしまうほど。

彼にとっての転機は、9.11。騒然とするニューヨークの路上で平然と絵を描くミリキタニを、この女性監督が「家にこないか」と誘うのだ。

監督とはいいながら、彼女は立派に重要な登場人物だ。ミリキタニと彼女の会話がいい。互いに気兼ねも気負いもやさしさの押し付けもなく。本当に昔から分かり合えている親戚同士?のよう。ついこの間出会ったばかりなのに。

だんだん、ミリキタニが居候なのに偉そうになっていき、リンダがいらつくもんだから観ているこちらはハラハラ。でもそんなことはたわいもないエピソードだ。

アーティストとして兵隊になることを拒否し、広島からアメリカに戻ってきた(元々カリフォルニア生まれ)彼は、戦争によって日系人収容所に入れられ、姉とも生き別れ、つらい体験をしてきた。日本の芸術を広げるという大きな夢を持っていたのに、市民権を棄てることまで強要され、彼は以来アメリカを憎み続けている。社会保障だって受ける気は、さらさらないのだ。9.11によりアラブ系への風当たりが強くなるのを、ミリキタニは苦い思いで見つめる。彼のそんなアメリカに対する罵倒を、本当にナチュラルに受け止めるリンダが、なんというか、スゴイ。

そして、リンダの尽力により、ミリキタニは市民権を回復していたことがわかる。年金を支給され、住むところも見つかった。頼まれて絵を教えたりもするようになった。ミリキタニは、だんだんキレイで表情が豊かなおじいさんへと変わっていく。

生き別れた姉も見つかり電話で話す。久しぶりの日本語なのか、言葉が出てこない。素っ気ない会話のようで実は感動に満ちている。電話を切ってから会話の様子をリンダに伝えるのに、興奮してもう日本語が止まらない…。

最後のシーンは、ミリキタニが60年ぶりにかつて送られた収容所を訪ねる。そこで亡くなった、かわいがっていた少年を弔い、いつも描いていた山を再び描く。彼の心の重いものが少しずつ浄化されていくのがわかる。表情は晴れやかだ。

エンディングでは、お姉さんと再会でき、さらにHPを見ると、広島への帰郷も果たしたとのこと。なんだか壮絶な人生ではあるが、ハッピーエンドで本当によかった。そうそう、猫はもちろんこの映画にピリリと効いてます!

(2008年3月 滋賀会館シネマホールで鑑賞。なつかしいな~) 

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映画「希望の国」(監督:園子温)

2013-01-24 | 映画
いよいよ、園子温監督の「希望の国」を見に行く。朝一番のシネコン、チケット売場は混雑していたけれど、「希望の国」の観客はたった4人でした…。
それでもシネコンでやる心意気!こんなに大勢の人が見るべき映画なのに!

鑑賞者が口ぐちに言うように、タイトルにあるような「希望」があふれた映画では、全くない…。
舞台はいかにも福島県を思わせる長島県、設定は福島の後の話だ。地震が起こって、原発に近い村の人々が強制退去させられる。
前半は、庭の真ん中に杭を打たれた主人公の小野家、隣の鈴木さんは避難したのに、こちらは20キロ圏外で避難の対象でないという、いわゆるお役所のやることの理不尽さに翻弄される家族が描かれる。将来を思って避難を決意する息子夫婦と生まれ育った家を離れない決意をする親夫婦。
中盤は、妊娠がわかった息子夫婦が、生まれてくる子どものために、放射能という目には見えないけれど闘いを挑んでくる恐ろしいものに立ち向かう姿が、デフォルメされて描かれる。彼らのセリフには、最初はすごく神経質だったのに、時間がたつとそのリスクを忘れてしまう世間への批判がたっぷり込められている。
そしてクライマックスの終盤には、打たれた杭は、実は人々の平穏な生活に、幸せであるべき人生に、突然打ち込まれたものであることをひしひしと感じさせられるのだ。

目に見えない放射能への恐怖を誰も非難はできない。でも今ここで、人は牛は花は木は、こうして生きている。この場所を離れることはできない…。

そうするしかなかったのか…という苦い思いと、そこにあふれる親子の愛に思わず泣けてくる。

見終わって、この映画は「愛の映画」だと思った。重いテーマと、重苦しいストーリーに絡められながら、登場する親夫婦、息子夫婦、鈴木さんの息子カップル、3組の男女はそれぞれの接し方で、パートナーを心から愛している姿がキラキラと映し出されていた。特に夏八木勲演じる夫と大谷直子演じる認知症の妻、この夫婦のやり取りは全部ステキだった。あの雪の中のおんぶのシーンの美しかったこと!あの夫婦の姿は絶望のなかの「救い」だった。

初見の園子温監督作品、いろいろな批評もあるようだけど、監督が福島と全身で向き合った作品であると、私は思いました。そしてこれはフィクションにとどまらず、今ここにある現実が映し出されていることを受け止めなければならない、と感じています。

sa
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