歌わない時間

言葉と音楽について、思うところをだらだらと。お暇な方はおつきあいを。

吉村昭『帽子』

2008年05月20日 | 本とか雑誌とか
■吉村昭『帽子』中公文庫、本体590円、2003.09.25,初版。読了。元本は1978.09刊。

■吉村昭って読んだ憶えがないんですよねえ。この本だいぶ前に買っておいたものなんですが、どういうきっかけで買ったのかなあ。もしかしたら昔の「日曜名作座」で聴いて、買う気になったのかもしれない。そう思うといかにも「日曜名作座」でやりそうな短篇が並んでます。ドラマティックな事件が起こるわけではありません。人生っていうのはさびしいもんですよ、と、ふた昔前の中年男の目線で語りかけてくる。

■表題作は癌で死んでいく妻のために帽子を買い続ける男の話。それから次の「買い物籠」。東北の中学を出て、家が貧しいという理由で、東京の開業医の家に家事見習いとして住み込んで夜間の定時制の高校に通う娘。その娘は気立てはいいけど素行が悪くて、けっきょく里に追い返されてしまう。その六年後、娘は東京のバーで働いていて、そこでかの開業医と再会してしまうんですな。開業医は誘われるんですが、面倒になりそうだと中年男の勘が働いて、再会したもとお手伝いさんと関係を持つことを回避します。

■わたしは、離婚を決めた夫婦が最後の食事をする「朝食」という話がわりと好きだったな。お互いの心は冷えきっていて、男のほうが家を出ることで段取りもついているんですが、いざ別れるとなると、男も女もなんとなく面倒くさくなってるんですな。別れるにもエネルギーがいりますからね。その面倒くささと、そこはかとない未練と。