前項の
高倉健さんが
そのセリフは
倍賞千恵子さんに対して
失礼だって言って
倉本聡氏に
食い下がった件
◇
思い入れが過ぎて
役柄と女優個人が
渾然一体となって
区別できなくなっている
健さんが
じゃなくて
◇
その表現は
倍賞さんの人格に対して
ふさわしくないと
◇
武骨な
足りない言葉で
言ってるんだ
◇
◇
エベレストの
頂上へ登るのに
その道は
通らなくても
行けるはずだ
と
◇
◇
ビリー・ホリディの
伝記映画に
その女優が主演するとしたら
底辺から
立ち上がった
大歌手
ビリー・ホリディ
当然
その表現は
色々必要
◇
◇
だけど
『その道は通らなくて
いいんじゃないんすか』
と健さんは
食い下がったんだ
◇
あー
話ずれますが
そういう訳で
訳知りの姐さん
底辺を身をもって知っている
ビリー・ホリディ
◇
だけど
思い人
誰でしたか
レスター・ヤング?
彼の前に出ると
ビリーねえさん
少女のように
恥らったと
◇
◇
その道を
通ってくれと
言ってるのだなあ
『失礼じゃないすか!』
の言葉
◇
◇
確かに
今思えば
それを
踏み越えてまで
必要な
くすぐり
ギャグ、笑い取り
じゃなかった
◇
ほっとさせ場面
じゃなかった
◇
もっと
大きな場面
重要な
一言ならともかく
◇
意味は
次項にあります
◇
◇
役柄と俳優というのは
仕事として
なんでも表現します
なんでもこなせます
という
ものじゃ
ないのかも
知れないなあ
◇
脚本や
監督業の人間の
ちょっとした
思いつきでは
踏み込めない
そんげん
尊厳と書きたくない
それが
俳優
女優にはあると
いいたいんだ
ろうなあ
◇
健さん
足りないことば
ある思い
◇
ジレンマ
あったかなあ
◇
◇
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