自宅からワイナリーまで電車を通す/ヴィラデストへの道

はるかに仰ぎ見る丘の上のワイナリーに心の中で鉄道敷設をする話

木箱を開けるペチッという音がするたびに心の中で何かがはじけているようでは幸せは希めないゾ!

2007-02-28 07:01:12 | 出会ったワイン&ワイナリー

それでですね、ですから空想でウチの土蔵に1980年にケース買いした5大シャトーがあって忘れていた、というのがあればナー、という設定で、それ具体的に正確に選定してみようと思いました。

 でも設定ってある程度現実味がないと手ごたえがなくって、それを考えると「クルマ1台分」くらいかなー投資金額は。5大シャトー12ケースづつとか云うとなんか無意味ですよね。調べてみると80年当時もすでに高くってラフィット18000から30000円くらいだ。高い!ていうか今が案外上がってないみたいだ。こないだまでクレア誌でラフィットの「一応の」表示19800みたいな感じだったし。今年からは3万でも買えないみたいですけど。

 大体どうもコレクター心理があっていけません。コレクターってなんでも、すぐ使うやつと、永久保存するやつと、値段が上がったら売るやつと、同じもの3つ買って1セットですから。でも気前のいい人ってそんなの気にしないでワインの木箱ペキペキ開けて「ほら持ってけ、ホレ持ってけ」とドンドン渡してくれますよね。それこそ木箱の音がペチッというたびに「大切にしていた何かが心の中ではじける」ようではいけませんな、幸せはこないぞと思わずには居られません。

 あーあーあーいいですとも。ペチペチ開けましょう木箱。5大シャトーを80年と85年で。ボルドーのヴィンテージって2000、95、90、85って5年ごとキッチョリで良い年なんですよね確か?それで80じゃなくて82か83のどっちかがいいんですよね。でもまあいいや大体で。決まり良く80、85を1ケースづつでお願いします。決まりました。あと噂の76年も設定時点が80年なら買えるのかな。じゃあそれも1ケース。

 そしたらペチペチ木箱開けますから皆さん待っててください。虚しい。でもしょうがない。ネット通販で「20年寝かせておく時間のない人はお金をうんぬん」といっていた。ブウのねも出ないです。ブタのエーン。
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押入れからムートン!1989を発見!でもカデットそれはそうです。

2007-02-28 06:43:46 | 出会ったワイン&ワイナリー

 思いがけず押し入れでムートン・カデを発見!おおおウチにこんなのあったんだ、しっかり眠っていたらしく年号をみると1989!やったね、年代ものじゃん。でもカデットクラスの年代ものってどうなんでしょー。1500円って。それに押入れだし。うーん日本の蒸夏を18回?すごしていますねー?「酢」かな?どんなもんでしょー。

 しかも白ですね。今は赤のがよかったですが。うーうまくトロンになってくれてるといいですが。「そうはいくか」と「ウチの敷地内にいる全ての心あるもの」がそう言っているような気がする。

 こないだ私が1980年に買ってずーつと戸棚にいれておいたチョコレートリキュールの「モーツァルト」が、捨てよう捨てようと思ってそのつど面倒くさくて放っておいたモーツァルトがおっかなびっくり飲んでみたらホントにトロンにトロトロなっていて美味しかったという事があって、封は切ってあったんですけどねえ、それで27年。買った当時のキツイなじめない感じがすっかりなくなっていたですから。だからカデットもつい期待してしまうですがはて。

 でもリキュールとワインですからねえ。もとからドロリとしていたチョコレートリキュールと繊細微妙で「デリケット」なワインとでは全然違うし、なにせ日本の蒸し熱夏18回ですもんねえ。やっぱり「ス」だ「ス」。「そうだろう、そうだろう」と云う「近隣中の心あるものたち]の言うのが聞こえます。はて残念。

 この頃しょうむない空想で、ウチのドゾーに1980年に買っておいたボルドー5大シャトーが1ケースづつとか買ってあって忘れていたのがあればいいなー、と考えたりします。1980年を2ダースづつと1985年が1ダースづつくらいがいいなーと。それからちょっと飲むのによいバラで198?年とかバラバラっとあればいいなーと。あとペトリュスとかオーゾンヌとか数本ボルドー右岸ですとか、だんだん欲深くなっております。でもそしたら、ヴィンテージのそのワイン、ヴィラデスト玉御主人にも奥さま妹さまにも、ウッブマスターねえさん方にも、スタッフ方にも、私の同級生の桜新米さんにもバロンNさんにもお配りしますのに、それを考えるとあー残念。
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コレコレ、このモルゲンシェテルン山

2007-02-27 05:29:43 | ヴィラデストワイナリー

 これこのモルゲンシュテルン山。モルゲン君はただ今ノルディック世界大会で札幌に来てらっしゃいます。個人ラージヒルではメダル取れなかったようですが、団体戦ではレベルの高い選手が揃ったオーストリアチームを率いて余裕の金メダル。しっかり最終大トリの大ジャンプを決めました。

 ラージヒル個人は見てなかったですがいい試合だったらしいですね。2回目ラスト6人のところまで来て、登場選手が次々と1位に出る大ジャンプ130m超。モルゲン君も6人中2番目に登場しアホネン大選手超えの131.5m。その後惜しくも後の選手にぬかれ5位ぐらいだったみたいですが、まあしっかり健在ってところが嬉しいです。

 ジャンプってほんとに強さの維持がキツイみたいだから。今回の金メダルでトリノの1個前の冬季五輪でも金2個のアマン選手にしてもその1コ前の五輪から「度重なるルール改正について行けず」苦難の日々で、今回やっとギリギリまにあった復活劇だったそうですから、例の「燃え尽き症候群」のハンナバルト君のこともあるし、つくづくこちら側で色々言っちゃいけないと思いました。

 モルゲンシュテルン君、まだ19才!。新たに現れたシュリーレンツァウアー君17才!。良い名前だなーまたヴィラデスト・ガーデンの周りのお山さがして名前つけよう。
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でっかいデンマーク人という名前の犬と現代のT・レックス!!

2007-02-27 03:39:03 | 麻衣ハートりんご

 それでそのムーミンやはい虫ちゃんはスウェーデン語をしゃべる訳ですけど、スウェーデンも「デン」がつくからデーン人の一種で、それでクレートデーンの犬!を思い出しました。

 昔、板橋にいたときに川越街道が大きく坂でうねっていて、そのいくつもの頂上に300ミリ以上の超望遠レンズで写真をとるのにぴったりの「背景引き付け効果の場所」があって、そこに時々現れるでっかい犬!それがグレートデンでした。明らかにサイズが辺りの常識と違う。それで白黒のブチという事もあって皆で「牛犬」と呼んでました。あんまりぴったりフォトジェニックだったので印象に残ってます。

 そしたら今いるこの村にも牛犬は居て、最初クルマですれちがった時には「おお!」と振り向いてターンして探したくらいでした。追跡!郵便局近くで発見してウチのそばの橋をすぎてセブンイレブンへ曲がったところで再発見したりしました。それ小柄な女の子が一人でひいていたのですけどちょっと心配。どういうもんでしょう。

 それでそのでかいデーン人の名前の犬、はともかくウチの隣組にいたラブラドール、これも充分でかい。優しいですけど。さらに畑の向こう隣にも当時ダルメシアンがいてこれもけっこうでかい。あの時私は風体怪しく犬にワンワン吠えられる人生がやや終わり、近所に5匹、6匹と友だち犬が出来た頃で、このデカダルメシアンとも仲良くなってオリに手をいれてナデナデして遊びました。しかし今考えるととういか、そうじゃなくてこの犬はメスだったんですね。だから優しかったんだダルメシアンの場合。今考えると。

 だからメスだったから、じゃあと言うんで飼い主がオスも連れてきてオリに入れたわけですよ、そしたらこれが気が荒い、いやはやオスは凄い。乱暴というか狼藉というか良く言うとパワー全開!ワイドオープン!。大体ふたまわりデカイし前足でオリの柵とか潅木とかなぎ倒しそう。グワルグワル云って暴れてました。友達になんかなるどころじゃなかった。

 それで思いました/空想の世界/あの時少し先にあるお寺の名前の付いた池のはたでティラノサウルス・レックスに出くわした時助かったのは、あれはきっとメスだったからだなあ。こちらを一瞥してグワルルと喉を鳴らしただけで去っていった。あれきっと「おなかすいてるけど、あんなちさいの食ってもしょうがないわ、どうせちょこまかするし今夜はおなかすいたまま寝たほうがいいわよ」ぐらいの事だっただろう。
 これがもしオスだったら私は助かっていない。ダルメシアンから類推するとですね。メスの12メートルよりでかいし16メートルだろうしきっと、第一オスはものを考えないから見付けたトタンにギュラルルオーとか云って向かってくるし、私は助からない。だってその場で「やーいパーカ」とか云えないですよね普通。だからやっぱり食われてますね、たとえちさくても。

 まあ実際はティラノサウルスはメスのがでかいらしいんですけど(12m)、どうしてもあのダルメシ・オスを見てましたらそう思えました。よしなに。
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そのムーミンに出てくる「はい虫」って何?

2007-02-27 02:49:12 | 工芸工房


 それでそのムーミンに「はい虫」って出てくるんですけど、それってなにですか?。虫って云うんだから虫なんですか?なんか文中挿絵では小さい小さいなんつうか縮尺の都合のあわないくらいの、ハリネズミとかそういうものみたいで出てくるですけど、でもそれ動物じゃなくて小さい地味な地味な女の子なんですけど。

 それって「冬の生き物たち」っていうらしいんです、どうやら。ムーミンは冬眠するのでぐっすりベッドで寝ていて、そうすると家のそこかしこからウゾウムゾウ冬のものたちがウゴウゴ出てきてそこいらでゴソガソ暮らしているらしいんですけど。

 それでなんかそのはい虫と冬の生き物の集まり?とかのトコロへスゴイ勢いのいい馬みたいな青年(みたいな生き物)が来て大声で話してその場の空気とか読めないで騒ぐのでみんなに嫌われていて総スカンで、でもしかしこのはい虫の女の子はこのうるさい青年(みたいな生き物)を「好もしい」と思ったというのですよ。おーそうなんだ、そういうものなんですか。よく出来たもので天の配剤でしょうか、これでカップル誕生ですよね。実際たしかはい虫ちゃんはこの青年(みたいなもの)とスキーで持ち運ばれて去っていくのですけど、確か。

 やっぱり地味で暗くて冬しか出てこれない毎日だと、明るくてはっきりした大きな声っていいですよね。魅力的だと思います。じゃあオダギリジョーもそういう声のでかい女性の方が救われるかも。転職で悩んでるのも、ちょうちょがとまる髪型もそれで収まるかも。今は幸せな「はい虫ちゃん」に聞いてみれば決心もつくと思います。
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ええっ!スナフキンて「ミー」の弟なんですかッ!!

2007-02-24 00:21:09 | びっくりすることばかりで

 考えもしなかった!まったく驚くことばかりで!。エエッ!?でもタバコ吸ってたぞ、いいのか?だってさ冬の間歩くし旅行するしギターとか弾くし、大人じゃなかったのかー。ウーン「ダヴィンチ誌05年12月号」によると。そりゃーつまり「原作との違い」という一言で済むんでしょうけど、でもねー考えもしなかったんですよそれ。まったくびっくりしましたよ。

 じゃあ、あのですね「ミー」って何歳なんだろ。行動力、動きのスピードからして10歳ぐらいを想定していたがでもサイズからいくと6歳でも可能かな、あの動作のスピードが出せればね。スナフキンはあの落ち着きぶりからして28歳ともいえるくらいだったが、まあ大学2年生ならあの位のことは言うからなあ。

 それに何?スナフキンの父ってなんか人間じゃないようなものだぞ。でもミムラ母さんとの子供だっていうから人間なのかなあ、スナフキン父。なんだかあそこの谷は何だか分らないね。ムーミン・トロールだって谷から出てスウェーデン郡?の町へ出た時人間に「カバがしゃべったぞ!」と言われていたし。やっぱり遺伝子をたどればカバなんだろうか。大きく言って。

 ジュゴンやマナティは元をたどれば、お鼻で分るように?象の仲間だそうです、アザラシゴマチャンが熊の仲間。それでクジラがカバの発達系だと教わりました。クジラはイルカもクジラ族であることからも分るように知能が高く、人間並みある面人間以上だそうですから、一族が谷に住んでスウェーデン語を話しても無理はないですね。

 まあともかく、みんななんでも作るとき強引だから時々びっくりします。マア、スナフキンたらパイプくわえちゃってミーに上から指図しちゃって、それ姉だぞ姉ッ!って言ってあげたいトコロです。
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エ”エ”ッ!ジョージ・ワシントンてカール大帝の子孫だったですか!

2007-02-22 02:32:49 | びっくりすることばかりで

 うわ!でもスゴイですそれ!考えもしなかった。神聖ローマ帝国!つかフランク王国ですか。大帝だから帝国ですか。あーびっくりした。

 でもそれ落ち着いてよくネット検索してみましたけど、どうも手ごたえがない、出所が限られているかんじ。どれくらいの事を云っているんだろう。それって、それでいえばわたくしだって藤原の不比等の子孫であるわけだし、それくらいの事かなあ。そうでないといいが。

 でもワシントンて大農場主・プランテーションの主人でありながら現金がない!なかった。というのは考えさせられます。アメリカ連邦軍総司令官の職は無報酬だったと書いてある。うわーボランティアですか。それは知らなかったです。

 それじゃ指揮権を議会に返還して農場に帰ったというのももっともかもしれません。ちゃんとワシントンの系図にカール大帝出てくればいいですのに。イギリス系だって書いてありましたが、たしかにワシング「トン」というのはイギリスの名前ですよね。昔ですがロッド・スチュアートの彼女がハッチントン嬢だったときにクラプトンの彼女は「オムスビー嬢」と言いましたっけ。よく話題になったものですけど。
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ハリー・ポッターのマトリョーシュカ

2007-02-22 01:57:08 | 妹様のゴーン!ゴマ様のゾーン!インプレ

 ヴィラデスト妹さまによります「妹のフーン」http://www.villadest.com/miscellanea/shimai/newest.html でおなじみでありますように、妹様はこのたびも「テーハンミンクグ」にお出かけになられました。かのヨン様が黒塗りのベントレーでお迎えに上がられるその打ち合わせに行かれたのでしょうか。ヴィラデスト・カフェー・新デッキ前の坂をベントレー車がしずしずと登られる姿が見えるようであります。

 さてこのたびあのハリーポッターが青年になった映画ができたそうです。私はかねてから心配していました。だってだんだん年取ってきちゃうから。悲しい事にすぐ大人になるんですよねえ少年は。だからここはね、新しく幼い年齢のいわば豆ポッターを採用してその子で映画を作ったらどうかと、ずっと思っていました。

 そしてポッター青年はね、豆ポッターが悪の校長?かなんかに襲われてピンチになったときに豆少年の振りかぶった手をガッシ!と握ってさえぎり、敵の校長をビシビシビシ!と倒して颯爽とした青年ぶりを見せる、というのがよかったではないでしょうか。ああなんとしっかりした上級生青年に育って、とファンの方々も感慨ひとしおでしょうに。

 それでさらに、こんどはポッター青年が敵の大総長に追い詰められてピンチになったときに今度はかの「ヨン様」が後ろから表れて傷ついたポッター青年をかばい大総長をビシバシビシ!とやっつけて立派な成年男性ぶりを見せる、というのがいいのではないでしょうか。あの実は私個人的にあのですね「ハリー・ポッター」と「ヨン様」の区別が!区別が、つかなくてですね、あー言っちゃった。なんだか妹様にワイン樽とか投げつけられそうですけど、でもそれいいと思うんだ。それだってこれでハリー・ポッターの大・中・豆!と揃ってマトリューシュカみたいですよね。去年のヴィラデスト・ワイナリー祭りで^^センセーションを巻き起こしたあのマトリューシュカみたいでほんとに良いと思うんです。

 でもまあ映画は出来ちゃったですけど。誰か考えてくれればよかったですのに。
思えばこの3点「ポッター少年」「ヨン様」「マトリューシュカ」と全部を熟知しているプロデューサーといえばまさに「ヴィラデスト妹様」でありましたですのに。
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この窓にあってよかったモルゲンシュテルン山

2007-02-20 23:23:54 | ヴィラデストワイナリー

 ヴィラデスト・カフェーに2006年度に新設された「トスカーナ指定席」のガーデン側にある窓。そこから見るモルゲンシュテルン山。
 この山のことを誰も言わないが、言わないですが、今までヴィラデストを訪れた数万人の人が誰も、何も言わなかったですが、それはおかしいです!ていうか数万人の方の言動その場で聞いていた訳じゃないですが、誰かは言ってたでしょうか、この窓にあってよかったですよねえ、この柔らかな三角。ああよかった。言った、言った、言った、これで言いましたから。

 モルゲンシュテルン君。ちょと名前長いですが「ピーター・ファンデンホーヘンバンド君」よりはましだと思います。

 ところでこのヴィラデスト・ガーデンをトトトトトと重力に背を押されて進んで行きますと、ブドウ畑から左手に千曲リバー対岸の台地が見えてまいりますが、この台地に私は名前をつけて「ハンナバルト台地」。
 ハンナバルト君。今回のモルゲン君と同じノルディック・ジャンプの選手ですけど丁度長野オリンピックの頃世界のダントツトップの選手で、若いハンサムな王子みたいな存在だったですけど、今はどうしたかな?と思ったら2005年?30歳で引退。悲しい事に「燃え尽き症候群」だったんですって。バーンアウトと書いてある。ああそうでしたかと「チャールズ・ラムの兄がなくなったのを知ったときの空想上のラムの子供たち」のような気持ち。

 苦労おおかったんだな、あんなに若くて光っていましたのに。大体当時どうも日本の冬季選手が頼りなく見えて、どうもなー、それに比べて例えばハンナバルト選手のあの素晴らしい事!あれこそが本当のオリンピック選手だ!と思ったりしましたが、でもそのハンナバルト選手が個人の金メダルは取れなかったりした訳ですから、ああ色々言っちゃいけないな、としみじみ思いました当時。

 でもそれであの、しかしですねハンナバルト選手はいまはテレビ解説者になりキチンとしていてこのたび赤ちゃんも生まれて、全然問題なく幸せだそうです。よかったですねー。それならモルゲン君もしんぺいない!きっとうまく行くでしょうまだ現役だけど。
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あやややや☆確かに白とこげ茶のシックな装いでお元気ですか

2007-02-16 00:06:51 | スタッフ日記インプレッション

 なんというコトでしょう!モー娘されたSさんがヴィラデスト・ホームページ・スタッフ日記 http://www.villadest.com/miscellanea/diary/newest.html に何ひとつ隠すことなく堂々と登場されて!いました。そしてとてもお幸せそうに。よかったなあ、きっと「Ma」さんがはるばるクルマでブウブウ会いに行ったんですね。そういえば前にSさん北アルプス回ってナオエツの方から行くのかと思ったらギフ方面の峠を越えて行くんだと言ってましたですね。ああそれはともかくゆったりとお幸せそうで。「私もおとうさん?」にはご挨拶したことがあるんですけどねえ。

 続いてスタッフ日記は更新順調で、ミウ、スミ両ねえさんが監督、主演を分けたコニファーと信孝さんの「ヴィラデストのジョニー・デップ」のZURORINさんの記事。てかZURORINさんはパイレーツ・オブ・カリビアンのモデルにデップがつれてきたキース・リチャーズみたいですね。黒い革のロングコートを着せて闊歩してもらいたいところです。

 それから最近つうか今日初めて見ましたがTVのCMで真っ白いゴマちゃんが氷の上で画面に対して90度に傾いてでできてそのうち目を閉じてねちゃうCMがありますね。どうか気をつけてみてみてください。生のウエッブマスターに会えるチャンス中々ないですから。

 それと画像はSさんが毎日カフェー各テーブルに飾っておられたプチ・グラスの作品です。2006年の6月初日みたいです。
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