自宅からワイナリーまで電車を通す/ヴィラデストへの道

はるかに仰ぎ見る丘の上のワイナリーに心の中で鉄道敷設をする話

おお!ジークフリートっぽいですか?絶対に仲道郁代ねえさんの方を見ないで仕事している

2013-02-28 22:57:00 | 私には分からないことばかりです



仲道郁代ピアニストの
親子が

ショパンのその時代の
ピアノ

『プレイエル』

を弾きに行く番組



再放送

また見ました



そのジークフリート君は
修理工房で



ここの位置で
働いています



もう
絶対振り返らないで

仲道ねえさんの
方見ない

って感じが
手に取るように
分かって

嬉しい



繊細な顔立ちに比べて



腕太い!

そりゃ
おもい鎧着て
でかい剣

振り回さなきゃ
ならないんだから

ていうか
この太さなら
出来るでしょう





これは
当時のプレイエル・ピアノ
で演奏活動してる方の家





こんな
ピアノほしいですよね



部屋にちょうどいい



例え
弾くのが

『ヘイ!ジュード』と
『涙あふれて』

 でも





こちらは
ショパンの原譜研究家
の方の持ちピアノ



今のペダルより
ずっと響きが多く

それで仲道氏が
疑問に思ってた

ショパンのペダル記号が
「すぐ離す」指示に
なっている事が

当時のショパン愛用の
プレイエル社の製品を弾いて
分かりましたって



ショパンの指示記号は
その時々で
まったく逆のものも
版によって様々で

全部のケースを
てんこ盛りに記載
している場合も
あるそうです



そりゃ
ショパンを
今の

スタインウェイ
ヤマハ

の前に連れてくれば

まったく
違う弾き方を
するですよね

違う境地に
踏み込んじゃうかも



じゃあ
こないだの項の

ショパンコンクールの件で

若いポゴレリチが
強弱
逆に?弾いたみたいな事も

それこそ本質だった
かもしれないですね



(天下の)アルゲリッチが
自分のために
激怒してくれるんだから

ポゴ

男冥利に
つきるじゃないか





家に帰って

ペダルの
解説してくれる

ねえさん





鍵盤て
なにか

胸に沁みるものが
ありますよね



それでその

ショパンの時代の
第一級品ピアノの

プレイエル



コルトーの時代まで
名声を保っていた

みたいですが



その後傾き

二転三転四転?して

今は年産20台とか
16台

とかだそうです



でもチラと
公式ページ見てみたら

最低で6百何十万円
だったよ!

1600万ぐらいのも
あったような?

あれれ
ピアノって
35万くらいで
あったような?

うーム

そういう
世界か



でも
一台ほしいですよなあ

『インマイライフ』
とか弾くのに



ところで
創立者の

プレイエル氏は

ハイドンの弟子で

師匠の向こうを
はって

同時代にロンドンで
大成功し

解説によると
『ハイドンからベートーベンが出る
 僅かな間ヨーロッパで第一の作曲家』

と思われていた
事もあったそうです



あれ?
それってモーツァルトの
時代じゃ
ないですか?



ああ
ウォルフガング

長生きしなかったからなあ

コメント

うわわっ!ポリーニどうしたんだ!おじいさんになっちゃって!☆

2013-02-27 22:23:15 | これはしんそこいけません



うわわー

長いこと
連絡もとらずにって言うか

追いかけずに
いたが



だって
ポリーニは

ポリーニで

いつだって
居てくれたんじゃ

ないのか!





うわわわわー

どうして

白髪に
なっちゃって!



どうしたんだ

もう
おじいさん

老人じゃないか



おかしい





楽屋で
休んでても

おじいさんだ



ありえねい



演奏姿も
どことなく

生きてた頃の
ホロヴィッツ

みたいだなあ



何があったんだか

何があったんだろう





そーそー

ポリーニって

この人だったよ



有名なCDジャケット



ポリーニって
いつだって

この顔で



日々
研鑽を

積んでくれてるんじゃ
なかったのか



はー

今はもう
どこを探しても



この人は
いてくれないのか

地球上



日常の

暮らしでも



このように
家庭生活の

おじいさん
なんだなあ



あーそう言えば

あの黒髪の
笑顔の

あのいい奥さんは
どうした



共に元気だろうか
面倒見て
貰ってる

だろうか





そーそー
これこれ

初来日の時の
写真

印象的な
写真だから
いまでもこうして

ネットに
出てるんだろうな



マウロって
呼んでたなあ

守ってくれる
いい奥さんだって

取材記者にも
言われてた



共に白髪で
いいから

どうぞ
ご一緒で



ネットで
どこかのコンサートの
客席に来てた

って出てた
あの恋女房だ

って
言われてたよ



じゃあ
いいんじゃん



そんなに
不幸せそうには

見えないから

いいと
思うんだが



病気がちで
余分に

年取った
だけでしょー



そのへん
よく分かります

ご同病





この顔をみると
まだまだ

しっかり
してるように

思うんだがなあ



厳しい
老大家の顔か



いやー

どうしても
30台後半の

40なり立ての

ポリーニが
いいなあ



ほら
ポリーニも

笑うことがある



あの奥さんが

このとき
『マウロ
 笑ってあげなさいよ』

って言ってたっけ





マウロ
よかったじゃん



まー
いいから
いいから

老人でいいよ



そろそろ

一緒に
放物線で

着地しよう

コメント

『東御ワインクラブ』の講習会?が2月24日にありましたが私ベントレーが都合つかず?行けませんでした

2013-02-27 22:22:15 | ヴィラデストワイナリー



当日は

じつは

佐々木秀実さんコンサート
槐多忌

があったから

どちらにせよ
行けなかったんですが



3回の講習

3ワイナリー主が
替わりばんこに

講義する
形式で

初回の
24日は

リュードヴァン
小山氏が

講義されて

『教授』の呼び声
通りの

精緻な
授業を

されたことでしょう



FM東御の
実況中継が
あったんだそうです



おお
U酒店さんだ!

DJやったのかなあ

惜しかった



画像左は
ヴィラデストのピノです



でもしかし
祢津公民館

と言うのは
なかなか
ハードルが高い



遠いもんで



うー

足で
ベントレー

リンカーン・コンチネンタル

ロールス=ロイス・ブルックランズ

と高望み
するのはやめて

トヨタ
ヴィッツ

アイQ

ぐらいに
しとけば



運転手も
村のおっちゃん

に頼めば

道は拓けるかも





しかし

『東御市ワインクラブ』も

いつの間にか
こんな立派な

フェイスブック
が出来て



知ってる人は
知ってたんだろうなあ



あと2回

蓮見ニックさんと
玉村玉さん

の講義の会



村の仕事が
なければ

なんとか
軽自動車+おっちゃんで

行ってみたい
ものです

コメント

女子の『タイ焼きうどん』◇隣である方が『ああ幸せ』と言った◇本当にそうだ日の光が明るい

2013-02-26 23:55:14 | ああ出来ることなら選びたかった!



視力のせいで

暗い11月からの
冬に弱い

ワタクシとしては

解放されるみたいに

明るい
日差しが

救いで



その中で

こんな

春のカニ御飯
じゃなかった

エビめし??



鯛焼きウドン
だったか?



それら
一気に

まとめて
レシピ

『春御飯』
 で発売したいくらい



『春めし』
 のがいいか



はてさても

品のいい味で



お料理
人柄

出ますよねえ

再三
感じますが



いまこの味に居たい
いまこの味に居たい

って
感じだった



その日に
合う料理っていうのも

もてなす方の
力量です



隣の方と一緒に
ピーピー
鳴いて

しまいました



こー

だから

自分でも

こうやれない
もんだろうか



掃除して
きれいにテーブルして

お勝手も
ピカスカにして

自己パスタでいいから
炒飯でいいから



あれですね

日の光ですね

太陽はいいよ



大体
コタツが
いけないね



コタツねこ

になるから



まー

こういう
印象を

学習しないとですね

改善
しないと
いけないです



ウチに帰ると

ピタとも
動かないから

いけないんだな



昔から
動かない
子供だった

いまさら
動くの
無理か



飛行機買うか



複葉機

あれ
翼じゃまだけど

コメント

アアッ!『ポリゴレチ』って『ポゴレリチ』!って言うのか!知らなかった!30年間間違ってましたか!?☆

2013-02-26 22:51:22 | これはしんそこいけません



また
やりましたです

カタカナ

入れ違い



よく
イニエスタ選手


イエニスタ選手
でやりますよね?

最近では





だから
よくやるから

目毛ないですけど
今更



しかし
30年は

長かった





すごく長かった



だから

『ポゴレリチ』



この青年が


これに



なるくらい

長かった
です



今は
こうなんだそうです



年月で



でもいいんだ

仕方ないよ



むしろ
あの爽やかな
ピッシ
と引き締まった
少年




こうなんだから

自分は
いまの自分の
有様で

そんな
悲観
すること
ないんじゃん



ポリゴレッチ

ポゴレリッチ!

がそうなんだから



れんれん
全然オッケーだよ



気を落とさない
者同士の

お便りを
出し合いたい

みたいです




天才だったんだって

少年時代





ユーゴから
モスクワ音楽院に来て

その時から
スターだったんだって

特別な存在

アウトスタンディング!





今回
昨日?テレビで知った

ダン・タイ・ソン
べトナム出身
少年(当時)と同期で

ショパン・コンクールまでは
二人で
部屋で当時貴重な
西側!のレコードを聴いて

研究し合った
そうです



でも
あまりの天才ぶりに

音楽の決まりごとから
飛び出し

審査員に
受け入れられず

予選落ち



その事に
激しく抗議した

アルゲリッチが
審査員を辞任

大騒動



そして
そのショパン・コンクールに
優勝したのが

異質な
ベトナム人と
見られていた

ダン・ダイ・ソン



それ以来
彼ダン・タイ・ソンと

ポゴレリチの
接触は

ないそうです




そして

再三で
申し訳ないですが

このルックスに
なった



ポゴレリチ

『彼になにが起こったのか!』

と言われる状態で

天才の道を
突き進み

かっての
グールド

みたいなのかなあ



健康管理

自分でやって

薬屋へ
自分で行くぐらいの

状態かも知れず

長生き
すると良いが



世話焼き人

いると良いがなあ



それ
人のことは
言えぬですけど



でも
せっかくの

境地へ
突っ込んで行った
天才

なんだから



もうちょっと



まだ
腕力も
腹筋も

衰えない
んだから



にんげん

あの映画の

『送りびと』

の前に

『世話焼きびと』

が必要な
ことですよねえ

コメント

ああっ!そのショパンコンクール大騒動のアルゲリッチとダンタイソンが笑って?隣り合って座っている!

2013-02-26 22:04:34 | ああ出来ることなら選びたかった!



それその

天才ポゴレリチ落選に
抗議して

審査員を
辞任激怒した

アルゲリッチが
その優勝者

ダン・タイ・ソン


数十年後
お互い
赦しあって

並んで座っている!!☆



と思ったら

それは
大間違いで

アルゲリッチは

ポゴレリチが
予選を通らなかったのに

激怒
したのであって

ダン・タイ・ソン
の優勝には

直後祝電?を送って
祝ったそうです



だから
この二人には
そもそも

何にも
なかったんだそうです



それどころか
アルゲリッチの母が

ダン・タイ・ソンの
演奏会手配の
世話をしたんだそうです



なんだーそうかー





問題は
ポゴレリチの
余りの天才ぶりが
時代の常識に

受け入れられなかった
だけであると



この事情は
こちらの方の
ブログで知りました
 May Each Day (森岡葉さんのブログ)

詳しくは
そちらを是非
ご覧ください



それから
その May Each Day に
よりますと

このダン・タイ・ソンは

ただ自然に出て来た訳ではなく

もともと
ベトナムは
フランスの植民地



フランス文化が色濃く
入っており

ご両親ともフランス語が出来
お二人ともピアニスト?

お母さんの
指導を受けていたそうです

当時のベトナムで
もっとも
恵まれた家庭に
生まれたと



でもところが
当時なんと
ベトナム戦争の
真っ只中



疎開を余儀なくされた上

山の中に
牛で一ヶ月かけて
ピアノを運び

地下壕で

爆撃から
逃げながら

地下壕に入れた
ピアノで

やっと20分だけの
練習をしたそうです



アメリカ軍の爆撃機の
音を聞き分け

すかさず
逃げるんだって



ソ連軍の爆音のときは

逃げないんだと



それで

ピアノは
湿ってねずみの巣になり

ねずみを
追い出して
練習し

時々
外に出して

乾かすんだと



それでも
ピアノの音がうるさくて

爆撃機の音が聞こえない
と非難され

とうとう
あるとき

嫌がらせで
鍵盤のうえに

大○んんを山盛りに
されたんだと



かわいそうな
あのピアノ

とダン・タイ・ソン

は言って
いたそうです



凄い
凄いもんだ



ベトナムいち
恵まれた
家庭から

そこまでの
苦労に



それで


日本の子供たち
生徒に

教えるとき

忍耐強く
温かいんだ



苦労を
している



その後モスクワ
音楽院に行った時も

ショパン
コンクールに
貧乏旅行で

ギリギリで
たどり着いたときも



苦労してると
顔まで

違うのかなあ



なんだか

怒鳴りつけない人で
よかった





ですから

やくみつる氏
ではないですよ



ネットで検索した
ブログタイトルを見ると

『打鍵の音が聞こえない
 繊細なピアニスト』

とか

『それギーゼキンクが言っていた
 ピアニストの理想』

とか言う見出しが
出てきます



じゃあ
あのテレビ番組で

自ら弾く
あの柔らかな
手の形

とか
あながち

勘違いの
印象じゃ

ないのかも



彼は
やっぱり

東洋人は
繊細だ

って言っていました



横の繋がりには強いと

自然に出来るって



でも縦の

って言ってた

構成の事かなあ

構築
かも知れない

それは西洋人に比べて
弱点だって



30年前に
モイーズが
言っていた

日本人の
繊細な唇

の話

それの事なものか



そんな気もします



まあその
こんど聴いてみたいです



May Each Day 様
有難うございました

コメント

そのさっきの横丁のこっち側に5mの熊が牙をむいて威嚇している◇あっち側にも巨大黒ライオンが咆哮して

2013-02-25 22:43:20 | これはしんそこいけません



巨大黒ライオンが

咆哮している



獰猛だ



今日夢で
友人のペリおじさんと

夢の中の吉祥寺の
横丁のガラス親方&おかみさん

の店に行きましたが

それは省いて
その続きで



とんでもない
5メートル熊と

ワイナリーにいた
青年に似ている
黒ライオンが横丁の

あっちの側と

向こうの側に
出ちゃって



よく前門のなんとか
後門のなんとか

と言うが
まさに
それ状態



でも
ハッと気がついて

やつらは

お互いに対して
威嚇しているので
あって

小っちゃい
存在の
私など

関係ないのでは?

と思った



それで
さっきの夢の
ガラス屋に

そっと入る



そしたら

その熊と
黒ライオンが

ガラス戸の
前に来て

出て来い!

とドンドン
叩く



ありゃダメか!



そしたら

後ろで
さっきの
おやっさんが

鬼のような目をして

早く出て行け
と睨んでいる



ありゃ

怖ェエの

3人に
なっちゃった



絶対絶命



もう
覚めるしかない



と思って
覚めました



展開
山場から逃げて

すまないです



しかし

ガラス戸
開けて

出て行くのもなあ

『どーも』

とか言ったって



お前ら

対決して
どっちか食って

それで足りなきゃ
オレを食え
と言いたい

おかしいよ

話ついてるなんて



だから
だめなんだ

ゴジラとか
呼ぶぞ!



いいのか!

コメント

今ピアニスト『ダン・タイ・ソン氏』が日本の子供たちに教えているTV見ましたがとてもフレンドリーで

2013-02-24 23:47:38 | 私には分からないことばかりです


フレンドリーで

あたたかくて



厚意を持って
教えてくれていて



熱心に
身振り手ぶりで

小さい教え子の
その彼女が

笑ってくれた

ところまで

気にかけて
くれていて



ダン・タイソン氏

見かけ

カラヤンや
バーンスタイン

みたいじゃ
少しもなくて




むかし

パブロ・カザルスが

二十歳?で
ラムルーのところへ
いったとき

ブスブス
機嫌のわるいラムルーが

カザルスが
最初の一音を出したとき

机の上の
書類をザッと

押しのけて
しまって

目を閉じて
ずっと

聞いていた



そして
終わりに
サンキュ・ベリマッチ(フランス語で?)

を言うとき
その目に
涙が光っていた



そのエピソード
モントゥーと
間違って
覚えていたり
しましたが



それ思い出しました



また

サンソン・フランソワ

私が子供の頃
いちはやく

なくなってしまって

42歳?

その口ひげの
紳士ぶりが

印象的で

ずっと記憶に
残ってましたが

ところが
サンソン

調べてみると
気難し屋で

さっきの
ラムルーと一緒で

どこへいっても
けんか
してたみたいな

強烈さ



ああ
大事なイメージが
崩れる?



また話題は変わって



それと違って

その

しばらくの後
指揮者の若い
ケルテスが

なくなりましたが

この人は
こっちり

まとまった
真面目そうなルックスで

『私は自分の子供たちが
 特別な天才などに
 なってほしくない
 ただ普通の仕事について
 普通の家庭を築いて
 ほしいのです』

とその訃報のときの
記事で言っていて

それも印象に
残ってました



あれから
もう数十年

じゃすまないです



あんまりにも
永く年数が
過ぎて

ケルテスの
その子供たちも

2回ぐらい
人生送れそう



いまは
どうしているでしょう

普通の幸せ
築いたかな



もし
そうでなくっても

寂しさで
身もだえ
している程で
なければ

それも
まあまあ好い
人生だと

思われます



父・ケルテスに
報告したちしても

おおまあそうか

ぐらいで



ダン・タイ・ソン

このテレビ見てたら

そんな事が
いっぺんに
思い出されました



そのダン・タイ・ソン先生が

自ら
ピアノに
向かって

ショパン??
だか弾きだせば

やっぱり
プロだから
上手で



ディヌ・リパッティも
クララ・ハスキルも

レコードさえ
一度も聴いたことは

ないですけど



今彼らが

目の前にいれば

それは
こういうことなのかなあ

違うのか

と思えました



だって
外見は

某ソフトバンク社?の

ソン社長みたいでも??



教えてる姿

温かかったよ



心があるなら

リパッティだって

そうそう
うるさくは

言わないんじゃ
ないだろうか



今日めずらしく
デジカメが
手元になく

タイソン氏
画像撮れませんでしたが



なんだか
いちどきに

思い出して
しまいましたなあ

コメント

佐々木秀実さんライブ行って来ました◇ちゃんとある時はマイクをスッとはずして歌って下さいました

2013-02-24 22:22:02 | ああ出来ることなら選びたかった!



やっぱり

あのう

地下の秘密クラブ?
じゃないですけど

生のライブの
好いところって

それ演劇も
そうですけど

生きて今ここにいる
その人が

その声で
歌ってくれる

演技して
くれるって

ことですよね



演劇
ってそれで成り立っている
と思うんだ



ピアノと

ベースと
ギターのバックで

地下室で

ですから
秘密って言う訳じゃ
ないですけど



歌ってくれる
時は

マイク
じゃないんじゃ

ないかと

思ったんですけど



秀実さんは

ですから

ちゃんと
そこのところ

対応
してくださって

時々

ここ

と言うときに

スッと
マイクを

下げて
くださるのでした



思わずハッと
顔を上げましたです



そうすると

やっぱり
あの

音像がですね

カラヤンが
言ってた

生の人間やヴァイオリンのサイズの

大きさに
なって

人間
呼吸器から

出る声に
なりますです



ブレス
ブレス



うわ

秘密クラブ
みたい



地下か秘密か
どっちか

つけば
いいですよね



伴奏の

鳩を出すギタリスト氏



鳩は出さないギタリスト氏


どっちでしたか

がお持ちの

小さな
スパニッシュ・ギター

つうか
クラシック・ギター



レキント・ギターって
どういうものか

よく知らないですが

音そのものが

『レキント』っていう
音でした

黒のスーツの
脇から少しだけ

見える
スプルース?の
表板

その色が
よかったです



あのサイズ
いいかも

しれないです



どこでも
コンサート・グランド
必要っていう
訳じゃないですよね



ギター

『生きてりゃいいさ』

がうまかった
です



メニュー?は

朝偶然
夢に出て来た(当然人生初)

武満氏の曲
すみませんタイトル
覚えられませんでした



それから

一本のえんぴつ
リリー・マルレーン
愛の賛歌

えーと
覚えられない
思い出せない



気合を入れて
再現すれば
思い出すかも
しれないです



途中
たもくてき公民館



ストーブが
3個連続して

石油切れの
ピーピーが鳴ったり

室内に
突然風が吹いたり

いろんな事が
ありましたが

秀実氏は
見事にさばいて
くださいました



あー
そういうことなら

ここに
180席でもいいから

599席
なくてもいいから

小さい
大賀ホール

建てとけば
よかった



20歳のときから

家から歩いて行ける
音楽ホール
企画してたんだ



今も企画中



でも

まあその
今日は

あの『はくちょう座ホテル』の
まるちゃんさん

のおかげで

私にとって

ひんじゃうくらい
重大な

伝言もつたえられて
よかったです

まるちゃんさん

有難かったです



じつは

そのとき

天罰でか

わたし
低数値の症状出て

ふるえ来ちゃって
手、頭、顔

の思考止まりましたけど



事前に
対策して

飴持っていったんですけどねえ
4個舐めたんですけど

足りなかった



寒冷地行列対策で
やおふく寄って

ニット帽とネックウォーマー
買って
手袋がわりの
靴下持って

行ったですけど



症状
防げなかった

1分遅れてたら
玄関で
倒れてたです



でもオーライ

空には

はくちょう座の
日だったから

コメント

『槐多忌』も行きました◇いやその文太氏がさすがでした◇微塵も揺るがずドスが利いているいい感じに枯れて

2013-02-24 22:20:08 | ああ出来ることなら選びたかった!


好いほうに
きれいな感じに

枯れている



しかし
声がいい

声がなあ
やっぱり
ドス利いている



控え室で
眠くなった

と言って

なんだか
演歌が聞こえてきたなあ

などと言って



半分
眠ってるみたいな

調子で

登場の歩いてくる時から

フッタリ
ホッタリ
歩いてきて



でも
話出すと

声がいい



ホントに
少しの揺るぎも
ないです



たいしたもんだ



ああいう
語り口が

出来るひとが
いるんだ



おそれいりました



最初
佐々木秀実さんの
コンサートだけ
見たくって

菅原文太氏の
対談は見ないで
帰っちゃう

そういう
心配を主催者がして

『締め切って出入りさせない』

とか

『そんな不届きなやつがいた』

とか
威嚇していましたが



そんな心配は
なかったですね



いい声だった

繰り返しますが

ドスが
利いている



ああいう
声だったら

私も
すこしは
重みが



人生

ケケケ

と笑われるばかりでは
なかったかも
知れない



ダメか





さてその

『槐多忌』にも
ちゃんと行きましたよ

お参り
しました

なんだか
どう言う宗派か

スキャッターだけ
みたいな部分が
延々と続く

なっがーい
読経

聞きました



親切で心優しい
女性から

お椀手渡し
して貰って

トン汁
頂きました

気遣い
して下さる
方でした



焚き火
見ましたです





こんこんに
寒くって

夕闇になる頃
雪になりました



コメント