ALGOの塾長日記~愚公移山~

-学習塾方丈記-

学習指導の由なしごとを
    徒然に綴ります。

シルバーシート

2007年11月02日 | 中学受験 行雲流水録
11月1日より阪急電車にシルバーシートが復活しました。先日、その阪急電車でのこと。所用で梅田行きに乗っていました。乗り始めの車内はすいていて、席が3分の2以上は空いていたでしょうか。私は長い座席の真ん中あたり、ドアからはいちばん遠いところに座りました。車両のはじっこの席に一人、手鏡を見ながらお化粧をしている二十歳くらいの女性がいました。それはまあ、これでもかというくらいまつげを長くながーく仕上げていきます。見事な変身ぶりです。

「なにぃ、電車内で化粧なぞ、なんとみっともない」と、嘆かわしく思われる保護者の方もいらっしやるでしょうが、そのことは後ほどお話しするとして、話を先に進めます。程なく電車は乗客が増えてきました。まず目をひいたのは、「さあ、こちらですよ」「ここ段差がありますからね」と大きな声で誘導しながら、杖をついたおじいさんといっしょに乗り込んできた男の人です。「さあ、こちらに腰掛けてくださいね」と指し示したのは、ドアのすぐ横の席。車両の隅でお化粧している女性から一つ空けた席でした。

そのとき気づいたのですが、その三人がけの座席はシルバーシートだったのです。おお、まさにこれこそがシルバーシートがシルバーシートらしく利用されている光景だ。そう思えたのは、おじいさんのとなりに付き添いの男性がいたわるように座り、私のところからはお化粧中の女性がかくれて見えなかったからかもしれません。

その後、おじいさんたちは無事に数駅さきで降りていきました。その次に乗り込んできたのは60代後半とお見受けする女性2人。2人は知り合いではなさそうで、ぐうぜん乗り合わせて、ぐうぜん例のシルバーシートに落ち着いたという様子でした。「まだまださっと動けるご婦人だけれど、さすが、シルバーシートの場所はわかってらっしゃる。そりゃそうだ。無理は禁物。その席でゆっくりおくつろぎください」と心の中でつぶやいていましたが、それもつかの間、次の駅でさらにお年を召した小柄なおばあさんが乗り込まれ、ご婦人の一人に「この電車は○○駅に停まりますか?」と尋ねられたのです。

おばさまは腰を浮かしながら「○○駅、停まりますよ」と優しく答え、さらにとなりのおばさまも「おねえさん、ここ座って」と立ち上がりかけました。「えええ!?」おばさまだって立っていくのは辛いのに!「こちらに席が空いていますっ」と声をかけようかと迷ったとき、おばさま方の向かいにいた男性が「座ってください」と、素早く立ち上がってくれました。はじめは遠慮したおばあさんもうながされて席に着き、電車がガタンと走りだしたときにはホッとした空気が流れました。

さて、みなさん、となりの席でそんなやりとりがなされていたとき、くだんのあのお化粧女性はその間どうしていたと思いますか?彼女は見事にずっと、マスカラでまつげを付け足していたのです。となりの出来事に気が付いていなかったかもしれません。それくらい鏡の中の自分に集中していました。「気づいていたって立ち上がれないわ。だって、私のまつげはまだできあがっていないんだもの」誰かがなんとかするでしょ。まだあっちに席空いてるじゃん……そんなところでしょう。

2駅ほど乗って、おばあさんはお礼を言いながら降りていきました。同じ駅でおばさま方も席をゆずった男性も、そしてお化粧女性も降りました。いそいそと鏡をしまってドアに向かうときに見た顔は、まるでお人形さんのようにかわいくできあがっていました。

果たして誰に会うのでしょう。美しい自分を見せたい人に会うのかもしれません。全ては自分とその人のためにあって、電車の中の人々は眼中にないのでしょう。「電車内で化粧など、みっともない」。電車内でパジャマからよそゆきに着替えているのと同じ恥ずかしい姿を電車内の他人に見せながら来たなんて、大切なその人は思ってもみないでしょう。

シルバーシートがあることを恥じる人もいます。そんなもの無くても、どの席でもお年よりに席をゆずるのが当たり前だと(阪急電車のその高邁な志は破れ去りましたが…)。今回、お化粧女性は、その貴重な優先席をゆうゆうと占領して、お年寄りに席をゆずることもしませんでした。わざわざ隅に陣取ったのは、落ち着いてお化粧をするためでしょう。全ては自分とこれから会う人のために。その美しい顔がそんなふうにできあがったのだと知ったら、百年の恋も冷めそうです。


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