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ALGOの塾長日記~愚公移山~

-学習塾方丈記-

学習指導の由なしごとを
    徒然に綴ります。

親の庇護はいつしか親のエゴへ…

2008年06月27日 | 中学受験 行雲流水録
いきなりですが、よほど人の道に外れたとんでもない親以外、我が子の幸せを望まない親はいません。できればつらい目にあわず、友達にも恵まれて、楽しく成功した人生を送ってほしいと願っています。そしてそのために、いろいろな努力を惜しみません。

ただ、問題は、その親の行動が、いつも正しいとは限らないことです。子供の将来を思うあまり、実際は大変苦しい状態に子供を追い込むことがあります。遊ぶヒマもなく塾やおけいこに通わせる、というふうなこともその一つ。また、親が良かれと思ってしてきたことが、裏目に出ることもままあります。「子供のため」だと思っていることが、実は自分のためだった、という勘違いもよくあることです。

私も経験がありますが、自分の子供はまるで自分の分身みたいで、自分がしてきたことや自分にはできなかったことが、何でもできるような錯覚に陥るものです。子供ができると、自分ができたように嬉しく誇らしくかんじます。だからこそ、どんなサポートもできるし、一緒になって悲しんだり、喜んだりもできるのでしょう。

しかし、亀田親子のことを見ていても、親の愛は難しいものだ、とつくづく思います。亀田家の父も、きっと子供達がかわいかったんでしょう。子供達のために、そして自分の夢のために、必死で頑張ってきたんでしょう。しかし、どう考えても、その方向をどこかでずれてしまいました。彼らは、これから親離れ、子離れの時期を迎え、子供達が本当に世間に出て行く時となるのでしょう。

子供にとって親は、まず一番身近で、いろいろなことをたくさん教えてくれる存在です。しかし、一生、親だけに従って生きていけばいいというわけではありません。先の例でもわかるように、世の中のいろいろな人の意見に耳を傾け、いろいろな人の教えを受けて、最後には自分の頭で考え、ひとりで世間の一員となることが必要であり、自分一人で自分の人生を生きていかねばなりません。

いろいろな人というのは、学校の先生や、友達、先輩、そして近所のおじさんやおばさんかもしれません。さらに、会ったこともない人や、今はこの世にいない人たちにも、本を通じて教えを受けることも必要です。ここにも、読書の意義があるのでしょう。

是非、子供達にいろいろなことをいろいろなところから吸収し、自分の頭で考え自分の足で歩く人になってほしいものです。


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