先般、卓越した見識の持ち主、小宮山宏の講演を聞いた。演題は、「【日本の復興から成長へ】日本『再創造』」である。今年は、色んなことを考えさせられた年でもあり、色んなことが試された年でもあった。3月11日に発生した「東日本大震災」。マグニチュード9.0という巨大地震の遭遇もはじめての経験ならば、それによって引き起こされた巨大津波の経験も初めてのこと。地震による被害以上に、多くの人命が失われ、多くの建物が破壊された。これほどのものが、自然の力で引き起こされるという、大きな恐怖心も経験した。映画のVFXでしか見たことのない、未曾有の修羅場に、大きな落胆があった。実際に起こった出来事に、言葉を失った。その大震災から、まだ1年が経ていないのである。そして、発生した福島原子力発電所の放射能漏れ事故。あのソ連のチェルノブイリ原発で発生した大事故に匹敵する大惨事に、今も直面している日本。誰も経験したことのない未曾有の大事故に、成す術もなく、徒に時間だけが経過している。多くの近隣住民は、今なお、避難生活を余儀なくされ、放出された大量の放射能に、多くの地域で悩んでいる。動植物への汚染によって、大きな打撃を受けているのである。
小宮山宏は、前東京大学総長で、現在は三菱総合研究所理事長、東京大学総長顧問、プラチナ構想ネットワーク会長の要職にある。
小宮山宏は言う。
ー「リスボン地震」をご存じですか。1755年に西ヨーロッパで発生した津波を伴う大地震で、ポルトガルのリスボンで大きな被害を出したことから、こう呼ばれています。それまで栄華を誇っていたポルトガルは、この地震の後、世界をけん引する地位を降り、ついに元の地位を取り戻すことはありませんでした。私には、リスボン地震直後のポルトガルと、今の日本が重なって見えます。大地震、津波、そして原発事故を経験した日本はピンチを迎えています。今どのような復興計画を立て、どう実行に移していくかで、日本という国を維持できるかどうかが決まる。大げさな表現かもしれませんが、私たちはそのくらい厳しい局面に置かれています。
明治維新後と第二次世界大戦後、日本は先進国に追いつき追い越せという姿勢で発展の道のりを歩んできました。しかし、先進国入りを果たした1970年代以降、日本は全く進歩していない。過去の延長線上を進んできたにすぎません。
というのは、1970年代以降の日本は本当の先進国らしい活動、つまり、どんな国を創るべきかというビジョンを自ら打ち立てて、そのビジョンのもとに産業を興し育てる、ということをしてこなかったからです。だから日本が停滞するのは当たり前なのです。
「失われた」のは10年や20年ではない。
その通り。真の意味で先進国らしい国づくりをしているか、という視点に立てば、1970年代以降の日本は、全く進化・成長を遂げていない。私に言わせれば、「失われた40年」です。
では、日本はどんなビジョンを描いて、国づくりを進めるべきなのか。私はその答が「プラチナ社会」だと考えています。
プラチナ社会とは、簡単に言えば、美しい環境のもとで、高齢者を含めた誰もが生き生きと暮らし、成長し続けられる社会のことです。そうした社会を実現するには、環境、エネルギー、医療、教育など、さまざまな側面から課題を解決していかなければならない。詳しくは著書(『日本「再創造」(東洋経済新報社)』)に書いていますが、既に産官学各方面からの協力を得て、その実現に向け動き始めています。
先進国になって久しい日本は、今や「課題先進国」です。少子高齢化、低い食糧自給率、環境問題、地域間格差など、たくさんの難しい問題を抱えています。
しかしながら、これらの課題を抱えていることはチャンスでもあります。ニーズこそが新しい産業を生むからです。私たち日本人は、自らが抱えている課題から逃げずに立ち向かえば、得るものはとても大きい、ということに気づかなければなりません。ー