時々新聞社

慌ただしい日々の合い間を縫って、感じたことを時々報告したいと思います

憲法のこと

2007年05月16日 | 憲法・平和問題
改憲問題について、まとめておきたいと思いつつ、とうとう憲法記念日が過ぎ、衆参両院で手続き法案までも通過してしまった。少し時期を失した感はあるが、まだまだ改憲が決まったわけではない。まとめて、意見を書いておこう。
改憲論者の最も大きな主張の一つは、現在の憲法が「アメリカなどの連合国に押し付けられたものだ」という点にある。
今日は、この点について歴史を振り返っておこう。
1946年に、占領軍の草案をもとに、憲法の政府草案が作られた。この内容は主権在民、平和主義を基調としたものである。この内容は当然だ。日本が天皇の名の下に再び戦争を起こすことがないようにとの意図があり、これが世界の平和に貢献すると考えたのは当たり前のことである。
これに対して、各党が憲法草案を発表している。
自由党「天皇は統治権の総攬者なり」(1946年1月21日)
進歩党「天皇は臣民の補翼に依り憲法の条規に従い統治権を行う」(1946年2月14日)
社会党「主権は国家(天皇を含む国民共同体)にあり」(1946年2月23日)
共産党「日本人民共和国の主権は人民にある。主権は憲法に則って行使される」(1946年6月28日)
いずれも終戦後まもなくの時期に作られたものであるが、こうして見ると、共産党以外の政党は、明らかに大政翼賛会の流れをそのままに引きずっており、「天皇制」の呪縛から脱しきれていない。
一方、共産党の憲法草案では、皇室を廃止し、純然たる共和国(国王を有さない政治体制)とする点で、異彩を放っている。
戦前そして戦後直後の日本の政治家の多くは、「国民主権」という現在では当たり前の概念さえ持ち合わせていなかったということである。要するに、まともな憲法草案を作る能力さえ疑わしかったというのが歴史の真実である。おそらく、日本の当時の国会に任せていれば、大日本帝国憲法とさほど変わらない憲法ができていたに違いない。
最終的には、主権在民を求める極東委員会の意向やGHQからの政府への指示もあって、「主権が国民に存することを宣言し」という一文が憲法前文と第1条に書き込まれたわけである。
主権在民、平和主義を基調とするポツダム宣言を受け入れておきながら、その内容が憲法に記載されるのはけしからんという日本側の発想は、連合国側には到底受け入れがたいものだったのは当然だ。したがって、現憲法の内容は、ポツダム宣言の「受諾」という当時の日本と日本国民の意思を反映したものである。
さて、ここで現在の憲法「改正」の議論での安倍首相の発言を振り返ってみよう。
「海外での紛争で米国と肩を並べて武力行使をすることは憲法改定なしにはできない。」
要するに、憲法を変えるのは、米国の要求によるものであることは明らかである。これこそ「アメリカから押し付けられた」憲法改定ではないか。
ここに、今回の憲法改定のごまかしが見て取れるのである。
読者諸兄には、「連合国から押し付けられた憲法」といった単純な言葉に騙されずに、歴史の真実と現在の改定の論拠をしっかり見極めていただくことを希望するものである。