コロナだけ「100%」とは…
◆新型コロナだけではなく、高齢になると治療を尽くしても結果が出ない例が出てきてしまいます。国内では、これまでも年間約10万人が肺炎で亡くなっています。これも若い人なら効く薬が、高齢だったり体力が落ちたりした状態では効かないためです。これは現代医療において致し方ないことなのです。新型コロナの場合だけ「100%助かるべきだ」という考え方は、間違っていると思います。
――欧米の死者数が多いことも気になります。
◆確かに、日本と欧米の違いはまだ分かっていません。遺伝子レベルの違いなのか、過去にコロナウイルスに感染してきた経験に違いがあるのかなど、仮説はさまざま出ています。アジアでは、少しずつ変異したコロナウイルスがひっきりなしに流行していたものの、通常の風邪と思われて詳細に調べられてこなかっただけかもしれません。
米国に関しては、米国民の約1割が医療保険に入っていません。このため、インフルエンザでも毎年数万人が亡くなっています。日本のような国民皆保険で、かかりつけ医から専門医へすぐにつながり、高度な医療も保険診療で受けられる国とは事情が違うのです。日本の医療体制は世界屈指の高水準です。今は新型コロナの治療法も分かっています。最近の状況を見ていると、感染を恐れるあまり、家に閉じこもって別の病気を悪化させるなどの弊害を招きそうで心配です。
新型コロナに関する相談電話に対応する保健所職員ら=山形市内で2020年5月13日、藤村元大撮影
会話時のマスク着用は有用
――今の日本人は、新型コロナを怖がりすぎているということでしょうか。
◆そのように見えます。ただし「侮ることなかれ」です。高齢者や別の病気を持つ人が重症化しやすいことは間違いありません。その人たちが重症化しないように、このウイルスによる感染は抑えるべきです。この1年の知見で分かったことは、つばなどの飛沫(ひまつ)が感染原因となっている例が非常に多いということです。
中央区役所内でも感染者が何人か確認されましたが、役所内で広がることはありませんでした。これまでの陽性者に対する調査でも同じような状況ですが、本人と周囲の人がマスクをしていれば感染がむやみに広がることはないようです。飛沫の拡散防止、つまり感染防止に、会話時のマスク着用はかなり有用といえます。
距離がある場合には「マスク不要」
――常にマスクをしていないと問題ということですか。
◆違います。たとえば道を1人で歩いているときは、マスクをする必要はありません。飛沫をだれかに飛ばすことも、だれかの飛沫を浴びることもないからです。黙って行動するときや、周囲の人と距離があるときは、基本的にマスクは不要です。「マスク警察」のような問題が出るのも、政府などの「メッセージの出し方」がよくないからだと思います。
リスクが高いのは「飛沫が飛ぶ場面」
――メッセージのどこがよくないのでしょうか。
◆感染のリスクが高い例として、「夜の接待を伴う店」「飲酒を伴う懇親会」「大人数、長時間の飲食」などを紹介していますが、接待を伴う店や居酒屋という「場所」が悪いわけではありません。人同士が近くでしゃべるなど、飛沫が飛び交う「場面」が問題なのです。夜の居酒屋には行かず、ランチではマスクなしで大声でおしゃべりするとか、昼にマスクをせずに大人数でカラオケに興じるというケースも見受けられますが、本末転倒な行動です。実際に、そのような行動で感染が広がった例もあります。
飲食店も営業時間を短くするだけでは意味がありません。パーティションを立てたり、テーブル同士の距離を取ったりして店内で飛沫が行き来しないような環境にして、客には食べているとき以外はマスクの使用を求めれば、感染は広がりません。店の定員を半分にする一方、営業時間を逆に延ばして何組も客が利用できるようにすれば、感染も防げますし、店の売り上げも確保できると私は考えます。菅義偉首相が呼びかけた「マスク会食」が批判されていますが、私はまともな発言だと思います。
――中央区には銀座などの繁華街も多くあります。どのような対策が有効なのでしょうか。
◆私は「お客様とともに作り上げる安全安心な銀座へ」というキャッチフレーズを提案しています。飲食店の場合、安心できる会食の対策を店側とお客様側がそれぞれで考えるのではなく、たとえば店側が食事中だけ使う「おしゃべり」用の使い捨てマスクを用意する、という方法もあると思います。そうすれば、お客様側も汚れを気にせずに食事の合間にマスクを着けやすくなりますし、お客様からも「この店は感染対策をしっかりしている」という信頼を得られるのではないでしょうか。
「新型コロナウイルス感染症は『恐れるべからず、侮るべからず』だ。流行から1年近くたち、その知見を踏まえた検査や調査にすべきだ」と訴える山本光昭・東京都中央区保健所長=東京都中央区明石町で2020年12月15日、永山悦子撮影
検査は「必要な人に適切な医療を提供するため」
――さまざまな対策に取り組んでも、感染者数は増え続けています。そうすると、緊急事態宣言のような強い措置が必要なのではないか、という声も上がっています。
◆このウイルスの本質を考えてほしいと思います。この1年の知見から、このウイルスの「封じ込め」は難しいとみるべきです。無症状で終わる患者もいますし、発症前から他者へ感染させてしまうからです。再感染する可能性も指摘されています。ワクチンができたとしても、完全に封じ込めることは難しいでしょう。もし感染者をすべて把握し、隔離したいのであれば、国民全員を365日毎日検査し続けるしかありません。そんなこと不可能でしょう。
ここで検査の目的を明確にすべきです。「陽性者狩りをして隔離するための検査」なのか、「必要な人に適切な医療を提供するための検査なのか」です。私は、封じ込めができないこのウイルスについては、後者を目的とすべきだと考えます。
――そうすると、検査の方法も変わりますか。
◆はい。インフルエンザやがんの検査は、病状を正確に把握するきっかけとして行われ、さまざまな検査結果を含めて医師が診断し、必要な治療につなげていきます。新型コロナの検査も同じような位置づけにすべきでしょう。つまり、自己負担ありの保険診療として、画像検査や血液検査の結果などから総合的に診断をし、診断された後に発生届を保健所が受け、医療費の公費による負担や公衆衛生で必要な対応をしていくという通常の医療・公衆衛生にしていくのがよいのではないでしょうか。
現在は感染症法上の2類感染症相当の扱いのため、全症例の報告が求められますが、無症状や軽症のため新型コロナと気付いていない人もかなりいることを考えると、インフルエンザのように定められた医療機関が報告をして、全体の傾向を見ていく仕組みで十分ではないかと思います。
――そのようになれば、保健所の負担も軽くなりますね。
◆検査にかかわる部分だけではなく、陽性者などへの調査や指導も変わります。現在は「クラスター(感染者集団)」の把握が重視されていますが、もしかしたら症状が出て把握された陽性者は、無症状のだれかからうつされた人かもしれません。把握した陽性者だけに注目する調査の方向性は、実態から乖離(かいり)したものかもしれないのです。今春以降に実施してきた調査で、このウイルスの実態はかなり明らかになっています。同様の調査をいつまで続けるかについても考えてみるべきでしょう。
濃厚接触者に対しても、症状がなければすぐに検査するのではなく、「感染している可能性もあるので、体調を注視して、会話時のマスクの使用を徹底するなど感染対策をとって行動してほしい」という指導になると思います。
「命か経済か」ではない
――一方、「GoToトラベル」の一時停止などをめぐり、「命」と「経済」をてんびんにかける議論が広がっています。
◆私は「健康のトレードオフ(何かを得るために何かを失う)」と言っていますが、感染症と向き合うとき、「命か経済か」という二者択一ではなく、「人の命や健康」の中でのトレードオフという視点が大切です。しっかりと対策をとっている医療機関であるにもかかわらず、「感染が怖いから(必要であっても)病院へ行かない」という受診抑制が起きています。それによってがんの発見や病気の治療が遅れれば元も子もないでしょう。「ステイホーム」というキャッチフレーズから「外出すると感染する」という誤解が広がり、家にひきこもってしまった高齢者には、認知症の進行や体力の低下が起きています。
先ほど説明したように、肝心なとき(人としゃべるときなど)にマスクをしっかりしておけば感染はかなり抑えられますし、感染したとしても治療法はあります。このウイルスの実態を正しく理解し、行動してほしいと思います。
――今後、政府や私たちが考えるべきことを改めて教えてください。
◆新型コロナ対策で、最も重要なことは、この感染症が引き金となる死亡者数を最小化することです。そのためには、感染者数の全症例把握に力を投入するよりも、重症化を防ぐための的確な診断や治療へのアクセスを確保できる体制の整備を急ぐべきです。高齢などのリスクが高い人たちとのコミュニケーションも「面会謝絶」にするのではなく、スマホによるテレビ電話を活用したり、会話時のマスクの使用を徹底したり、時間を短くしたりすることが有効でしょう。
さらに、これまでの調査結果を見ると、マスクの使用や手洗いを徹底している事業所や医療機関、学校では感染が広がっていません。流行の規模が小さくなれば重症化も減らせますから、感染を広げない基本的な行動は欠かせません。そして、感染を「恐れない」ためにも、このウイルスへの偏見や差別を解消することが必要です。このウイルスは「恐怖の病原体」ではありません。現在の隔離政策によって「危険なもの」というイメージが植え付けられているのではないでしょうか。感染のリスクはすべての人にあります。「感染自体を恐れるべきではない」という政府からのメッセージが求められます。
やまもと・みつあき 1960年生まれ。神戸大卒。医学博士。84年旧厚生省に入省。茨城県保健福祉部長、厚生労働省東京検疫所長、近畿厚生局長などを歴任。2019年から現職。