あびこ雅浩の日記

仙台市議会議員あびこ雅浩の活動日記。

仙台市防災訓練6.12の日  地域医療の再生を考える

2010-06-12 | 国際・政治

Cimg9072  6.12宮城県沖地震・防災の日。泉区の重点訓練地は寺岡地区
毎年、テーマをもった訓練を実施。今年は
「避難所の運営委員会の開設」訓練
寺岡小の体育館に寺岡小学校区の住民が各町内会から訓練避難。(寺岡1丁目から5丁目、紫山1丁目から4丁目町内会)
体育館いっぱいに住民が参加。
最後は、泉区オリジナルの健康体操
「サザエさん」体操を会場狭しとおこなう。

Cimg9074 不安で不安定な中にありながら、いかに冷静に運営委員会が設置され、避難所生活のルールを確立して運営することができるか。
被災時の不測な事態でこそ、本当の地域力が問われるもの。不測の事態に遭遇する前に、日ごろから地域内の連携がどの程度図られているかの答えは、本番の被災時にでるものと思う。 訓練参加の700名の皆さん、初夏の日差しの中お疲れ様でした。泉消防署佐藤署長

午後は、第101回市民フォーラム「地域医療の再生を考える」
講師は、千葉県立東金病院院長 平井愛山 氏

Cimg9079医師不足問題、国保財政の危機。
高齢社会は心臓血管系の患者が増え、慢性疾患者が増えて医療費を増大させる
人材育成と医療連携、 疾病管理が成功の鍵となる

地域医療の崩壊とその背景 今手立てを講じておかなければ、これから先10年に危機的現実がやってくる。
県庁所在地と地方市の格差の拡大が進む。平成16年から医療現場は曲がり角にきた。

千葉大と地域医療の医者不足問題、大学病院入局者は170名、卒業生100人と千葉以外の地方大医学部出身者が300人いる。
研修医制度が導入以降、千葉大に医者が集まらなくなった。自治体からの要請400名に対して、千葉大は3割しか応じられなくなった。
自治体病院のドクターは今日まで、大学病院の医師派遣あってこそのシステム。十和田市民病院(本州最北の東北大が支える病院)の挑戦。

実は、医師不足の要因は給与や都会ではなく、良い指導医がいて専門医としてのトレーニングができる病院かどうか。
博士号より専門医のライセンス取得を求める若手医師たち。若手の医師に魅力ある、指導体制、専門医資格が取得できる環境にあるかどうか。
医師を大学から派遣してもらう時代から、地域で医師を育てる時代へ
臨床研修病院として教育機能を充実させることが中核病院として必須条件。
住民が、医師を育てるマインドが地域にあるかどうか。若手医師が継続的に達成感を得られるかどうか。
県庁から離れた地域の医療システムをどうするか?

内科医が臓器別専門医となって、臓器を超えて全身疾患を診る内科ジェネラリストがいなくなっている危機
地域医療を支える総合医・家庭医をどう育てていくか?
地域課題を行政と一緒になって、医者として対処していける継続的達成感のある自治体には医師は定着する。
地域住民の役割/意識によるところが大きい。  東金市「医師育成サポーター制度」の発足。
新米医は五年後に指導医に成長していくシステムができれば医師は増えていく。

これからの10年間が正念場になる。
慢性疾患(心臓血管性)患者の激増と医療崩壊の危機。糖尿病の激増と心臓血管性合併症の増加。 
自治体の国民健康保険会計を圧迫している。循環器系疾患患者の増加と医療費の増大により、保険会計が危機に。

国保保険料収納率ワースト都市は千葉県に多い。東金市は82%収納率。保険料の増要因として無視できない数値に。
払えない住民が増えていき受診できず悪化する悪循環に至る。受診抑制になり悪化して搬送され、高額医療患者となる。

日本のフリーアクセスをどうするか。英国のホームドクター制度。人口2千人に一人の医師。
英国では人工透析は70歳以上は公費負担しないことにした。
透析患者が倍増している日本の問題。

地域ぐるみの慢性疾患管理による重症化の予防をしていくシステムの構築が必要。地域の総力戦である。
ピンチをチャンスに。プライマリケア医のスキルアップをはかる。
みんなが病院にかかると病院は潰れるという意識の浸透。ITの活用により病院と診療所の使い分けが必要。
同じレベルの技術移転を病院から診療所に行い、
かかりつけ医が慢性疾患を診ることができる地域医療に

日本版EHRの展開。ハイリスク患者の抽出と集中ケア化。地域連携パスから慢性疾患管理システム

地域医療の現況と課題を知る良い機会であった。自治体関係者の参加が多ければよかったと思う。
精力的に先進的に取り組んでいる平山先生の姿に感動。また、仙台市は東北大学医学部と大学病院があることによって市立病院や公立病院が成り立っている。仙台市外の地方都市地域の深刻さは仙台からは想像できない。
これから医療を求めて高齢者を中心に、仙台への移住者が増える時代には、「あすと長町」地区が適地としてあるのだ。