帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔九十五〕五月の御精進のほど(その二)

2011-06-19 00:07:11 | 古典

 



                    帯とけの枕草子〔九十五〕五月の御精進のほど(その二)

 
 
 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言 枕草子〔九十五〕五月の御精進のほど

 さて、参上すると有り様などを問われる。恨つる人びと(行けないのを残念がった女たち……日ごろ男の性情を恨んでいた女たち)は、嫌みを言い情けながりながらも、藤侍従が一条の大路を走ったのを語ったところが、皆笑ひぬる(みな笑った)。
 「さてと、どれですか、歌は」と問わせられるので、これこれしかじかと申し上げると、宮「口おしの事や(情けないことよ……がっかりとはこのことよ)。殿上人などが聞けば、どうして、少しもおかしいことがなくってで、すませるのでしょうか。そのききつらん(その郭公の声を聞いた……その且つ乞う声を聞いた)ところで、一気に詠めばいいのに、あまりに儀式定めつらんこそ(あまり形式を定めたようなのは……且つ恋う歌は帰り道がいいなどとは)、そのような歌はへんなものですよ。ここででも詠みなさい。まったく言うかいもない」と仰せになられれば、その通りと思うけれども、たいそう困って、相談しているときに、藤侍従があの卯の花に付けて、卯の花色の薄様の紙に書いてよこされた。この歌は覚えていない。
 これの返しを先ずしましょうと、硯を局に取りに遣ると、宮「ただ、これですぐに詠みなさい」と御硯の蓋に紙をのせて下さる。「宰相の君、お書きになって」と言うと、「やはり、そちらが」などと言っているとき、空かき曇って雨降らす、雷がたいそう恐ろしく鳴ったので、むやみにただ恐ろしかったので、御格子を下ろして差し上げてまわり、戸惑っている間に、この歌のことも忘れてしまった。
 
たいそう久しく鳴っていて、少しやむ間には暗くなった。今から、やはりこの返しをいたさねばと取り組むが、人々、上達部らが、雷の見舞いを申しに参られたので、西面に出て応対しているうちに紛れてしまった。他の女房は、指名を得た人がするのでしょうとやめてしまった。やはり、このこと(歌)に前世から縁のない日であろうと、ふさぎ込んで、「今は、なんとかして、ああして行って来たなんて人に言い広めないように」、などわらふ(などと笑う)。

宮「今だって、どうして、その行って来た限りの人たちだけで、歌を言い出せないのでしょう、そうすまいと思っているのね」と何か言いたげなご様子なのも、いとをかし(とてもおかしい)。「されど、いまは、すさまじうなりにて侍るなり(それでも、今はもう、興ざめになっているでございましょう……でも、今は、ほと、とぎすなんて興ざめなのでございます)」と申し上げる。「すさまじかべきことか、いな(興ざめなことか、ではないでしょう)」などとおっしゃったけれど、それで終わってしまった。
 
二日ばかり経って、その日のことなど言い出すときに、宰相の君「いかにぞ、手づからをりたりといひし、したわらびは(どうなの、自ら折ったと言った下蕨は……どうなの興ざめなの、自ら断念したとか言った、下わらわは)」とおっしゃるのを、宮も聞いておられて、「思出る事のさまよ(思いだすことの有様よ)」と、わらはせ給て(お笑いになられて)、紙が散らばっていたのに、
 したわらびこそ恋しかりけれ
 
とお書きになって、「もといへ(歌の本を言いなさい…本心を言いなさい)」と仰せになられるのも、いとをかし(とってもおかしい)。
 郭公たづねて聞し声よりも
(ほととぎす尋ねて聞きし声よりも、下蕨の方が、恋しいことよ……且つ乞う尋ねて聞きし声よりも、下わらわこそ、乞いしきことよ)。

と書いて差し上げると、「いみじううけばりけり。かうだに、いかで、時鳥の事をかけつらん(ずいぶん胸張っていますねえ、このように、どうして、下蕨にほととぎすのことを懸けたのかしらね)」と、わらはせ給ふも(お笑いになられるのも)、面目ないにもかかわらず、「どういたしまして。此歌(且つ恋う且つ乞うと泣く歌)は詠みませんと、そう思っておりますものを、なにかの折りなど、他の人が詠みますときにですね、詠めなど仰せになられますと、お仕えできそうもない心地がするのでございます。私ごとき者でも、どうして歌の文字の数も知らず春は冬の歌を秋は梅の歌などを詠むようなことがございましょうか。それでも歌詠むと言われた人の後裔としては、少し人より勝って『その折りの歌は、これこれであったとは言っても、あの人の子なのだから(当然よ)』などと言われればこそ、かいある心地もいたしましょうが、少しも特に優ったところもないのに、それでも歌がましく我こそはと思っているように、真っ先に詠みますれば、亡き人(父元輔)のためにも申し訳なく思えるのでございます」と、まじめに申し上げると、わらはせ給て(お笑いになられて)、「さらば、たゞ心にまかす。われらはよめともいはじ(それでは、心のままにしなさい。われは詠めとも言いません)」と、おっしゃるので、「とっても心が安らかになりました。今は、歌のことに思いをかけません」などと言っている頃、宮が庚申待ち(徹夜となる)をされるということで、内の大殿(伊周)、はたいそう気遣いをされている。夜が更けて来るころに、題を出して、女房にも歌を詠ませられる。皆、難しさを顔色に表し、身も揺るがしてひねり出しているときに、宮のお前近くにひかえていて、取り次ぎ言など他のことだけを言うのを、大臣がご覧になって、「どうして歌は詠まないで、むやみに離れている。歌題をとりなさい」と言って下さろうとするのを、「或ることを宮より承って、歌を詠まないようになってございますれば、歌には思いをかけてございません」と申す。「異なことを、ほんとうにそのようなことがございますか、どうして、そのようなことを宮がお許しになられるか、まったくありえないことである。まあよい、他の時はいざ知らず、今宵は詠め」などとお責めになられるが、気分よく聞き入れずにいるうちに、皆、人々は詠みだして、良し悪しなどを定められるころに、宮よりちょっとした文を書いて投げて下された。見れば、

もとすけがのちといはるゝ君しもや こよひの歌にはづれてはをる

(元輔の後継といわれるきみなのにねえ、今宵の歌には外れては居る……元夫の介が、のちだねというきみだからかな、こ好いのうたに外れては、しおれおる)。

とあるのを見ると、おかしいことほかに類はない。いみじうわらへば(ひどく笑うと)、「何ごとなのだ、何ごとだ」と大臣も問われる。

その人の後といはれぬ身なりせば こよひの歌をまずぞよままし

(その人の後継と言われない身であれば、今宵の歌を真っ先に詠むでしょうに……その人が後たちだねと言わない身であれば、こ好いのうたを先にうたうでしょうに)。

「つゝむ事さぶらはずは、千の歌なりと、是よりなんいでまうでこまし(包む必要がございませんでしたら、千の歌でも、今からでも出て参りましょう……清げな姿につつむ必要がございませんでしたら、千の歌でも先の歌なりとも、いまからでも出て参りましょう)」と申し上げた。



  言の戯れを知り、紀貫之のいう「言の心」を心得ましょう


 本を付けて仕上げた歌。
「ほととぎす…時鳥…郭公…かつこう…且つ恋う…且つ乞う…ほと伽す」「下わらび…落葉の下の蕨…早蕨…下わらは…おとこ」。この戯れは、万葉集、古今和歌集の歌を通じて変らない。

宮の御歌。「もとすけ…元輔…清少納言の父…歌人…元夫の介…別れ去った則光…元修理職の亮(すけ)、前左衛門の尉(すけ)、五位に叙せられ現遠江国の介(すけ)」「のち…後…後継者…ごたち」「こよひ…今宵…子好い…子酔い」「うた…歌…心からの声…心の発露」。

 返歌。「その人…元輔…元夫の介…則光」「のち…後継者…ごたち…後発…先発ではない…遅れてうたう」「まず…先ず…先んじて…先発…千発」。



 「ほととぎす」の歌は詠みづらい。ちなみに、父元輔の郭公の歌を一首聞きましょう。

ほのかにぞ鳴きわたるなるほととぎす 声ふりたてよさみだれの雨

(仄かにぞ鳴き渡っている時鳥、声振り立たせよ、さみだれの雨……かすかに泣きつづけている、ほととぎす、声振り立てよ、さ乱れのあめ)


 「鳴き…泣き」「わたるなる…移動している…つづいている」「ほととぎす…郭公…且つ恋う且つ乞う女…ほと伽す」「鳥…女」「さみだれ…五月雨…さ乱れ…おとこ雨」「あめ…雨…あが女…おとこ雨」。



 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人知らず   (2015・9月、改定しました)


 原文は「枕草子 新日本古典文学大系 岩波書店」による