帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第七 恋上 (二百九十四)(二百九十五)

2015-07-11 01:05:32 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

歌の言葉については、清少納言枕草子女の言葉(和歌など)も、聞き耳(によって意味の)異なるものである」と、藤原俊成古来風体躰抄「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」に学んだ。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような江戸時代以来定着してしまった解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。


 

拾遺抄 巻第七 恋上 六十五首

 

題不知                       (読人不知)

二百九十四  やまびこは君にもにたるこころかな 我こゑせねばおとづれもせず

題しらず                      (よみ人しらず・女の歌として聞く)

(山彦は君に似ている心だことよ、わたしが声かけないと、音沙汰なし・訪れもしないのだから……山ばのおとこは、君に似ている情だことよ、わたしが小枝を、施・為・責めないと、お・門、連れもしないのだから)

 

言の心と言の戯れ

「やまびこ…山彦…こだま」「山…山ば」「ひこ…彦…男…万葉集の男星と表記されてあるのは、ひこぼし、と訓ず」「こころ…心…情」「かな…感嘆・詠嘆」「こゑ…声…小枝…(親しみ込めて又は悪意を込めて)おとこをこう呼ぶ」「せねば…施さねば…為さねば…責めねば」「おとづれ…訪れ…おとつれ…おとこと門と連れもてゆく」「お…おとこ」「と…門…おんな」「も…強調」

 

歌の清げな姿は、山彦は君に似ている、声かけなければ音沙汰なし。

心におかしきところは、山ばのおとこは、君と似ている、わたしが小枝に手を施し何かを為し責め立てないと、振るい立たない。

これは恋歌。姉さん女房かな、おとこもこき使われてお幸せなようで。

 

 

(題不知)                      (読人不知)

二百九十五  あしひきの山したとよみゆく水の  ときぞともなくこひやわたらん

題しらず                      (よみ人しらず・男の歌として聞く)

(あしひきの山下、大きな音たてて流れ落ち行く水のように、限りもなく、大騒ぎして我を・恋つづけるのだろうか……あの山ばの下で、さわがしい声あげて、ゆく女が、限りもなく、ものを・乞いつづけるのだろうか)

 

言の心と言の戯れ

「あしひきの…枕詞…山、山ば、山下などにかかる」「山したとよみ…山下に音を響かせ…山下騒ぎ(山川は無数の小さな滝となって岩に触れてごうごうと音立てて流れる山の下で聞くそれは、百人の僧の読経の声にも喩えられるが、水の言の心は女であるため、かしましい女の声にも喩えられる)」「とよみ…鳴り響き…騒ぎ立て…大声あげ」「ゆく水…行く水…逝く水…逝く女」「の…比喩を表す…主語を示す」「ときぞともなく…期限もなく…時もわきまえず…絶える間もなく」「こひ…恋…乞い…求め」「わたらん…渡らん…続くのだろう(か)…過ごすのだろう(か)」

 

歌の清げな姿は、大騒ぎして限りなく恋つづけられる男の驚嘆。

心におかしきところは、大声で限りなく乞いつづけられるおとこの、恐怖?


 はかないおとこのさがに、比べるべくもない女の、反復・持続・継続力などの強さ長さで、責め立てては、男の訪れを失くす原因 にもなる事は、女達も十分承知している。


 万葉集 巻第十一 「寄物陳思」、よみ人しらずの歌群に、次のような歌がある。

高山之 石本瀧千 逝水之  音尓者不立 恋而雖死

(高い山の岩もと、たぎちゆく水の、音には立てじ恋ひて死ぬとも……高い山ばの、女のもと多気千度、逝く女のように、声には立てない、乞い焦がれ死のうとも)


 「石…岩…言の心は女」「滝…言の心は女」「たぎち…水などの激しく流れる落ちること」「水…言の心は女」「音…声」

忍ぶ恋と、静かな乞いすると、女の決心を述べた。

 

拾遺集などと、全く同じ文脈にある清少納言枕草子(五八段)は、「滝」について、次のように述べる。

滝は音なしの滝。

(滝は、音無しの滝・名おもしろい……女は、声無しの多気・良いらしい)

とどろきの滝は、いかにかしかましく、おそろしからん。

(轟きの滝は、どのように騒がしく恐ろしいのでしょう……声の・とどろく多情な女は、どうして、うるさくてこわいのでしょうね)

 

「たき…滝…多気…多情な女」「滝…水…言の心は女」「いかに…どのように…なぜ…どうして」「とどろき…轟き…鳴り響く…響きわたる」「かしがまし…やかましい…うるさい」「おそろし…恐ろし…こわい」


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。