帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第五 秋歌下 (261)雨ふれどつゆも濡らじをかさとりの

2017-08-04 19:33:56 | 古典

            

 

                        帯とけの古今和歌集

                       ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――

 

国文学が無視した「平安時代の紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観」に従って、古典和歌を紐解き直している。古今和歌集の歌には多重の意味があり、その真髄は、公任のいう「心におかしきところ」である。人のエロス(生の本能・性愛)の表現である。それは、俊成がいう通り、歌言葉の浮言綺語に似た戯れのうちに顕れる。

歌のエロスは、中世に秘事・秘伝となって「古今伝授」となり、やがて、秘伝は埋もれ木の如くなってしまった。はからずも、当ブログの解釈とその方法は「古今伝授」の解明ともなるだろう。

 

古今和歌集  巻第五 秋歌下261

 

秋の歌とてよめる              在原元方

雨ふれどつゆも漏らじをかさとりの 山はいかでかもみぢそめけむ

(秋の歌といって詠んだと思われる・歌……厭きの歌といって詠んだらしい・歌) 在原元方

(雨降れど、少しも漏れないだろうに、笠取の山は、どうして紅葉しはじめたのだろう……おとこ雨降れど、少しも盛りあがらないのに、いきりたつ山ばは、どうして、も見じ色に、染まってしまったのだろう)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「雨…もみじを促す物…おとこ雨」「もらじ…漏らない…盛らない…盛り上がらない」「かさとりの山…笠取山(京より宇治へ行く途中、東に見える山の名)…名は戯れる。笠を手に持つ山・嵩とりの山・勢いのある山ば」「笠…かさ…嵩…勢いある…いきりたつ」「山…山ば」「もみぢ…秋色…飽き色・厭き色…も見じ…も見ない」「も…意味を強める」「見…覯…媾…まぐあい」「じ…打ち消しの意志を表す」「そめけむ…初めけむ…染めけむ」

 

雨降れど、少しも漏れないだろうに、笠取の山は、どうして紅葉しはじめたのだろう。――歌の清げな姿。

おとこ雨降れど、少しも盛りあがらないのに、いきりたつ山ばは、どうして、も見じ色に、染まってしまったのだろう。――心におかしきところ。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)