具体的な事実を踏まえ,実体的な法律関係を理解して論述する能力,当事者間に成立した契約の内容を理解して妥当と認められる法律的帰結を導く能力,及び,具体的な事実を法的な観点から分析して評価する能力などを試そうとするものである。
民法の講義でもいつも指摘している通りだが,債権法改正の影響が本試験問題に出てきている。「債権法の影響」ってなんだ?と思う人も多いかと思うが,債権法改正全体を貫く大きなトレンドは,結局は「当事者の合理的意思解釈」ということである。この点は,「現場思考型の解釈論型」の問題として影響が出ていおり,3,4年ほど前から指摘しているところである。この手の問題は,「書くこと自体」の事前準備ができないので,試験委員としても作問しやすいのである。
民法の基本的な概念を適切に用い,法律関係を理解する上で欠かすことができない適用規範を提示する民法の規定を指摘し,また,訴訟における攻撃防御の構造を意識しつつ具体的な事実が持つ意義を的確に理解して論述をすることなどが求められる。半面において,これらの概念や規定に論及しない答案も少なくない。加えて,小問(1)において,民法第94条第2項の類推解釈に論及し,それに相当な分量を割く答案などが見られ,さらには,その類推解釈が肯定されるべき事例であると説くものなどまであり,受験者の解答の水準には,相当の上下の乖離が見られる。権利外観法理により保護を考えなければならない局面は,あくまでも例外であるということが,改めて認識されることがあってよいと痛感する。
この指摘は肝に銘じなければならない。「趣旨からの論証」なる言葉は耳障りが良いのであるが,この場合,正確に定義・趣旨を論じることが必要となる。特に民法,民訴法は,定義や概念を正確に言えるかどうかが重要になる場面が多いので注意したい。民法でこれをやっちまう人は民訴法では更にド派手にやらかしていると予想される。更に,権利外観法理を振り回すのも良くない。信義則を振り回すのが駄目なら,権利外観理論も振り回すのは同様に拙いとは思わないのだろうか。あくまでも「最後の奥の手」であり,最初から振り回してよいわけではない。これを認めたら,もはやそれは「法律論」ではないでしょう。
とりわけ自己の物の時効取得の適否という観点を問題としていない答案は,少なくなかった。
ここでも,L2レベルの脆弱性を物語る指摘である。
自己の物の時効取得について言うならば,その適否が判例上問題とされたということ自体が,それについて実体法的な観点から考察をしておくべき必要があることを示している。
民法において,この指摘は極めて重要である。合格者に答案を読んでもらったら,「解釈論がない」「いきなり結論から書いている」という指摘をされる,という相談を本当に多く受ける。特に民法においては顕著である。他方で,このような指摘を受けてしまう受験生の多くは,「書くことがないと思った」「何を書けば良いのか分からなかった」との感想を持つ者が多いのである。何故だろうか。実は,民法の場合,判例の立場が「常識化」されすぎて,本当は論点であり,解釈論を経て認められる結論が,あたかも条文上認められている,当然に認められる考えである,等という受け止め方をしてしまっている人が非常に多いのである。この自己物に関する時効取得の可否についても,これはもはや「論点」ではなく,「そんなの当たり前」,「常識」なのだという前提で,答案を「書き始めてしまう」のである。なので「解釈論がない」「いきなり答えを書いている」との指摘を受け,本人は「書く事がない」という感想を持つに至るのである。このような人には,自分が想定しているスタートラインより10m手前から走り出す感じで答案を書け,とアドバイスをしているところである。
契約書を正しく読み取った上で,契約条項をそのままの形で適用するのでは解決が困難である問題について,契約解釈などを通じ,十分な理由付けと論理一貫性の下に適切な解決を導くことができるかどうかが,評価の対象となる。
当たり前だと思うのだが,「契約書にはこう書いてある,だから答えはこうである」で済むなら警察ならぬ裁判所は要らないのである。
無償寄託における注意義務が自己の財産についてと同一の注意義務であることを根拠法条とともに指摘し・・・。関連する法条を正しく掲記すること・・・。
ここでも「根拠条文」を指摘しない,「不届きもの」が居るということである。しかし何故こうも条文をシカトしたがるのか分からない。
全般的にも,余り多くはないが,民事の法律紛争の一つの重要な題材である損害賠償については,しっかり論述しようとする態度答案の全体からうかがわれるものがあったことは,好ましい。
数年前から指摘し続けている民事系の大きな「科目間特性」の一つ,「損害」拘り,である。「やはりそうだよねー,大事ですよねー」という感じである。民法は民訴法ほど学説の重要性は見られないが,損害賠償請求がらみのところ(ようは債権総論である)は余裕があれば勉強して損はないところである。論文突破レジュメもこの辺りは潮見説などを中心に紹介しているので安心して欲しい。
法律家が書く文章ということでは,さらに裁判書や準備書面は,当然と言えば当然のことであるが,他人に読んでもらうものである,という前提がある。自分が手控えとして残しておくメモとは異なるものであり,答案も,それらと同じであるべきであるから,その観点からの注意も要る。
繰り返しになるが,司法試験は「採用試験」であり「適性を見る試験」である。わざわざ自分は適性がないですよ,と自慢する必要はないと思う。
答案の分量やそれと密接に関連すると見られる答案作成の時間配分の問題については,設問3が考察不足に終わった答案の中に,設問1で不必要なことを書いたために時間を費やしたとか,どうしても設問1及び同2を書き過ぎてしまうとかといった原因を抱えていると推測されるものが見られる。受験者は,各設問に対応する解答の分量を考えるとき,示されている配点の割合を参考にすると良い。
答案構成の重要性がここでも「厚く」論じられている。特に「設問3問体制」が定着しつつある科目(行政法や民法である)は,比較的イージーな問題であることが多い設問3が,丸々吹き飛ぶ可能性があるので厳重注意である。時間配分,ページ配分は答案作成上の「いろはのい」である。以前,「配点は15%程度なので,多めに書いても大して点が付かない。さらっと流して設問2以下に時間をかけました」というコメントをした合格者がいたが,良い意味で要領が良いといえる。見習いたい。
基礎的な概念の理解や基本的な思考方法を確実に習得した上で応用的な問題に取り組む,という順序に従って学習を進める,ということである。・・・応用的な問題に取り組むことも,もちろん必要であるが,それは,基本に従って通常の規範操作をする能力を前提としてのことである。
まぁ,これは法科大学院に対するコメントでもあるのだが,最近,未修者コースの定期試験で(しかも1年次である!),突然長文の事例問題を解かさせて,成績評価をする法科大学院が増えてきている。教育方法としてはありえない。L2からのL3の必要性を認識して欲しい。L2レベルがまだまともにクリアーできていないのに,「事例研究」系の問題集とかをやたらやりたがるのも困り者である(「合格者に勧められたので」,「既修者が使っているので」というのがその理由の大半だが,シッカリして欲しい)。私は最近「まだそれをやるのは早い。あなたのボトルネックはそこではない」という学習アドバイスをしている。学習順序に関して「時の裁量」は狭いのである。
題意にない事実を付加したり,題意から想定し難い仕方で事実関係を理解したりして,殊更特殊な問題を論ずることに時間を割く答案も見られた。後者の思考態度は,法律実務に就く者の仕事の姿勢として,あり得ないものである。今後とも受験者においては,法律実務を的確に扱うことができる能力を練成するという姿勢を堅持してほしいし,法科大学院における教育も,基礎的な理解と思考に基づく法的推論をする能力を育むものであることが望まれる。
このような振る舞いの理由は分からないのだが,題意を外すのは論外であることは間違いない。「逃げの答案」でも「守りの答案」でもなんでもない。ただの「作文」である。試験委員が「ありえない」という「激烈な言葉」を使っていることの重みを感じて欲しいところである。