礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

「痛快」という言葉と日本人の心性

2024-01-25 00:38:02 | コラムと名言

◎「痛快」という言葉と日本人の心性

 先日、高円寺の古書展で、金田一春彦著の岩波新書『日本語』(1957年1月)を入手した。古書価50円。その139ページから142ページにかけて、次のようなことが書かれていた。

 感情のちがいの言い分け 感覚関係の語彙が乏しいのに対して、日本語では、感情関係の語彙は実に豊富である。
 カンドウ神父によると、日本語のうちで最も理解しにくい語は、「気」だという(『バスクの星』)。気ガネヲスル・気ガオケナイ・気マズイ・気ガヒケルなど、微妙な心理の動きを表わす語彙は日本語に多い。
 怒りだけをとり出しても、オコル・フンガイスル・ハラガタツ・シャクニサワル・ムシャクシャスルなど、みな少しずつ意味がちがう。ムカッパラ・中【ちゆう】ッパラのような微妙なのもある。
 字音語〈ジオンゴ〉の中には、日本で古くできた日本製字音語というものがあるが、その中に、心の動きをあらわすものが多いことはいちじるしい傾向である。たとえば、「心配」「懸念」「無念」「立腹」「平気」「本気」「大丈夫」「未練」「存分」「存外」「案外」「癪」「大儀」「懸命」「勘弁」「得心」「納得」「承知」「用心」「料簡」「辛抱」「遠慮」「覚悟」「頓着」などは、いずれも日本製字音語、または日本で特殊の狭い意味をもつに至った古いシナ語である。
【中略】
 ところで終戦後、あるアメリカの女性が、日本語の「痛快」ということばを指摘し、こんなことばがあるから、日本人は残虐行為をするんだと言ったという話がある。つまり、このことばは他人の苦痛を見て喜ぶ気持ちで、日本人の好みをよく表わしているというのである。なかなかシンラツである――が、ちょっと考えなおす余地もありそうだ。「痛快」はむしろ暴威を振っていたものがその無力を暴露したときに感じる喜びではないか。だとすると日本人は、この「痛快」ということばをもっていることによって、権威に対するレジスタンスの気持をもっていることを証明するとも言えるかもしれない。
 評価を表わす語句 その他、日本で出来た字音語の類には、そのものに対する評価の意味をこめたものが多いことも注目される。「仰山〈ギョウサン〉」「笑止」「窮屈」「面倒」「無駄」「愛嬌」「愛想」「不便」「奇怪」「不埒〈フラチ〉」「突飛〈トッピ〉」「剣呑〈ケンノン〉」「邪見」「横柄」「律義」「腕白」などがそれである。日本人がとかく感情をまじえて物を言う傾向のあらわれにちがいない。副詞でも、客観的な意味の背後に、主観的な意味をもったものが多いのも同じ傾向である。
 たとえば、セッカク・ワザワザはともに「労力を使って」という客観的な意味をもっている。セッカクの方はほかに、「ムダに」の意がこもり、ワザワザの方は、ほかに「御苦労にも」の意がこもる。ツイ・思ワズ・アイニク・ナマジッカ・サゾ・サダメシ・ドウセなどいずれも、感情的色彩が強い副詞である。【以下、略】

 あるアメリカの女性が、「痛快」という言葉を「他人の苦痛を見て喜ぶ気持ち」として捉えたとあるが、おそらく、その捉え方は誤解であろう。金田一春彦は、この言葉を、「暴威を振っていたものがその無力を暴露したときに感じる喜び」として捉えているようだが、この捉え方もまた、信ずるに足りない。
「痛快」というのは、金田一春彦のいう「日本製字音語」のひとつである。断定はしないが、「いたくこころよい」という意味をあらわした言葉だと思う。「いたく」というのは、「はなはだ」という意味であり、もし漢字であらわすとすれば、「甚く(いたく)」がふさわしい。「いたくこころよい」という意味をあらわす字音語として、「痛快」を選んだのは妥当ではなかったと私は考えている。

「痛快」という字音語の適否については暫く措くとしても、私たち日本人に、「他人の苦痛を見て喜ぶ」心性があることは、否定できないような気もする。「暴威を振っていたものがその無力を暴露したときに」喜びを感じてしまう心性である。そうした心性が、「痛快」という日本製字音語を生み出したのか。あるいは、「痛快」という言葉の存在が、この間、日本人の「心性」を規定してきたのか。
 ――昨年から今年にかけて、「暴威を振っていた」組織あるいは個人が、突如、その無力を露呈するという事例がいくつも発生し、人々の注目を集めた。そうした事例を詳報する週刊誌が売り上げを伸ばしている。そうした事例に対し、「痛快」の念を抱く日本人が多いからなのだろうか。

*このブログの人気記事 2024・1・25(9位の西部邁は久しぶり、10位に極めて珍しいものが)

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