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礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

お蔭にて原文拝読あい叶ひ……(河上肇)

2025-04-02 00:01:55 | コラムと名言
◎お蔭にて原文拝読あい叶ひ……(河上肇)

『回想の河上肇』(世界評論社、1948)から、小島祐馬の「読書人としての河上博士」という文章を紹介している。本日は、その二回目。
 小島は、この文章で、たびたび、河上肇の書簡を引用している。その際、書簡の部分を「一字サゲ」にしているが、前後の一行を空けることはしていない。以下、このブログでは、書簡が引用される場合は、前後の一行を空けることにしたい(一字サゲはしない)。

 大正六年〔1917〕八月二十七日の手翰にかういふのがある。

 拝啓愚書差上げ御清閑を妨げ候ひし事と恐縮罷在〈マカリアリ〉候処右に付御懇書〔おてがみ〕頂戴更に恐縮の至に奉存〈ゾンジタテマツリ〉候但し御蔭にて原文拝読相叶ひ〈アイカナイ〉大幸〈タイコウ〉に御座候青柳氏引用の習字に関する家訓の一節は御示〈オシメシ〉之個所に相違無御座と存候へ共多少相違致候哉〈ソウロウヤ〉に覚え候まゝ只今比較致候に果して左の如く異り居申〈オリモウシ〉候
 汝【コノ字ナシ】毎日習柳字百個 単日以油紙摹之【双日ノ所ト入レ違ふ】 双日以生紙臨之○【コヽ脱】数日【月】之後○【「手愈拙」ヲ脱ス】字愈醜 意興愈低 所謂困也 困時○【切字脱】勿【莫】間断○【コヽ十二字脱】再困【熬】再奮 愈窮愈熬【ナシ】 則必有通達【自有亨通】精進之日 不啻【特】習字 凡事皆有極困極難之時 打得通的便是好漢
 何故斯かる差異ある事にやと疑はれ申候但し此点に関して重ねて御懇諭を仰がんとには非ず只拝謝の意を表するが為に之を貴覧に供し候のみ
 小生は〔曾〕国藩其人に就て全く知る所なく其文章も始めて読みたる事に御座候へ共実一二片の鱗にて其大きさも想像相出来候やうに感じ愉快に覚えたる事に御座候貴諭に「習字ハ国藩ニ在リテハ一ノ末技ニ過ギズ而モ其刻苦精励工夫ヲ凝ラスコト如此可欽之至」と有之候は真に同感の至〈イタリ〉に御座候 近来の学生総じて我侭〈ワガママ〉にてこの刻苦精励工夫に力を用ふること乏しく竊に〈ヒソカニ〉歎息罷在候処に御座候 読書骨相人相を変換するの説真に愉快なりと奉存〈ゾンジタテマツリ〉候畢竟〈ヒッキョウ〉骨相人相を変換する底〈テイ〉の学に非ずんば学にして学に非ずと可申〈モウスベク〉候はん歟〈カ〉
 小生近頃次第に思ふには経済学史上に在りてはアダム・スミスとカール・マルクスとを以て斯界第一等の人と為すべく而して前者のWealth〔国富論〕と後者のKapital〔資本論〕とは真に斯学のバイブルと為すべし古往今来斯学に関する著述にして之に及ぶもの絶えてあるなし片々たる近刊の書の如きは尽くこれ日下の燈〈ニッカノトウ〉也 而かもスミスもマルクスも共に天才には非ず只刻苦精励の功を積むこと尋常一様に非ざりしのみWealth もKapitalも共に著者の胸中に在ること数十年著者の血液一滴毎〈ゴト〉に一行を成せしもの此の如きは実に人界の宝也古来才人多けれども此の二人者の如く一生を通じて一著述の為に心血を注き竭し〈ソソギツクシ〉たるものあるを見ず思ふに「刻苦精励工夫ヲ凝ラスコト」学問に従事する者の第一の心得に候ふべし 御示教を辱う〈カタジケノウ〉し感謝の至に存候がまゝに覚えず迂愚〈ウグ〉之言をつらね申候御笑覧被下度〈クダサレタク〉候 敬具 八月二十七日朝研究室にて 河上 肇 〈16~18ページ〉【以下、次回】

 あるとき河上肇は、曾国藩の「習字に関する家訓」というものを読んだ。「青柳氏」が、ある文章の中で、これを引いていたのである。原文で、その「家訓」を読みたくなった河上は、小島祐馬に相談し、曾国藩の「原著」に載っているものを送ってもらった(小島は、原著から、当該部分を筆写したという。後述)。ところが、小島から送られてきた「家訓」は、青柳氏が引いているものと、字句にかなりの相違があった。
 河上は、そのことが気になって、ここに引かれている手紙を書き送った。字句の相違を報告している部分は非常に読みにくいが、まず、小島から送られた「家訓」を引き、それに傍線とルビを施す形で、青柳氏が引いている「家訓」との違いを説明しているらしい。
 河上は、手紙の中で、「何故斯かる差異ある事にやと疑はれ申候、但し此点に関して重ねて御懇諭を仰がんとには非ず」と述べている。しかし、「此点に関して」、小島から懇ろなる教示を聞かずにはいられない、というのが本当のところだったのだろう。

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