◎只今、浜松市内は敵の艦砲射撃を受けています
上原文雄『ある憲兵の一生』(三崎書房、1972)の第三章「戦渦」を紹介している。本日は、同章の「艦砲射撃下の浜松」の節を紹介したい。
この節は、前後二回に分けて紹介する。
艦砲射撃下の浜松
浜松市が敵海軍機動部隊の艦砲射撃をうけたのは、昭和二十年七月三十日夜のことである。
浜松市街はこれまでに二十数回の大小爆撃で大部分を焼失破壊され、僅かに名残〈ナゴリ〉一帯の民家を残すのみとなっていた。
市街地の焼跡には防空壕内に起居する罹災民を一部残して、多くは山間部に避難疎開していた。
東海道線は傷付きながらやっと運行しているという状態である。浜松駅は駅舎は焼失したが、本屋〈ホンオク〉の一部焼残りを修理して業務に支障なく、工機部は無疵〈ムキズ〉であった。市役所は庁舎を焼失し公会堂に移っており、警察署と中部配電は完全であり、静岡銀行浜松支店も焼跡にポッコリ残っていた。郵便電話局は木造部を失ったが機能は回復しており、病院は衛戍〈エイジュ〉病院をはじめ周辺に二、三が残った。
三方原に近い高射砲連隊付近には焼け残りの民家があり、日本楽器本社工場は木造工場の一部を失ったが、コンクリート建工場は完全に残った。
駅前には松菱百貨店が高く聳えていたが、商店街は全滅して商業活動も消減してしまった。このような焼土市街が一時間余りにわたって、敵艦隊の巨砲攻撃をうけたのである。
その日ちょうど海軍施設部に依頼して建てた仮庁舎が完成し、屋根が白い板張りで目立つというので、松城〈マツシロ〉公園の裏から樫の枝を伐って来て載せ遮蔽をしていた。
昼間敵艦載機の偵察があった。夕刻になってまた敵艦載機が飛来し、三方原飛行場に缶詰爆弾を投下したという情報が入った。(缶詰爆弾とは缶詰を転ろがせたように散乱し、それに触れると爆発するというものであって、飛行場における地上活動を阻害するためのものらしかった)
夜半十二時頃飛来した敵機が、はじめて照明弾を投下した。青い光が地上を照らして美しい夜景を現わしたと見る瞬間、大きな爆音が起こった。
空爆にしてはおかしい音だと思って海岸の方を見ると、稲妻が立つように明るくなると爆音が起こり、頭上をかすめる弾道音が聞え、名残方面に大爆音が起こった。
「艦砲射撃だ、全員地下壕に退避せよ」
と命じて自分は地上の掩蔽壕に、小池軍曹と二人で残った。
壕内の電話で静岡池区隊を呼び出し
「只今、十二時浜松市内は敵の艦砲射撃をうけています」
と報告中に軍用電話線が断線し不通となった。あたりに発射音と続いて起る弾道音、着発音と弾片の飛び散る金線音と地響〈ジヒビキ〉で、耳も裂くばかりとはまさにこのことかと思われた。
弾着点は頭上を越して名残方面とみられていたが、そのうちに段々と接近して来て、松城城趾から鹿谷〈シカタニ〉公園に盛んに着弾する。
地響とともに弾片が飛んで来て、分隊仮庁舎に当って音を立てる。どすんという地響をあげて弾片が壕の掩い〈オオイ〉の上に落ち、砂塵をあげローソクの火が消えた。口中に砂が入って唇の滑りを止める。つばを吐いて口の中の砂を出す。小池軍曹がだまってローソクに点火した。
腕時計を見て零時二十分を記憶する。勤務手帳を出して、〝〇、二〇生存、攻撃はげし〟と書く。小池軍曹に
「ここは危い地下へ入れ」
と命ずる。小池軍曹は
「ここに居ます」
と動かなかった。
弾着地点を想像する。お城のあたりに盛んに着弾しているが、ここ亀山町はお城の陰にあたるので、直撃弾は来ないかも知れんと考える。お城の台地を越えた弾は鹿谷公園の山腹にあたるらしい。そのうちにあたりは、土煙〈ツチケムリ〉で雷雲の中に入った程まっ暗になってしまった。約三十分射撃が続いた頃、ピタリと砲撃が止んだ。
壕の上に立ってあたりを見回したが、火災らしいものは起こっていない。明るかった空は霧のような土煙におおわれ、いやに静寂であった。
地下壕の部下のところへ行こうと一歩踏み出すと、又砲声が起った。あわてて壕に入って弾着音の方向を探ぐると、こん度は幾分西の方へ移って行くように聞きとれる。
鉄道の工機部あたりから高塚舞坂方面に遠去かっていった。かくして約三十分間程砲撃した後すっかり砲声は途絶えた。【以下、次回】
「名残」は町名で、名残町(なごりまち)とも言った。現在の浜松市鹿谷町(しかたにちょう)ほかに当たる。米軍は、名残一帯が焼け残っていることを把握した上で、この日、名残一帯を中心に、艦砲射撃をおこなった可能性がある。
また、この間の徹底した空襲・艦砲射撃にもかかわらず、東海道線や中部配電が業務を維持できたのは、「占領」と「復興」を視野に入れていた米軍が、それらの施設への爆撃を避けた可能性が指摘できる。
三方原飛行場に「缶詰爆弾」が投下された話は、高橋国治「防空監視隊副隊長として」という文章にも出てくる(当ブログ、2023・12・8の記事参照)。
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