朝、自宅を出発し、津軽海峡フェリー(函館-青森間)を利用
その日の夜に道の駅「ゆ~さ浅虫」に着いた
翌朝も雨が降り続いているため、併設されている温泉に浸かり、ゆっくりした一日が始まった
特別史跡 三内丸山遺跡
縄文の丘 三内まほろばパーク「縄文時遊館」

「北海道・北東北の縄文遺跡群」を世界遺産登録を目指す活動がおこなわれている

時遊トンネルをこえると、誰も見たことがない縄文文化に触れ、当時の生活を想像することができる

基本的な知識を身につけるにはボランティアガイドの巧みな話術による説明を聞くことが有効である

南盛土
大量の土器や石器、土偶やヒスイ製の玉などが土と一緒に捨てられた場所
約1000年間で丘のようになった

竪穴住居跡

床は地面を掘りこんでつくっている

床の中央には炉があった

550棟以上見つかり、15棟を復元している

大人の墓(土抗墓)
大人は地面に掘られた墓に埋葬
墓は道路をはさんで向かい合うように配置。約500基見つかっている

掘立柱建物跡

地面に穴を掘り、柱を立てた建物跡

遺蹟中央部分でまとまって見つかり、高床式の建物と考え復元された

北盛土
たくさんの土器や石器が土と一緒に捨てられた場所

壊れた土器が広がっている

子供の墓(埋設土器)
子供は土器に入れて埋葬された。800基以上見つかっている

穴を開けたり、底を抜いたりした土器に握りこぶし大の丸い石が1~2個入れてあるものもある

大型掘立柱建物跡
6本柱の長方形の建物と考えられている
柱穴は直径・深さとも2m、穴の間隔はすべて4.2m

穴の中に直径1mのクリの柱が残っていた

復元した建物

特に4.2メートルというのは35センチメートルの倍数
「縄文尺」ともいうべき長さの単位が広範囲にわたって共通規格として共有されていた可能性が考えられる

柱本体にも腐食を防ぐため周囲を焦がすという技術が施されており、長い間腐食を防ぐことのできた一因となっている

大型竪穴住居跡

復元したのは縄文時代中期のもので長さ32m

これらは集会所、共同作業場、冬期間の共同家屋などの説がある


縄文時代前期~中期(約5,500~4,000)の1,500年もの間、この地に定住し共同生活をしていたとは想像できなかった

「さんまるミュージアム」

縄文土器。同じ地層から出土したものが一括して重文に指定されている


展示物の中でも人気の
縄文ポシェット(重要文化財)
「網かご」だが完成度は高い

私の一番のお気に入りは解説員のこの女性
昔の人が造り、使って、捨てたものを、現代人が探し、復元し展示する
それを遠くから見に来て下さる人がいて、私が説明する
なんて素敵なことだろうと情熱的に語ってくれた

*写真掲載については本人の許可をいただいています
大型板状土偶(重要文化財)
どの展示物が好きですかと聞かれ、即座に答えたのがこの土偶
胴体と首の部分が別々の場所から発見された等わかりやすく説明してくれた

縄文人の生活を再現した展示物


気がつけば閉館時間の5時になっていた
撮影 平成28年5月12日
その日の夜に道の駅「ゆ~さ浅虫」に着いた
翌朝も雨が降り続いているため、併設されている温泉に浸かり、ゆっくりした一日が始まった
特別史跡 三内丸山遺跡
縄文の丘 三内まほろばパーク「縄文時遊館」

「北海道・北東北の縄文遺跡群」を世界遺産登録を目指す活動がおこなわれている

時遊トンネルをこえると、誰も見たことがない縄文文化に触れ、当時の生活を想像することができる

基本的な知識を身につけるにはボランティアガイドの巧みな話術による説明を聞くことが有効である

南盛土
大量の土器や石器、土偶やヒスイ製の玉などが土と一緒に捨てられた場所
約1000年間で丘のようになった

竪穴住居跡

床は地面を掘りこんでつくっている

床の中央には炉があった

550棟以上見つかり、15棟を復元している

大人の墓(土抗墓)
大人は地面に掘られた墓に埋葬
墓は道路をはさんで向かい合うように配置。約500基見つかっている

掘立柱建物跡

地面に穴を掘り、柱を立てた建物跡

遺蹟中央部分でまとまって見つかり、高床式の建物と考え復元された

北盛土
たくさんの土器や石器が土と一緒に捨てられた場所

壊れた土器が広がっている

子供の墓(埋設土器)
子供は土器に入れて埋葬された。800基以上見つかっている

穴を開けたり、底を抜いたりした土器に握りこぶし大の丸い石が1~2個入れてあるものもある

大型掘立柱建物跡
6本柱の長方形の建物と考えられている
柱穴は直径・深さとも2m、穴の間隔はすべて4.2m

穴の中に直径1mのクリの柱が残っていた

復元した建物

特に4.2メートルというのは35センチメートルの倍数
「縄文尺」ともいうべき長さの単位が広範囲にわたって共通規格として共有されていた可能性が考えられる

柱本体にも腐食を防ぐため周囲を焦がすという技術が施されており、長い間腐食を防ぐことのできた一因となっている

大型竪穴住居跡

復元したのは縄文時代中期のもので長さ32m

これらは集会所、共同作業場、冬期間の共同家屋などの説がある


縄文時代前期~中期(約5,500~4,000)の1,500年もの間、この地に定住し共同生活をしていたとは想像できなかった

「さんまるミュージアム」

縄文土器。同じ地層から出土したものが一括して重文に指定されている


展示物の中でも人気の
縄文ポシェット(重要文化財)
「網かご」だが完成度は高い

私の一番のお気に入りは解説員のこの女性
昔の人が造り、使って、捨てたものを、現代人が探し、復元し展示する
それを遠くから見に来て下さる人がいて、私が説明する
なんて素敵なことだろうと情熱的に語ってくれた

*写真掲載については本人の許可をいただいています
大型板状土偶(重要文化財)
どの展示物が好きですかと聞かれ、即座に答えたのがこの土偶
胴体と首の部分が別々の場所から発見された等わかりやすく説明してくれた

縄文人の生活を再現した展示物


気がつけば閉館時間の5時になっていた
撮影 平成28年5月12日
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