【木語】秘密体質という弱点=坂東賢治(専門編集委員) これまた遺憾ながら 抜粋転載
・ <中国共産党は7月1日に創立100年を迎える。だが、設立を決めた第1回党大会が上海市のフランス租界で開かれたのは1921年7月23~31日のことだ。明確な記録は残されておらず、代表者数も
12人と13人の2説ある。日程不明のまま20年後の41年に定められた7月1日が、今も公式の創立記念日になっている。地下活動を迫られる革命政党の宿命か。結党時から秘密保持が大きな課題だった。
初の党綱領にも「重要な主張や党員の秘密を守らなければならない」と明記した。>
・ <ソ連共産党も秘密体質で知られたが、85年に書記長に就任したゴルバチョフ氏が「グラスノスチ(情報公開)」で風穴を開けた。中国では89年の天安門事件の際に学生らがゴルバチョフ氏に
ならって公開性や透明性の向上を求めたが、弾圧された。中国には今もグラスノスチがソ連崩壊の一因という見方が根強い。>
・ <バイデン大統領は新型コロナウイルスの発生源をめぐり、研究所からの流出説の検証を命じた。陰謀論ともみられた疑惑の再燃には、中国の透明性の欠如に焦点を当てる狙いがうかがえる。
新疆ウイグル自治区でのウイグル族弾圧を否定する中国の主張が説得力を欠くのも、情報公開を伴っていないからだ。今度は広東省の原子力発電所からの放射能漏れだ。
「安全性が保たれている」という一方的な発表では誰も納得しない。燃料棒の破損を認めたのは国際世論の圧力を感じたためだろう。今後も情報公開を続けられるかはなお疑問だ。>
* <民主主義諸国も情報公開が徹底されているわけではない。しかし、隠蔽(いんぺい)を暴こうとするメディアや市民団体が存在する。一方、中国には報道の自由もない。
習近平政権が優位性を強調する「中国モデル」の大きな弱点である。> 確かに「大きな弱点」だが、日本だって”天に唾する過ち”を犯していないか??
⇒ 決断と実行スピードにおいて勝る専制独裁政権が、何をするにも時間のかかる民主主義より効率よく見えるのは否定できない。コロナ対策だけでなく、経済成長や軍事力強化でも同じだった。
中国/ヴェトナム/北朝鮮をみよ! 世界中いたるところで若年層が代議制デモクラシーに苛立ち、旧共産主義諸国型の強権モデルに憧れる背景は此処にある。
然し、「個人はどうであれ国家集団の効率が良いからと、あらゆる個人の尊厳と自由を捨て、隠蔽や専制政治にわが身を委ねる国民にはならない」との信念を我々が強く持たないと、
基本的人権や民主思想は自由を捨てた瞬間に失われてしまう。 それは何も中国やロシアだけの話ではない。三権分立を歪め、強権隠蔽体質化を歩む日本政府にも同じ危険は潜むのだ。
・ <中国共産党は7月1日に創立100年を迎える。だが、設立を決めた第1回党大会が上海市のフランス租界で開かれたのは1921年7月23~31日のことだ。明確な記録は残されておらず、代表者数も
12人と13人の2説ある。日程不明のまま20年後の41年に定められた7月1日が、今も公式の創立記念日になっている。地下活動を迫られる革命政党の宿命か。結党時から秘密保持が大きな課題だった。
初の党綱領にも「重要な主張や党員の秘密を守らなければならない」と明記した。>
・ <ソ連共産党も秘密体質で知られたが、85年に書記長に就任したゴルバチョフ氏が「グラスノスチ(情報公開)」で風穴を開けた。中国では89年の天安門事件の際に学生らがゴルバチョフ氏に
ならって公開性や透明性の向上を求めたが、弾圧された。中国には今もグラスノスチがソ連崩壊の一因という見方が根強い。>
・ <バイデン大統領は新型コロナウイルスの発生源をめぐり、研究所からの流出説の検証を命じた。陰謀論ともみられた疑惑の再燃には、中国の透明性の欠如に焦点を当てる狙いがうかがえる。
新疆ウイグル自治区でのウイグル族弾圧を否定する中国の主張が説得力を欠くのも、情報公開を伴っていないからだ。今度は広東省の原子力発電所からの放射能漏れだ。
「安全性が保たれている」という一方的な発表では誰も納得しない。燃料棒の破損を認めたのは国際世論の圧力を感じたためだろう。今後も情報公開を続けられるかはなお疑問だ。>
* <民主主義諸国も情報公開が徹底されているわけではない。しかし、隠蔽(いんぺい)を暴こうとするメディアや市民団体が存在する。一方、中国には報道の自由もない。
習近平政権が優位性を強調する「中国モデル」の大きな弱点である。> 確かに「大きな弱点」だが、日本だって”天に唾する過ち”を犯していないか??
⇒ 決断と実行スピードにおいて勝る専制独裁政権が、何をするにも時間のかかる民主主義より効率よく見えるのは否定できない。コロナ対策だけでなく、経済成長や軍事力強化でも同じだった。
中国/ヴェトナム/北朝鮮をみよ! 世界中いたるところで若年層が代議制デモクラシーに苛立ち、旧共産主義諸国型の強権モデルに憧れる背景は此処にある。
然し、「個人はどうであれ国家集団の効率が良いからと、あらゆる個人の尊厳と自由を捨て、隠蔽や専制政治にわが身を委ねる国民にはならない」との信念を我々が強く持たないと、
基本的人権や民主思想は自由を捨てた瞬間に失われてしまう。 それは何も中国やロシアだけの話ではない。三権分立を歪め、強権隠蔽体質化を歩む日本政府にも同じ危険は潜むのだ。