日本では神も仏もいない。死んだら終わりと言う人が大半ですが、真実を伝えます。

日本は神も仏もいない。死んだら終わりと言う人が大半ですが、真実を伝えます。

「花燃ゆ」オープニングの歌詞は『留魂録』!? 心震えるその言葉の意味とは?

2015-06-22 17:57:17 | 日記

「花燃ゆ」オープニングの歌詞は『留魂録』!? 心震えるその言葉の意味とは?【3分で学ぶリバティ日本史】
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9776

NHK大河ドラマ「花燃ゆ」(全50回)が、21日放送の第25回「風になる友」で、ちょうど折り返し地点を迎えます。

 

ところで、そのオープニングテーマ曲ですが、「(歌詞が)なんと言っているか聞き取れない」という方も多いのではないでしょうか。実は、こういうことを言っています。

 

 

「愚かなる 吾れのことをも 友とめづ人は わがとも友(ども)と

   吾れをも 友とめづ人は わがとも友(ども)と めでよ人々

   吾れをも 友とめづ人は わがとも友(ども)と めでよ人々 燃ゆ」

                                               (NHKホームページより)

 

 

「愚かな私のことでも、"あれは私の友であった"と思ってくれる人がいるなら、私の友達にも、私に向けてくれたのと同じような愛情を向けてほしい」という意味です。松陰の最期を思い出すと、なんとも味わい深い言葉です。

 

この「短歌」は、1859年(安政6年)、吉田松陰が処刑の前日、松下村塾の門下生に向けてしたためた『留魂録』の中にある歌です。松陰が"友"と呼んだ塾生たちへの万感の思いが、約5000字という長文でつづられています。

 

「大河を途中から観始めた」という方などは、「『留魂録』って何だろう?」と思われるかもしれません。劇中で、主人公の文(ふみ)や夫・久坂玄瑞などが、今は亡き松陰に思いをはせる時に手に取る、あの"小さな冊子"のことです。

 

実はこの『留魂録』、後に明治維新の志士たちの強力なバイブルとなり、行動の源泉となった点で、ただの遺書ではありません。では一体、どのようなものなのでしょうか。

 

 

投獄・取り調べの経緯と、塾生たちへの愛

『留魂録』は、「身はたとい武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」という有名な辞世の句から始まります。「仮に肉体は朽ち果てても、日本の行く末を思う魂だけでも留め置きたい」という意味ですが、「人間の本質は魂である」という確固たる宗教的信念がそこにあったことが伺えます。

 

投獄された経緯については、「『至誠にして動かざる者は、未だこれあらざるなり』という孟子の言葉を胸に幕府の役人の説得を試みたが、わかってはもらえなかった。しかし、誰を恨むということはない。自分の徳が薄かったのが原因である」と語ります。たとえ何があっても、環境や他人のせいにしないというリーダーとしての「潔さ」がひしひしと伝わってきます。

 

松陰はまた、できれば自分の意思を継いでほしいと述べ、「○○(塾生の名前)のことは、△△に話しておいた」と、自分亡き後の塾生たちの動きにまで気を配っている箇所が随所に見られます。松陰は、最期まで彼らの「先生」でありました。

 

 

松陰の「死生観」

さらにもう一つ大事なことは、松陰の「死生観」が、人間を「春夏秋冬を循環する作物」に例えて述べられている点にあります。以下、『留魂録』にある松陰の言葉を紹介します。

 

「今日死を覚悟して少しも騒がない心は、春夏秋冬の循環において得る所があったからだ。(中略)義卿(自分)は三十、四季はもう備わっている。成長もし、また実りもした。それがしいら(籾殻)であるか十分に身の入った穂であるかは僕の知るところではない。もし同志の士に、僕の微衷(真心)を憐れんで、それを受けついでやろうという人があるならば、そのときこそ後に蒔くことのできる種子がまだ絶えなかったということで、おのずから収穫のあった年に恥じないということになろう」

(『吉田松陰 著作選 留魂録・幽囚録・回顧録』奈良本辰也著)

 

「今生の己の使命は果たした」と、松陰は言いたかったのでしょう。肉体としての松陰は亡くなっても、魂としての松陰は永遠に生き続ける。そして、その意思を受け継ぐ者たちに志を伝え続けることで、次の時代の幸福の種となるということなのです。

 

松陰が生涯大切にした「志」や「誠」は、私たちの肉体に関係するものでも、周りの環境や他人の存在で決まるものでもありません。すべて各人の「心の問題」です。そのように考えると、松陰の生き様自体が、「人間は心の力によって、どんな逆境をも乗り越えていくことができる」という強いメッセージとなっているのではないでしょうか。

 

『留魂録』の内容は、私たちの心にも"留め置き"たい言葉です。(翼)

 

【関連書籍】

幸福の科学出版 『愛の原点』 大川隆法著

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=145

 

幸福の科学出版 『吉田松陰「現代の教育論・人材論」を語る』 大川隆法著

https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1350

 

【関連記事】

2010年6月号記事 吉田松陰が貫いた"至誠"に学ぶ

http://the-liberty.com/article.php?item_id=835



信仰観の変化がうかがえるアインシュタインの書簡が落札 一流科学者の共通点とは?

2015-06-22 13:24:09 | 日記


◆信仰観の変化がうかがえるアインシュタインの書簡が落札 一流科学者の共通点とは?
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9777

20世紀を代表する物理学者で、現代物理学の父と呼ばれるアインシュタインが生前、家族や友人らに送った書簡27通が、このほど開催されたオークションで、計42万625ドル(約5200万円)の金額で落札された。CNN電子版などが報じた。

このオークションは、開催者である米競売大手プロファイルズ・イン・ヒストリー社のカリフォルニア州にあるオフィスで開催された。書簡の内容は、原爆と相対性理論の関係から、神や信仰に関するものまで多岐にわたる。

その中でも興味深いのは、アインシュタインが1939年にカリフォルニアの歴史教師であるガイ・レイナー氏に送った書簡だ。

この書簡の中で、アインシュタインは自身が無神論者であると述べている。しかし、その4年後に再び送った書簡では、神仏は存在するが、認識できないとする不可知論へと立場を一転。「私たちには、自然や我々人間自身を理解する知性が不足している。これに対応する態度をとったほうがよい」と書簡の中で述べているという。


◎数学は、神が宇宙を書くためのアルファベット

こうしたアインシュタインの信仰観の変化は興味深いものだ。

アインシュタインは他にも、「宗教なき科学は不完全であり、科学なき宗教は盲目である」という言葉を残すなど、宗教と科学は相反するものではないと主張している。

アインシュタインの他にも、天文学の父と呼ばれ、地動説を提唱したガリレオも「数学は、神が宇宙を書くためのアルファベットだ」と、科学に対する信仰の優位を語っている。

宗教心を持つことは一流の科学者の条件とも言える。


◎目に見えなくても、存在しないわけではない

一方、現代の科学者には、目に見えないものを否定したり、心は脳の作用などと唯物的に考える人は多い。しかし、電磁波や放射線などは、目に見えないからといって存在しないわけではない。また、臨死体験など、脳とは別に目には見えない「心」を想定しなければ説明できない現象は数多くある。

科学で説明できないものを全否定していては、新しい発見や発明も生まれにくい。唯物論を支持する科学者たちは、現代の科学が未完成で、発展の余地を残していると謙虚に捉えるべきだ。未知のものを解き明かし、人類のフロンティアを開くことこそが科学の使命なのだから。(冨)

【関連書籍】
幸福の科学出版 『アインシュタイン「未来物理学」を語る』 大川隆法著
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1419

幸福の科学出版 『本当に心は脳の作用か?』 大川隆法著
https://www.irhpress.co.jp/products/detail.php?product_id=1299

【関連記事】
2015年1月4日付本欄 神は妄想ではない 一流科学者ほど語る信仰の言葉
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9010

2014年12月23日付本欄 「神などいない」にどう答えるか 無神論者に伝えたい5つのこと(前編)
http://the-liberty.com/article.php?item_id=8969


お金持ちが政治をやるとどうなるか ドナルド・トランプの出馬表明から考える

2015-06-22 13:22:55 | 日記

お金持ちが政治をやるとどうなるか ドナルド・トランプの出馬表明から考える
http://the-liberty.com/article.php?item_id=9778

米大統領選について、ホテルやカジノ経営で成功し、「不動産王」として知られるドナルド・トランプ氏がこのほど、共和党から立候補する意向を明かした。これで共和党の大統領選候補者は12人となった。ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事やウィスコンシン州のスコット・ウォーカー知事マルコ・ルビオ上院議員らが立候補するも、支持率はほぼ横並びで、目玉不在の争いが続く。

トランプ氏は、その過激な発言で党内からも批判が集まっている。例えば、メキシコなどからの不法移民排斥の発言を繰り返し、メキシコとの国境には「万里の長城を築く」と発言。また、「日本はアメリカに何百万台もの車を送ってくるが、東京でシボレー(アメリカ製の自動車)を見たことはあるか?」として、日本やメキシコなどに奪われた自動車産業の雇用をアメリカに取り戻すと訴えた。

最新の各社の世論調査では、トランプ氏の支持率は10位前後にとどまっている。トランプ氏の主張の過激さが反発の要因になっていることは伺える。

だが、トランプ氏の出馬会見は、「お金持ちが政治をやるとどうなるか」ということの考察に役立つだろう。トランプ氏は会見で、純資産額が約1兆円あると公開。「選挙運動資金は自力でまかなえるので、特定の利益団体に左右されることなく自由な活動ができる」とも発言しているのだ。

確かに、経済的自由が政治的自由をもたらすことは否定出来ない。自ら築いた資金があれば、利益団体やスポンサーの顔色を伺うことなく、自由に発言できるからだ。日本でも、国会議員の資産が発表されると、資産額が少ない政治家が「庶民的」として評価されるという風潮があるが、資産を築いた人を皆、悪人のように扱うのは踏みとどまったほうが良いかもしれない。

また、実業家として事業を起こして成功し、新たな雇用を創出できる人材が政治家になれば、新産業を創出して経済成長を起こし、国を発展させるという発想に基づいて政治が行われる。国民に重税を課し、バラマキ政策で人気を取るのとは全く違う発想で、国家が運営されるだろう。

もちろん、大富豪が全員、政治家に適しているというわけではない。ただ、経済的に自立した人材が政治の世界に参入し、しがらみから自由になって正論を述べ、改革を促すことができるならば、それは一定の評価を受けてもよいのではないだろうか。マスコミは成功者を叩いて人々の嫉妬を煽りがちではあるが、むしろ、成功者だからこそできる社会への貢献こそを正しく評価するべきだろう。(晴)

【関連記事】
2015年4月号記事 ピケティブームがあなたの給料を減らす
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2013年5月号記事 成功者に大切な「三福」の思想
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