蜻蛉日記 中卷 (119) 2016.4.25
「今日は十五日、斎などしてあり。からくもよほして、『魚など物せよ』とて、けさ京へ出だし立てて、思ひながむるほどに、空くらがり松風音たかくて、神ごほごほと鳴る。いまはまた降り来べからん物を、道にて雨もや降らん、神もや鳴りまさらんと思ふに、いとゆゆしうかなしくて、仏に申しつればにやあらん、晴れて、ほどもなく帰りたり。『いかにぞ』と問へば、『雨もやいたく降りはべると思へば、神の鳴りつる音になん、出でてまうできつる』と言ふを聞くにも、いとあはれにおぼゆ。」
◆◆今日は十五日、精進潔斎などしていました。子どもをやっとのことでその気にさせて、「魚など食べていらっしゃい」と言って、今朝、京へ送り出して、物思いに外を眺めていますと、空が暗くなって松風の音も高くなり、雷がごろごろと鳴り出しました。今にも降り出しそうな様子なのに、道綱は道中雨に合い、雷も一層鳴りはしないかと思うと、とても不吉な気がして悲しくなって、御仏にお祈り申し上げたおかげでしょうか、天候が回復して空が晴れてきて、道綱もそれからほどなく帰って来ました。「どうだったの」と尋ねると、「雨がひどく降るのではと思いましたので、雷の音を聞くとすぐに出て帰って参りました。」と言うのを聞くにつけても、とてもいじらしいと思ったのでした。◆◆
「こたびのたよりにぞ文ある。『いとあさましくて帰りにしかば、またまたもさこそはあらめ、憂く思ひ果てにためればと思ひてなん。もしたまさかに出づべき日あらば告げよ。迎へはせん。おそろしき物に思ひにためれば、近くはえ思はず』などぞある。」
◆◆道綱が父邸に寄ったので、そのついでにあの人からの手紙がありました。「先日はすっかり困り果てて帰ってきたが、重ねて迎えに行っても、又同じようなことになろう。私のことをすっかり厭になったと思いつめているようだからと思ってね。もし近じか山を降りる日が決まったら知らせなさいよ。迎えに行こう。どうも恐ろしいほど思いつめておいでのようなので、ここ当分は山寺へ行く気になれない」などと書いてあります。◆◆
■斎(いもゆ・いもひ)=斎日の潔斎。毎月八日・十四日・十五日・二十三日・二十九日・三十日を六斎日といって、斎戒し、正午を過ぎると食事を取らないことになっている。
「今日は十五日、斎などしてあり。からくもよほして、『魚など物せよ』とて、けさ京へ出だし立てて、思ひながむるほどに、空くらがり松風音たかくて、神ごほごほと鳴る。いまはまた降り来べからん物を、道にて雨もや降らん、神もや鳴りまさらんと思ふに、いとゆゆしうかなしくて、仏に申しつればにやあらん、晴れて、ほどもなく帰りたり。『いかにぞ』と問へば、『雨もやいたく降りはべると思へば、神の鳴りつる音になん、出でてまうできつる』と言ふを聞くにも、いとあはれにおぼゆ。」
◆◆今日は十五日、精進潔斎などしていました。子どもをやっとのことでその気にさせて、「魚など食べていらっしゃい」と言って、今朝、京へ送り出して、物思いに外を眺めていますと、空が暗くなって松風の音も高くなり、雷がごろごろと鳴り出しました。今にも降り出しそうな様子なのに、道綱は道中雨に合い、雷も一層鳴りはしないかと思うと、とても不吉な気がして悲しくなって、御仏にお祈り申し上げたおかげでしょうか、天候が回復して空が晴れてきて、道綱もそれからほどなく帰って来ました。「どうだったの」と尋ねると、「雨がひどく降るのではと思いましたので、雷の音を聞くとすぐに出て帰って参りました。」と言うのを聞くにつけても、とてもいじらしいと思ったのでした。◆◆
「こたびのたよりにぞ文ある。『いとあさましくて帰りにしかば、またまたもさこそはあらめ、憂く思ひ果てにためればと思ひてなん。もしたまさかに出づべき日あらば告げよ。迎へはせん。おそろしき物に思ひにためれば、近くはえ思はず』などぞある。」
◆◆道綱が父邸に寄ったので、そのついでにあの人からの手紙がありました。「先日はすっかり困り果てて帰ってきたが、重ねて迎えに行っても、又同じようなことになろう。私のことをすっかり厭になったと思いつめているようだからと思ってね。もし近じか山を降りる日が決まったら知らせなさいよ。迎えに行こう。どうも恐ろしいほど思いつめておいでのようなので、ここ当分は山寺へ行く気になれない」などと書いてあります。◆◆
■斎(いもゆ・いもひ)=斎日の潔斎。毎月八日・十四日・十五日・二十三日・二十九日・三十日を六斎日といって、斎戒し、正午を過ぎると食事を取らないことになっている。