永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(933)

2011年04月29日 | Weblog
2011.4/29  933

四十七帖 【早蕨(さわらび)の巻】 その(15)

 侍女たちが華やいで立ち騒いでいる中にあっても、弁の君はいっそう質素に身をやつして、

(弁の歌)「人はみないそぎたつめる袖のうらにひとり藻塩を垂るるあまかな」
――人はみな京へ移る準備をしていますのに、尼のわたしは、一人涙にくれております――(袖の浦は出羽の名所。「たつ」に「裁つ」、「浦」に「裏」をかけて「袖」の縁語とする)

 と、申し上げますと、中の君は、

(歌)「しほたるるあまのころもにことなれや浮きたる浪にぬるるわが袖」
――涙に袖をぬらしている尼のあなたと違いがありましょうか。私の袖も、当てにならない今後の生活への不安で濡れているのです――

 つづけて、

「世に住みつかむことも、いとあり難かるべきわざと覚ゆれば、さまに従ひてここをばあれはてじ、となむ思ふを、さらば対面もありぬべけれど、しばしの程も、心細くて立ちとまり給ふを見おくに、いとど心もゆかずなむ。かかる容貌なる人も、かならずひたぶるにしも耐へ籠らぬわざなめるを、なほ世の常に思ひなして、時々も見え給へ」
――京に移っても、あちらの生活に落ち着くことは難しそうに思えますので、事情によっては、こちらに帰って来ようかとも思っています。そうすればまたきっと逢うこともあるでしょうが、しばらくの間でもあなたが心細い気持ちで残るのを置いて行くと思うと、いっそう気が進まないのですよ。そのような尼姿の人だからといって、ひたすら引き籠もってしまう訳でもないでしょう。やはり世間並みに考えて、時々顔を見せてください――

 などと、たいそう優しくいたわってお話になります。亡き姉君のお使いになったもので、しかるべき御調度類はみな、この弁の君にお残しになって、中の君が、

「かく人より深く思ひ沈み給へるを見れば、前の世もとり分きたる契りもやものし給ひけむ、と思ふさへ、むつまじくあはれになむ」
――こうしてあなたが他の人以上に姉上のことを深く歎いているのを見ますと、前世も特別の御縁がおありだったのかしらと思われますが、そう思えば思うほどあなたのことが労しく悲しくてなりません――

 と、おっしゃられますので、弁の君は幼子が親を慕って泣くように、いよいよ堪え切れずに涙にかきくれるのでした。

では5/1に。