永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(688)

2010年03月27日 | Weblog
2010.3/27   688回

四十一帖 【幻(まぼろし)の巻】 その(13)

 源氏は「長年共に暮らした人に先立てれて悲しく忘れられないのは、ただこうした夫婦であったというだけではないのですよ」とつづけて、明石の御方にお話になります。

「幼き程よりおほしたてし有様、もろともに老いぬる末の世に、うち棄てられて、わが身も人の身も思ひ続けらるる悲しさの堪え難きになむ。」
――紫の上を幼い頃から養育してきましたいろいろな思い出や出来事が忘れられないのです。それが、ここまで夫婦として共に老いてきました晩年になって、先に死なれてしまって、自分にもあの人にも思い出が限りなく湧いてくるこの悲しみが、たまらなく堪え難いのです――

 こうして夜の更けるまで昔の思い出をお話になって、

「かくても明かしつべき夜をと思しながら、帰り給ふを、女も、ものあはれにおぼゆべし。わが御心にも、あやしくもなりにける心の程かな、と思し知らるる。さてもまた、例の御行に、夜中になりてぞ、昼の御座にいとかりそめに寄り臥し給ふ」
――(いつもならば)源氏はこのまま明石の御方の許にお泊りになりたい程の夜の風情ですのに、情なくもこのままお帰りになりますのを、明石の御方ももの淋しくに思われたことでしょう。源氏も我ながら妙に変わってしまった心よ、と、いぶかっていらっしゃる。源氏は自室に帰られてからも、またいつもの勤行のために夜中になってしまい、そのまま昼の御座所で仮寝をなさったのでした――

 朝になって、源氏は明石の御方に文をお書きになります。

(歌)「なくなくも帰りにしかな仮の世はいづこもつひの常世ならぬに」
――私は泣く泣く自室に帰ってきたのです。仮の世はどこも永久の住処ではありませんのに――

 明石の御方は、昨夜源氏がお泊りにならなかったことが、恨めしく悲しく思いましたが、源氏があれ程茫然自失なさっていらしたので、自分の辛い事より源氏がお気の毒で、涙ぐみつつ

(返歌)「かりがゐし苗代水の絶えしよりうつりし花の影をだに見ず」
――雁のいました苗代水(紫の上)が無くなってしまってからは、水に映った花(源氏)の影も見えません(お出でにならないのですね)――

ではまた。