2010.3/18 679回
四十一帖 【幻(まぼろし)の巻】 その(4)
源氏はこのような悲しみを紛らわすためには、お身体を浄められて勤行をなさるのでした。寒さの折から、女房は火鉢を差し上げます。中納言の君と中将の君の二人が源氏のお側近くに伺候して、源氏のお話し相手をされます。
源氏は、
「ひとりね常よりも寂しかりつる夜のさまかな。かくてもいと能く思ひすましつべかりける世を、はかなくもかかづらひけるかな」
――昨夜は一人寝がいつもより寂しかった。こうして念仏三昧に暮らせばよかったものを、今までつまらぬ俗世のことに、煩わされていたものだ――
と、お嘆きになります。そしてお心の内で、
「われさへうち棄ててば、この人々の、いとど歎きわびむ事の、あはれにいとほしかるべき」
――自分までが出家してしまったならば、この女房達がどんなに歎き悲しむであろう。それがまことに不憫だ――
と、周りに居並ぶ女房たちを見渡されるのでした。女房たちも、明け暮れそっと勤行なさる源氏のお声を聞いては、悲しみを抑えようもなく、涙が袖に溢れて歎きは尽きないのでした。
源氏は、ぽつりぽつりとお話になります。
「この世につけては、飽かず思ふべき事、をさをさあるまじう、高き身には生まれながら、また人より異に、口惜しき契りにもありけるかな、と、思ふこと絶えず。世のはかなく憂きを知らすべく、仏などの掟て給へる身なるべし」
――現世としては、不足に思うような事もほとんどない程高貴の身に生まれながら、人と違った思わぬ運命を負わされたと思うことが絶えない。この世は儚く辛いということを知らせるために、仏が仕向けられるわが身なのであろう――
◆中納言の君と中将の君=二人ともかつて源氏の愛を受けた女房。
ではまた。
四十一帖 【幻(まぼろし)の巻】 その(4)
源氏はこのような悲しみを紛らわすためには、お身体を浄められて勤行をなさるのでした。寒さの折から、女房は火鉢を差し上げます。中納言の君と中将の君の二人が源氏のお側近くに伺候して、源氏のお話し相手をされます。
源氏は、
「ひとりね常よりも寂しかりつる夜のさまかな。かくてもいと能く思ひすましつべかりける世を、はかなくもかかづらひけるかな」
――昨夜は一人寝がいつもより寂しかった。こうして念仏三昧に暮らせばよかったものを、今までつまらぬ俗世のことに、煩わされていたものだ――
と、お嘆きになります。そしてお心の内で、
「われさへうち棄ててば、この人々の、いとど歎きわびむ事の、あはれにいとほしかるべき」
――自分までが出家してしまったならば、この女房達がどんなに歎き悲しむであろう。それがまことに不憫だ――
と、周りに居並ぶ女房たちを見渡されるのでした。女房たちも、明け暮れそっと勤行なさる源氏のお声を聞いては、悲しみを抑えようもなく、涙が袖に溢れて歎きは尽きないのでした。
源氏は、ぽつりぽつりとお話になります。
「この世につけては、飽かず思ふべき事、をさをさあるまじう、高き身には生まれながら、また人より異に、口惜しき契りにもありけるかな、と、思ふこと絶えず。世のはかなく憂きを知らすべく、仏などの掟て給へる身なるべし」
――現世としては、不足に思うような事もほとんどない程高貴の身に生まれながら、人と違った思わぬ運命を負わされたと思うことが絶えない。この世は儚く辛いということを知らせるために、仏が仕向けられるわが身なのであろう――
◆中納言の君と中将の君=二人ともかつて源氏の愛を受けた女房。
ではまた。